噺の話

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2012年 12月 01日 ( 1 )

なかなか渋い顔ぶれが並んだこと、特にテレビでは見たことがあるが生の高座では未見の菊丸をお目当てに、三日ぶりの横浜にぎわい座へ。土曜の昼、ご常連と思われる方も多いのだろう、八割ほど埋まっていた。

今日から一週間続く、特別企画の「芸術祭受賞者公演」の初日は、次のような構成だった。
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(開口一番 瀧川鯉津『転失気』)
鈴々舎風車 『浮世床』
宮田 陽・昇 万歳
桂小文治  『竹の水仙』
(仲入り)
桂小南治  『ドクトル』
江戸家猫八  ものまね
古今亭菊丸 『火事息子』
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瀧川鯉津『転失気』 (14:00-14:14)
 初である。後でネットで調べたところ二年前に鯉昇に入門した前座さん。芸協のサイトに生年月日は記載されていないが、年齢は三十代に違いない。顔の“つくり”は初代の三平に似ている。お客さんの笑いに助けられたこともあるが、なかなかの高座。また、聴いてみたいと思わせた。鯉昇一門の奥は深い^^

鈴々舎風車『浮世床』 (14:15-14:34)
 この人も初で、この会に来た動機の一つである。再来年の春の真打昇進が決まった二ツ目さん。マクラでは、「東西で噺家が八百人もいるんです・・・そんなにいらないでしょう・・・歌丸師匠と私二人だけでいいでしょう」と、館長にヨイショ。
 青々と刈上げた頭に、なかなか古風な顔、噺家向きである。半ちゃんの夢物語が中心だったが、なかなかの高座。夢の中の半ちゃんが、富士山、三保の松原、清水の次郎長をxxで隣りの家の塀に描く、という演出は初めて聴いたが、師匠譲りなのだろうか。
 なぜあの師匠だったのか、という疑問はあるが、十分に真打に価する高座だ。

宮田 陽・昇 漫才 (14:35-14:50)
 平成23年の芸術祭新人賞受賞。芸術協会の所属。初見だ。この漫才も、今日来た動機のひとつである。
 受賞したことがよく分かった。この漫才、私は好きだ。秋田出身の陽と、広島出身の昇(しょう)のネタの基本は、陽が、何かトリビア的なことを昇に質問して、「お前は知ってるのか?」に陽が「分かんねえんだよ}というパターンで笑いをとる。ところどころに政治ネタでの、やや棘のあるギャグも挟む。宮沢賢治の「雨にも負けず~」をベースにした掛け合いネタも、なかなか結構。路線としては笑組的でもあるが、ホンキートンクのようなリズムも感じる。この二人、今後もテレビなどに出ず、寄席で頑張ってほしい。

桂小文治『竹の水仙』 (14:51-15:17)
 仲入り前のこの人も初である。お目当ての一人。平成二十年に芸術祭の優秀賞を受賞している。
 短いマクラから滋賀大津の宿を舞台にした左甚五郎ネタ。端正な見た目も結構、噺も本寸法。このネタでは、かつての喬太郎による大爆笑の高座を思い出すが、今年二月には彼の笑いをとる演出を抑えた本寸法の高座を聴いた。その時に、この噺そのものが良く出来ているので、無理な演出をしなくても十分に楽しめると再認識したが小文治の高座は、まさにそういった無駄や無理のない内容で魅せてくれた。とは言いながら「伊勢音頭のような帯」という形容などは、初めて聞いたように思う。本来の噺にある表現なのかどうか、後で調べてみよう。
 今後も気になる噺家さんの一人になった。こういう人がいるのを今まで知らなかったんだ、と反省するばかり。

桂小南治『ドクトル』 (15:25-15:44)
 仲入り後、二代目正楽が父、二楽の兄というこの人も、平成22年の芸術祭優秀賞受賞者で、もちろん聴きたかった一人である。
小文治とは好対照の、独特の味のある人。やや“ドス”の効いた、ともいえる声で、腰をかがめ下を向きながらマイクに近づいて「だから、協力が必要なんです」、と言う。不思議な芸だ^^
 本編は師匠から伝わるネタのようだ。体が(と言っても手が互い違いに)なぜか動き続ける男性の患者と、なぜか悲しくなって涙が止まらない女性の患者が医者(ドクトル)にやってきてのドタバタ。ネタとしては、聴いていて少し辛い時代の相違を感じる。伝統を継承するのも大事だが、現在の病院のことなどを踏まえて、もう少し改作することもできるのではないか、そんなことを思いながら聴いていた。江戸に起源のある古典ではなく、ある特定の時代に出来た新作は、なかなかそのままでは伝わりにくい。『居酒屋』の立川談笑による改作は、私は結構評価している。小南師匠も、もし今日この噺をかけるなら、演出を変えるのではなかろうか。そういえば『ぜんざい公社』を最初に聴いたのはラジオの小南だったように思う。小南は、もっと見直されて良い噺家だと思う。そういう意味でも、弟子の小南治には頑張ってもらいましょう。師匠の十八番を、もうちょっと今日風にアレンジして継承して欲しいと思う。

江戸屋猫八 動物ものまね (15:45-16:00)
 ゴルフ焼けならいいが、顔色が非常に黒いのが、ちょっと気になる。
 父が三代目で本人が四代目であること、子供が旧名の子猫を継いでくれたことなどのネタを交えながら、しっかりと十八番の芸を披露。流石である。

古今亭菊丸『火事息子』 (16:01-16:35)
 やっと、生の菊丸を聴くことができた。実は、この人の噺を最初に聴いたのは、「時代劇チャンネル」での、この横浜にぎわい座名人会の収録。「なかなか本寸法な、端正な高座だなぁ」とは思っていた。
 昨年の芸術祭優秀賞受賞者。賞つながりで言えば、二ツ目の菊之助の時、「NHK新人演芸大賞」が「新人演芸コンクール」と言っていた時代に、二回連続で優秀賞を受賞している。その年(昭和62年)は変則的に年に二回開催されたようで、最優秀賞は、桂文太と桂雀々。上方の芸達者と二度続けて戦わなければならなかったようだ。
 それは、四半世紀前のことである。今では、決して彼らに負けていない高座だったと思う。この噺、先日の柳家喜多八は、やや時間に追われたせいもあるのだろうが、マクラで江戸時代の火事、火消しのことなどをあまり説明しなかったが、菊丸はしっかり。志ん生のマクラで馴染みのある、火事好きの江戸っ子のことなども披露し、うれしかった。もちろん臥煙のことも。半鐘の一つ半(ひとつばん)、二つ半、摺り半による火事の遠近の表現などもしっかりと説明。半鐘の一つや二つは、まだ遠い場所での火事、近くなら摺り半になる。火事好きには、三つ半ぐらいが、ちょうど良かったらしい。しかし、何が、ちょうどいいのか^^
 演出の工夫なのかどうか、通常とは違う設定があった。火事がおさまった(しめった)後、蔵から降りた番頭の佐兵衛が主人に向かって、目塗りで苦労していたところを屋根づたいに駆けつけて助けてくれたのは勘当された若旦那で、その徳の方から父に会いたいと言っている、という設定。番頭がその仲を取り持つので筋書きとしては成り立つのだが、どうもしっくりこない。やはり、番頭が無理に徳をひきとめ、旦那に「勘当したんだから他人です。他人に礼を言うのは当たり前です。勘当した息子と会うわけじゃないんですから、世間様に申し訳ないなんてことはないでしょう」と言って親子を会わせる場面が欲しいとも思うが、この設定のために徳が父親に詫びを言う科白が増えるのも、悪くはない。このへんは、どちらがいいか判断が難しいところだ。
 全般にはなかなか結構な高座。父親が徳を見て「体中にたいそう絵をかいたもんだねぇ。昔、うちにいる時にはそんな絵は描かせなかったんだが。身体髪膚これを父母に受く あえて毀傷せざるは孝の始めなり、と言うだろうが」と、「孝経」の言葉が出るところなど、私は嫌いではない。
 マクラで、刺青の筋彫りは時がたてば唐獅子牡丹もライオンとキャベツになる、と言うのは正蔵版からだろうし、猫を抱いて登場した母親が、息子の徳が来ていると聞いて猫を投げ出すのは円生版からだろう。こういった過去の名人の演出を取り入れる“お約束”も結構。
 途中で二三度言いよどむ場面がなければ、今年のマイベスト十席候補なのだが、少しだれかけた中盤が残念。しかし、丁寧で端正な本寸法の高座は、また聴きたくなる内容だった。


 聴きたかった噺家さんの高座を楽しんだ、非常に結構な落語会。木戸銭2,500円は非常にお徳だった。
 帰宅して、外出していて帰りが遅くなる連れ合いを待つ間に、すきっ腹で飲んだ酒が効いた。書き始めたブログはその日のうちには完成しなかった。しかし、翌日日曜は恒例のテニス。テニスを三時間して、クラブハウスで一時間飲んで、その後、行きつけの蕎麦屋で二時間飲んで帰ってから、残りを書いて、ようやくここまでたどりついたとさ。
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by kogotokoubei | 2012-12-01 19:29 | 寄席・落語会 | Comments(4)

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