噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

2011年 08月 05日 ( 1 )

 7月7日の第三夜の中入りでなんとか入手した、久しぶりの二階席も、ほぼ9割は埋まっていた。一階はもちろん満席。この企画は見事に当たったと言える。負け惜しみではなく、二階席もまんざらではなかった。鳥瞰することの楽しさもあり、この構図も楽しめた。

 構成と所要時間は次の通り。
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開口一番 柳亭市楽 『雛鍔』(19:00-19:20)
柳家三三 『嶋鵆沖白浪』第四夜の壱(19:21-20:03)
(中入り)
柳家三三 『嶋鵆沖白浪』第四夜の弐(20:20-21:14)
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市楽『雛鍔』
先月の『兵庫舟』よりは好感が持てた。マクラでの夢のネタが、なかなか可笑しかったが、詳しくは明かさない。少しだけバラすと、学校寄席に師匠の市馬と三三と三人で行き、市楽は『転失気』でまったく受けず、三三と市馬は、生徒を相手には受けないだろうという古手の客相手のネタで、生徒を爆笑させる、というもの。意外に、本当に見た夢かもしれない。

柳家三三 『嶋鵆沖白浪』第四夜の壱
 今日では少ないこのような“続きもの“について、「朝の連続ドラマのようなもので、毎回凄いことが起こるわけではない」と、本人曰く“言訳”からマクラが始まった。たしかに、そうだろう。一席の高座にだって、中だるみはある。しかし、そういうダレ場も全体の構成としては必然性がある。
 今回も第三夜までの粗筋が受付で配布されたが、手短かに説明して今夜の前半が始まる。主な登場人物は三宅島に流された罪人仲間の三人。“大坂屋花鳥”こと、お虎、千住の博徒の勝五郎、その勝五郎を兄貴と慕う巾着切り“三日月小僧”庄吉。お虎が二人に三宅島に流された理由をさりげなく聞き出すところから始まるが、その回想の中で、三人の共通する接点が佐原の喜三郎だということが分かり、不思議な縁を感じることになる。そして、三人ともに“娑婆”に未練があるということで、島抜けへの連帯感が形成される。
 確かに、このパートは会話中心で、動きが少ない。なかなか“映像”が浮かびにくい部分。三三がマクラで“言訳”する理由も分かる。しかし、後半、喜三郎が八丈島に流される途中で体調を崩し三宅島に留まり物語が動き出す。なかなか結構な情景描写があった。島の人が入れ替わりで、「勝五郎さんに言われて」と看病に来てくれたお陰で喜三郎は回復。教えられた湧き水の場所に喜三郎がたどり着いて見た光景の描写が秀逸だった。海がどこまでも広がっており、風もなくさざなみが立ち、のどかに「春がどこまでも続いている・・・」という言葉に、はっきりと三宅島の海の情景が浮かんできた。なるほど、わざわざ三宅島に出向いただけのことはあったようだ。
 海を見ながら、つい喜三郎が「こんなところで死ぬわけにはいかねぇ、娑婆に戻って、(宿敵)馬差しの菊蔵を探さなければ・・・・・・」。その声を陰で聞いていた勝五郎が顔を出し、喜三郎をお虎の家に案内して涙の再会。さぁ、喜三郎が登場して、この後どうなるかというところで前半修了。

柳家三三 『嶋鵆沖白浪』第四夜の弐
 去年、三宅島に行った時のエピソードからマクラが始まった。ちょうど映画「ロック わん子の島」の撮影中に訪れたらしい。道ですれ違ったのが権太楼の同級生の、ある女優だったとか、島は未だに防毒マスクが上陸時に必要で、売店でマスクを買った時のエピソードなどにつながっていく。マスクをした時の姿のたとえ話から、ジブリ映画のネタが膨らんだ。大好きらしい。トトロとラピュタなら一人でしゃべれる、と自慢する。一番好きなのが・・・という具合にジブリ映画ネタの勢いが止まらない。柳家喬之助と熊本の宿で相部屋になった際、テレビで、ちょうど「平成狸合戦ぽんぽこ」をやっていて一緒に見たと回想し、その流れで三三の寝言の話題に移った。さぁ、ほぼ20分。「さぁ、どこまでマクラは続くか・・・・・・」と、やや気になり始めた頃、「三宅島には川がない」と、三宅島に戻り、本編へ。
 噺の重要な小道具となる、雨乞いの儀式に使われる壬生の宝剣と金無垢の釈尊像のことを説明。お虎、勝五郎、庄吉、そして佐原の喜三郎の四人とも娑婆に戻りたい思いは一緒。さぁ島抜けをしようということで、あえて海に出ない忌日の七月十六日に実行することが決まった。喜三郎とお虎が、さぁ行こう、と思ったところに雨乞いの儀式を終えた壬生大助がやって来る、というところから“島抜け”の場は動き出す。
 島抜けメンバーには、湯島の麟祥院の納所坊主で、お虎の花鳥が放火したことによる吉原の大火事のために殺人が露見して島に流されてきた玄若が加わった。この玄若が、この噺に数少ない笑いのリズムをもたらす貴重な脇役になる。 これからの詳しい筋書きは書かないが、ヤマ場は「船幽霊」が登場する場面。太鼓と三味線の鳴り物入りで怪談じみた演出が効果的だった。なんとか壬生大助から奪った釈尊像と宝剣の力で幽霊を追い払ったが、壬生家に伝わる雨乞いの道具を使ったわけだから、雨を呼び嵐となる。二日二晩の漂流の結果、なんとか五人とも無事に銚子の浜に打ち上げられ、さぁ、これから五人にどんな運命が待ち受けているか、で切れ場。


 昨年もらった三夜の筋書きによると、三夜目のエンディングでここまでだった。そして、三三の手書きの文(もちろんコピー)は、その筋書きを綴った後で、こう補足がある。

「実はこの噺、もう少し続きがあるんですが、またいつか機会を見て申し上げるということで・・・。」

 
 だから、9月と10月の残り二回の高座は初公開の内容となる。残念ながら私は行けそうにないし、あえて行かないということもある。それは、昨年の三夜の一日目に行き(2010年11月16日のブログ)、今年は六夜の中盤の三夜(2011年7月7日のブログ)と四夜に来ることができた。
 来年、にぎわい座に限らず都内で企画されると予想しており、新たな後半は来年の楽しみにとっておこう、という思いもあるからだ。

 もちろん来年もあるかどうかは分からない。しかし、毎月会場を満席にする企画である。必ずしも横浜近郊の方ばかりではないだろうが、来たくても遠くて来れない落語ファンも多いだろう。国立演技場あたりで六ヶ月連続口演があっても、間違いなく商売になるし話題にもなるだろう。それだけ、歴史的な口演だと思う。

 前半は三三の言うとおり、動きの少ない部分で、これは全体のためには必要なダレ場の部分として仕方がない。後半は、ややマクラがジブリのネタで長くなったものの、本編は鳴り物の演出もよく、『島抜け』として、『大坂屋花鳥』と同様に十分に“抜き読み”として独立した噺になり得る内容。後半を今年のマイベスト十席の候補とする。

 二階席から見た、あの青々とした三三の頭の映像が残ったまま、桜木町の駅へ向かった。ほとんど、坊主頭だったなぁ。
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by kogotokoubei | 2011-08-05 23:13 | 落語会 | Comments(8)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛