噺の話

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2012年 01月 27日 ( 1 )

落語愛好家として大先輩の“ほめ・く”さんのブログで、昨日26日の朝日新聞夕刊の記事について書かれていた。“ほめ・く”さんのブログ
 私は夕刊をとっていないので、“ほめ・く”さんのご考察を含め貴重な情報として拝見した。

 末広亭の席亭が落語芸術協会(以後、芸協)に、落語協会(以後、落協)に比べて客の入りが悪いため、「円楽一門会や立川流と一緒になってほしい」という要望を出したらしい。他の二つの定席(池袋、浅草)も同調するとのこと。

 ネットで探したところ、「朝日新聞デジタル」で見ることができたので、全文を引用する。朝日新聞デジタルの該当ページ

「今のままじゃあ、寄席にお客来ない」
2012年1月26日10時14分

■定席側、芸術協会に他流と合流提案

 今年、東京の落語界が動きそうだ。寄席の定席が客の入りをめぐって落語芸術協会に注文をつけた。家元の立川談志亡き後の落語立川流も揺れている。

 東京の定席は上野・鈴本演芸場、浅草演芸ホール、新宿末広亭、池袋演芸場の四つ。このうち浅草、新宿、池袋には、落語協会(柳家小三治会長)と落語芸術協会(桂歌丸会長)が10日ずつ交互に出演している。五代目円楽一門会(三遊亭鳳楽会長)と落語立川流は両協会に所属していないため、これらの定席には出演できない。

 だが、昨年末の芸術協会の納めの会であいさつに立った末広亭の真山由光社長が、芸術協会が出演している時の客入りの悪さに言及し、「円楽一門会や立川流と一緒になってほしい」と発言した。この二つの会も出演させたいとの趣旨で、浅草演芸ホールと池袋演芸場も同調の姿勢だ。

 これに対して、芸術協会の三遊亭小遊三副会長は「重く受け止めたい」と答えた。

 一昨年、三遊亭楽太郎の六代目円楽襲名の際は、芸術協会の歌丸会長らが協力して定席でも披露興行を開けるよう配慮。三遊亭鳳楽や好楽、円橘らが久々に末広亭などに出演した。この縁で、円楽一門は昨年春に芸術協会への合流を申し入れたが、同協会は昨年6月の総会でこれを否決した経緯がある。

 真山社長は「具体的な数字をあげることは避けるが、芸術協会の時は客が入らない。所属の落語家の数も落語協会の半分で選択肢が狭い。なんとか考えて欲しいという問題提起をしたつもり」と話す。

 定席側の一存では出演者を決められない仕組みだが、芸術協会の理事でもある田澤祐一事務局長は「正式の申し入れと受け止めている。特に夜の部の客入りが悪いことは認識している。近く理事会を開いて、まずはうちの協会の側でお客を呼ぶ努力をしたい」という。

 
■家元亡き後、立川流も課題山積み

 一方、昨年11月に談志家元が亡くなった落語立川流。年明け早々に弟子たちが会合を開いて今後を話し合った。家元制度をやめること、一般に浸透した「立川流」の名称は残すことなどを決めたが、今後の検討課題は多い。

 「入門から3年以上で、落語50席と歌舞音曲ができること」という二つ目昇進の条件、「落語100席と歌舞音曲」という真打ちの条件は当面そのまま残す見込み。家元存命中に真打ち昇進が内定していた談修、こしら、志ら乃の昇進披露は、今後時期を調整する。

 まとめ役は総領弟子の土橋亭里う馬。幹事は各世代から立川左談次、談四楼、談幸、志の輔、志らく、雲水の6人。里う馬は「これまで家元が唯一絶対のルールだったから、今後は話し合いで一からルール作りを始めなければならない」と話している。(篠崎弘)



 円楽一門合流の件が芸協の会議で昨年否決されたことは、ある一部の噺家さんが落語会で暴露したらしいが、“6月の総会”だった、という情報をマスメディアで見たのは初めてである。

 円楽一門のことは以前に何度か書いたが、芸協に(限らず落協にも)、六代目円生や先代円楽への抵抗感を未だに抱いているベテランが少なくないので、芸協に円楽一門が正式メンバーとして加入するのは難しいだろう。本来は落協に“戻る”のが筋道かと思うが、それもありそうにない。七代目円生襲名問題が再燃するからね。

 立川流だって落協に“戻る”ことはあり得ても、芸協に入ってまで寄席に出たいとは思わないだろう。

 あり得るのは、余一会や落語会でたまに企画される「四派合同」のような、“芸協&円楽一門”や、“芸協&立川流”という共演(相乗り)企画までではなかろうか。
 しかし、昨年の総会で円楽一門の加盟を拒否したように、“共演”とは言え、一緒に寄席に出ることを毛嫌いするベテランは多いだろう。そういった人たちは、立川流にだって、抵抗がないわけでもなかろうと察する。ごく一部の中堅や若手が余一会などで合同で出演するのとは、訳が違うのである。

 もしそういったご意見番達も席亭の声を無視できずに、共演を受容したとしよう。そうなると、芸協だけの席なら出演のチャンスのある噺家の出番を減らすことになる。

 落協より少ないとは言え、協会のサイトで調べたところ、真打ち86名、二ツ目が31名、前座19名、色物が40組という所帯である。落語家のみで136名。落語芸術協会のHP

 この人たちに、どれだけ寄席に出演する機会があるか計算してみたい。

 昼席と夜席、そして寄席によっても出演者数は違うが、もっとも出演者数の多い浅草と少ない池袋の間、ということで末広亭昼席を基準として計算してみる。
 落語家さんの出番はほぼ11~12、色物が5~6。落語枠12として、その中身は、前座(開口一番)が1、二ツ目を1、残る10が真打ちと想定する。
 同じ顔ぶれで出演する10日間の興行の昼か夜の会を一つの“席”とした場合、鈴本を除く三つの定席を落協と交互に担当しているのだから、一カ月での出演可能な席の数は、

 3(上席・中席・下席)x 2(昼席・夜席)x 3(末広亭・池袋・浅草)÷2(落協と芸協)= 9

 だから、前座枠が1x9=9名、二ツ目枠も9名、真打ち枠が9x10で90名となる。
 *「池袋の下席の夜の部は・・・」などと細かいことは言わないこと^^
 先ほど書いたように、前座は19名いるので、開口一番が回ってくるのが一ヵ月おき、二ツ目は31名いるから、ほぼ三ヵ月に一回しか出番がない勘定になる。真打ちは86名で、中には寄席に出ない(出られない?)人もいるので、ほぼ毎月、上か中か下席の、昼か夜の部に出るチャンスはある、ということだろう。
*あくまで「機会」であって、席亭が「No!」と拒否する人もいるけどね。 

 落協はもっと大きな所帯なのだが、鈴本という強力な味方がいるので、席数も芸協より多い。

 ここで良く考えなければいけないのは、円楽一門にだって、立川流にだって、前座は少ないにしても二ツ目はいる、ということ。寄席という修業の場で揉まれるのが、先の真打ちへの通過儀礼でもあるわけだが、もし合同の会をするとして、パートナー(?)の二つツ目も定席に出るなら、芸協の二ツ目さんの出番は、今以上に減ることになる。

 そういったことも含めて考えると、他流派(?)との合同ではなく、自助努力で観客動員を考える、芸協の主催の会を魅力的なものとする努力をするしかないわなぁ。

 私は昨年、定席寄席は末広亭のみ六回通った。芸術協会が二回、初席は別として、九月の中席を他の落協の時と比較すると、席亭指摘の通り客は少なかった。しかし、二回の芸協主催の席では、新発見も含め、今後も聞きたい噺家さんに結構出合うことができた。やはり、“意図して芸協の席にも行こう”と思っていた。言い換えると、「意図」しないと行かない、ということになる。落協の席では、その顔ぶれを見て「行きたくなる」ので、そこには大きな違いがある。

  柳家小三治会長の英断で、年功による真打ち昇進を打破した落協。一之輔の春の真打ち昇進披露興行、秋の朝太と菊六の披露興行は、十分に席亭を喜ばせることになるだろう。
 しかし、果たしてどれ位の落語愛好家の方が、芸協で今春真打ちに昇進する次の五名を知っているだろう。あるいは、協会は知ってもらう努力をしているだろうか。
・昔昔亭健太郎(昔昔亭桃太郎門下)
・春風亭柳太(春風亭柳好門下)
・昔昔亭笑海(昔昔亭桃太郎門下)
・瀧川鯉橋(瀧川鯉昇門下)
・笑福亭里光(笑福亭鶴光門下)

 昨年発表があった時に彼らを紹介した。その際、協会HPのプロフィールの誤りを指摘したが、未だに修正されていない。
2011年8月3日のブログ
 こういうことも含め、芸協には、芸人を売込む意欲や危機感が不足していると言わざるを得ない。ほめ・くさんんも指摘されていたが、当日の休演・代演情報は、落協のようにホームページに掲載すべきである。「客の立場」にたった視線や施策に欠けている。これは両協会に共通しているのだが、真打ち昇進者を発表する前に、それぞれの噺家のプロフィールの間違いを正すとともに、もっと情報を記載すべきである。人によって書かれている項目がバラバラで、内容にも誤りが散見されると、ガッカリする。

 そういったことも含め、協会としてのあり方を定め、傘下の会員をリードするのは幹部だと思う。さて、それでは両協会の幹部の顔ぶれを見てみよう。

<落語芸術協会>
会長   桂 歌丸
副会長  三遊亭 小遊三
理事   三遊亭 遊三
理事   橘ノ 圓
理事   三笑亭 茶楽
理事   三笑亭 夢丸
理事   春風亭 小柳枝
理事   三笑亭 夢太朗
理事   桂 米助
理事   三笑亭 夢之助
理事   古今亭 寿輔
理事   春雨や 雷蔵
理事   桂 歌春
理事   春風亭 昇太
監事   柳亭 楽輔
監事   瀧川 鯉昇
参与   玉川 スミ・鏡味 健二郎
最高顧問 桂 米丸
相談役 三笑亭 笑三

<落語協会>
会長      柳家小三治
副会長     柳亭市馬
常任理事   柳家さん喬
常任理事   林家正蔵
常任理事   三遊亭吉窓
理事      桂文楽
理事     古今亭志ん輔
理事     入船亭扇遊
理事     三遊亭歌る多
理事     五明楼玉の輔
監事 柳家小さん・三遊亭圓丈・柳家さん八
相談役 橘家圓蔵・古今亭圓菊・三遊亭圓窓・入船亭扇橋・林家こん平・林家木久扇
顧問  三遊亭金馬
最高顧問 三遊亭圓歌・鈴々舎馬風

 「あれっ、どっちが人数多いんだっけ?!」と勘違いするほどの芸協の幹部の人数の多さ。どれだけ“名誉職”としての幹部が多いか、ということを裏付けていると思う。また、これだけ理事が多いと、「船頭多くして」の譬もあるように、全員参加するわけではないだろうが、会合などで話がまとまらないだろうし、時間もかかってしょうがなかろう。

 「なにせ、会長が高齢でかつ病気がちで、テレビなどでも忙しくて・・・・・・」などの言い訳は許されない。小三治会長のように、手足となり中堅・若手とのパイプ役となる副会長を新たに任命するなど、施策はいくらでもあるはず。相変わらずの年功真打ち昇進も含め、やはり、「危機感」が足らないとしか言いようがない。

 三遊亭小遊三副会長が「重く受け止めたい」のなら、幹部組織のあり方から見直す位の覚悟が必要だろう。

 芸協のホームページには、次のような沿革が記載されている。
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昭和5年  会長・春風亭柳橋(6代目)、副会長・柳家金語楼が日本芸術協会を設立。
昭和9年  柳亭左楽が会長を務める落語睦会を合同する。その後、桂小文治(初代)が副会長となる。
昭和49年 古今亭今輔が会長となる。.昭和51年会長・桂米丸、副会長・春風亭柳昇となる。
昭和52年 12月、文化庁より社団法人の認可を受け、社団法人・落語芸術協会と改称。
平成11年 会長・桂文治 副会長・桂歌丸 副会長付・三遊亭小遊三となる。
平成16年 会長・桂歌丸 副会長・春風亭柳橋(7代目)となる。
平成17年 会長・三遊亭小遊三となる。
平成23年 4月、内閣府より公益社団法人の認可を受け、公益社団法人・落語芸術協会と改称。
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 昭和9年の「落語睦会」の“合同”というのは、やや不正確な表現で、解散した睦会から、五代目の柳亭左楽と三代目春風亭柳好が加入した、と言うべきだろう。睦会の「四天王」の一人は八代目文楽で、ご存知のように文楽は落協に移っている。

 私個人は、落協と芸協の合流などで、銀行が合併を重ねたことで、かつての銀行のどれが何になったのか、ほとんど分からなくなったような状態になることを望まない。

 現状では人数の多さのみならず、実力者の割合も落協より少ないかと思う。しかし、芸協には、沿革にあるように六代目柳橋と柳家金語楼が創設し、その後に加わった三代目柳好をはじめとする人気者の活躍で、落協を圧倒していた歴史がある。その伝統を継承して、あらためて芸協主催の寄席に客を呼び寄せることに努めて欲しい。

 江戸の昔に数多くあった定席寄席は、東京でたった四つになってしまった。そして、それらの寄席も決して経営状態が万全とは思えない。しかし、席亭達は頑張っているように思う。その席亭達が他の流派との相乗りを勧めるような発言をしなくなるようにするには、客を呼ぶための“企業努力”をする必要がある。もし、旧態依然とした、単なる寄合に毛の生えた組織としてしか認識せず、傘下の芸人の売込みにも特段工夫や努力をしないなら、落協との差は、広がるばかりだろう。

 本来は「古典の落協」、「新作の芸協」という謳い文句があった。理事には柳昇の弟子昇太も名を連ねている。SWAが解散した今、昇太が芸協にとってどんな役割を果たすか、それが鍵を握っているような気がする。
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by kogotokoubei | 2012-01-27 13:15 | 落語芸術協会 | Comments(6)

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