噺の話

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2009年 01月 24日 ( 1 )

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*木彫りの鷽(亀戸天神社のホームページより)

 明日1月25日は初天神である。

 この噺は前座噺の範疇に入れられるが、決して生易しい噺ではない。

 浜美雪さん『師匠噺』の中の柳家さん喬・喬太郎の章で、「初天神」修行中の喬太郎の回想があるので引用する。
浜美雪_師匠噺
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「僕も中途半端な覚え方をしていたんですけど、『もうわかった。
全然ダメだ』って途中で止められてこう言われたんです。
『お前の「初天神」には雑踏が出てない』って」
 劇画の名台詞を思わせる印象的な言葉だ。
「でもそんなことを前座の頃言われてもね(笑)。でも、あとの
弟弟子はみんな『初天神』をどんどん上げてもらってるんですからね。
 ですから普段の生活については厳しいと思ったことはないですけど、
落語の稽古に関しては確かに『何で俺だけが』っていうのはあったかも
しれません(笑)」
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 雑踏の中にはアベックもいただろうし、恋焦がれた人に会いたい思いで出かける人もいただろう。

 次のような初天神を季語にした俳句がある。
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紅すこし 初天神と いひて濃く (上村占魚)
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 なかなか艶っぽいじゃありませんか。

 原話は、安永2(1773)年の『聞上手』にある「凧」であると、『落語手帖』(矢野誠一著)にある。落語としての成り立ちは元が上方種で、松富久亭松竹作。この松竹さんは『千両みかん』や『立ち切れ線香』の作者とも言われる。江戸に移したのは桂文楽(八代目)や三遊亭金馬(三代目)の芸の師匠であった三代目三遊亭円馬。この人の上方ネタの江戸移植に関する貢献は、名人と言われた三代目小さん同様に大きいと思う。

 さて、現在よく演じられる内容を簡潔に説明すると、こんな噺である。
(1)大工の熊五郎が金坊と初天神に出かける
旧暦正月25日、大工の熊さん新しい羽織を着て初天神に出かけようとするが、おかみさんに「だったら金坊も連れてって」と言われる。「あいつを連れて行くとあれも買ってくれこれも買ってくれって何でも欲しがるからだめだ」と断ろうとするが、そこに倅の金坊がちょうど帰ってきて、「今日はおねだりをしない」という約束で金坊を連れて行くことになる。

(2)金坊のおねだり
天神様の境内に近づくにつれ出店が多くなってくる。しばらくは金坊もがまんしていたが、とうとうたまらず「飴買って~」と大きな声で往来の真ん中で泣き出し、熊さんもたまらず買ってしまう。次に「団子買って~」となり、゛蜜゛が着物にたれるといけないからと熊さんほとんど舐めてから金坊にあげるが、「これじゃ蜜がない~」と泣き出して、蜜壷に舐めまくった団子を入れなおしたので熊さんと団子屋の親父と口論となる、というお決まりの場面がある。

(3)熊の凧上げ
今度は凧を買ってくれと騒ぎ出す金坊。熊さん根負けして買ってしまう。しかし、凧上げに自信のある熊さん、空き地に行って金坊から凧を取り上げ熱中し、金坊が「代わっておくれよ」といっても「うるせい、黙ってねえとひっぱたくぞ」と貸さない。酔っ払いに熊さんがぶつかり金坊が謝る始末。
金坊の嘆き節でオチ。「あーあー、こんなことなら、おとっつぁんなんか連れてくるんじゃなかった」

 上方版は微妙に違っていて、子供は金坊から寅ちゃんに代わるが、彼のマセ具合と悪童度合いがエスカレートしている。

 寄席で15分位で切り上げる時は凧上げの前までがほとんど。というか凧上げまでを演じたこの噺を聞くことは最近は稀だ。原話が「凧」なので、昔はなかったであろう団子のくすぐりなどを削ってでも「凧」まで通すべきかもしれないが、この噺の本来の可笑し味が伝わるならよいのだと思う。
この噺のエキスともいえる金坊のキャラクターを象徴する例をいくつか紹介しよう。
(a)初天神に連れて行くかどうかで夫婦がもめている場面に登場する金坊の言葉
「へへへ・・・・・・おとっつぁんとおかっつぁん、言いあらそいをしていますねェ。あの、一家に波風が立つというのは、よくないよ、ご両人」

(b)大福や蜜柑を買ってくれとねだる時の熊さんとの会話
金「ねえ、おとっつぁん、そんなこと言わないで買っておくれよ。
  あそこに大福売っている。ねえ、買ってよ」
熊「大福はだめ、大福は毒だ」
金「毒?へえ、大福毒なんての、はじめて聞いた。じゃ蜜柑買って」
熊「蜜柑も毒だ」
金「じゃあ・・・・・・」
熊「毒だ」
金「なにも言ってないじゃないか。ほらね。あすこ、バナナ売ってるよ、あれ」
熊「あれ?バナナ、八十銭・・・・・・あ、あ、、毒だ毒だ」
金「おとっつぁんは、八十銭が毒なんだ」

(c)凧上げに夢中になった熊さんが酔っ払いにぶつかった時の金坊の言葉
「あっ、こんだ、おとっつぁんがぶつかっちゃったい。しょうがねえな。・・・・・・どうもすいません、それァ、あたしの父親なんで、ご勘弁願います。・・・・・・おとっつぁん、泣くんじゃあねェ、おいらがついてらあ」
                     (麻生芳伸編『落語百選』-冬-より)
麻生芳伸編_落語百選-冬-

 一般的なサゲは、「こんなことなら、おとっつぁん連れて来るんじゃなかった」であるが、紹介したサゲも楽しい。
 少しませたところのある、かしこくて洒落っ気のある金坊がイメージできるかと思う。

 大工の熊さんだから、この天神様は亀戸天神がふさわしいだろう。正式名称は「東宰府天満宮」または「亀戸宰府天満宮」といって正保3(1646)年天神信仰を広めていた菅原道真公の末裔によって祠を建てたことが最初らしい。

 初天神には「うそ替え」が行われる。落語を素材にした傑作映画『幕末太陽伝』にも「うそ替え」のシーンがあったが、どんな行事なのか、亀戸天神社のホームページから引用する。
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“うそ”は幸運を招く鳥とされ、毎年新しいうそ鳥に替えると
これまでの悪い事が“うそ”になり一年の吉兆(きっちょう)を
招き開運・出世・幸運を得ることができると信仰されてきました。
江戸時代には、多くの人が集まりうそ鳥を交換する習わしがあり
ましたが、現在は神社にお納めし新しいうそ鳥と取替えるように
なり、1月24・25日両日は多くのうそ替えの参拝者で賑わいます。

うそ鳥は、日本海沿岸に生息するスズメ科の鳥で、太宰府天満宮
のお祭りの時、害虫を駆除したことで天神様とご縁があります。
又、鷽(うそ)の字が學(がく)の字に似てることから、学問の神様
である天神様とのつながりが深いと考えられています。
亀戸天神社の“うそ鳥”は、檜で神職の手で一体一体心を込めて
作られ、この日にしか手に入らない貴重な開運のお守りとして
とても人気があります。
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 今日の亀戸天神は、「うその木彫り」を持った人々よりも、「合格祈願の絵馬」を持った受験生と親ででごった返すようだ。たしかに、受験シーズン真っ盛りでの初天神である。受験戦争など存在しない時代のガラッパチ熊さんとやんちゃで外で遊ぶのが大好きな金坊の江戸っ子親子から、中には「モンスター」もいる教育ママとそのママが溺愛する、ゲームが大好きな屋内派の受験生に役者は代わったわけだが、いずれにしても親子とは縁が切れないのが天神様のようだ。

 若手中堅で思い出すのは三遊亭遊雀だ。今は開催されていない「南大沢寄席」という多摩地域の寄席で、パイプ椅子の三列目、唾がかかるかと思われる距離で体験した遊雀の初天神には圧倒された。とにかく金坊の「こわれ方」が凄い。ベテランで定評のあるのは、やはり東の小三治と西の仁鶴ということだろう。小三治師匠のこの噺は若い時の勢いのある音源も良いし、今年初席の末広で演じていた様子をテレビで見たが、今でも十分に味わいがある。仁鶴師匠の上方版は聞く度に大爆笑である。仁鶴師匠の関東エリアでの今以上の落語会開催を願う人は結構多いと思うが、どうだろうか。
 「うそ替え」が現在の経済環境を「嘘」にしてくれるのなら、少しでも大きな新しい「鷽」を買いに行ってもいいのだが・・・・・・。せいぜいこの時期は『初天神』を聞き、いっときの笑いで暗い現実を忘れるのが精一杯かもしれない。
柳家小三治_初天神
笑福亭仁鶴_初天神ほか
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by kogotokoubei | 2009-01-24 11:13 | 落語のネタ | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛