あらためて、大相撲を考える(3)ー中島隆信著『大相撲の経済学』より。
2017年 12月 16日
中島隆信著『大相撲の経済学』(ちくま文庫)
さて、シリーズの三回目、最終回。
関取の給与は、どうなっているのか、『大相撲の経済学』の「第2章 力士は能力給か」から紹介。
なお、本書序章でことわっているように、数字は平成20年春場所時点。
日本相撲協会は力士個人の給与を明らかにしていないが、給与体系については情報公開している。その情報をもとに年俸を推定することができる。すると、概算で白鵬は4000万円、玉春日は2000万円、幕内力士の平均は2000万円である。相撲社会の頂点を極めた横綱にしては、年収の点で他の力士と実力ほどの格差はついていないことがわかる。なぜこうしたことが起こるのだろうか。
ここで、情報公開している、というその情報については、注記で「日本相撲協会寄附行為施行細則」を参照、と書かれている。
この「寄附行為施行細則」という名前の規則で、力士の給与が定められているということには違和感があるが、それはおいておこう。
推定することができる、についての注記には、月給を12倍、褒賞金を6倍して加算したもので、懸賞金や本場所特別手当は含まれていない、と説明されている。
では、この続き。
大相撲の給与は「二階建て」なぜ、横綱と大関とでも給与額がそれほど大きくないのか、また、平幕や十両では、皆が同一給与なのか、という疑問について、もう一つの給与といえる「力士褒賞金」が、次のように説明されている。
その理由は大相撲の独特な給与体系にある。プロ・スポーツの場合、給与は契約制による場合がほとんどである。実績に照らして契約内容を更新していくことで能力が給与に反映されるしくみである。
大相撲の場合は、番付と呼ばれる一種の職階が給与のい一部を規定する。本場所の成績を反映して番付が上下すると、それにともなって給与も増減する。
番付は本場所後に開かれる番付編成会議において決められる。会議のメンバーは審判部に属する親方衆が中心で、力士たちはそこでの議論に参加することができない。また、会議の結果も大関や横綱昇進などの特殊な場合を除いては次の場所の直前まで公開されない。このように、協会サイドが一方的な権限を握ってはいるものの、番付上の地位によって決まる給与はプロ・スポーツにおいては一般的に見られる能力給と見なすことができる。
<番付による給与月額>
表は平成20年時点における番付地位別の給与月額を示したものである。この表には三つの注目すべき点がある。第一に十両より上か下かで天地ほどの開きがある。十両に昇進しないことに月給は一銭ももらえない。第二に、階級があまり細かく分かれていない。たとえば、幕下以下はすべて無給、関脇と小結は同じ給与、平幕と十両の中では上位も下位も関係なく同一の給与である。番付の多少の変動は給与に影響を与えないことがわかる。第三に、関脇から大関への昇進では70万円、大関から横綱では50万円程度の昇給に過ぎない。
大相撲では番付に応じた給与とは別に、「力士褒賞金」という給与がある。俗に「持ち給金」とも呼ばれるこの給与の最大の特徴は、「成績が良ければ増えるが悪くても減らない」という点である。褒賞金は本場所の成績に応じて、
①勝ち越しの数(勝ち数マイナス負け数)でプラスの場合、その数一つにつき五十銭(0.5円)
②平幕力士が横綱に勝った場合(金星)につき十円
③幕内優勝すると三十円、全勝の場合五十円
というように加算されていく。興味深いのは負け越しても、時間が経過しても減額されないことである。実際は、この褒賞金を4000倍した額が十両と幕内力士に限って年六回の本場所ごとに支給される。
(注)より厳密には、褒賞金は番付上の地位に応じて最低支給額が定められている。
横綱は150円、大関100円、幕内60円、十両40円、幕下以下3円で、昇進時それに
満たない力士は最低支給額までアップされ、そこから再び加算される。
この褒賞金は、あくまで十両以上の力士(関取)にのみ支給される。
それまでは、褒賞金をひたすら積み上げ、貯める時期なのである。
本書では、この当時の現役力士中の最多褒賞金は、横綱朝青龍の985円と紹介されている。
では、今日の現役力士ではどうか。
少し古くなるが、昨年1月のNEWSポストセブンに、力士の給与の仕組みを含め、歴代の褒賞金上位者に関する記事があったので、引用したい。
NEWSポストセブンの該当記事
「力士報奨金」 大鵬の歴代最高額を軽々塗り替えた白鵬
2016.01.19 07:00
「土俵にはカネが埋まっている」とは、元横綱・若乃花(故・二子山親方)が遺した言葉だ。その言葉通り、角界は出世を果たすたび、一般人では考えられない凄まじい金額を稼ぎ出せる仕組みになっている。力士の収入を大別すると、月給、力士報奨金(給金)、懸賞金という3本柱に分けられる。ここでは「力士報奨金」について解説しよう。
月給と違って力士によって大きく変わってくるのが「力士報奨金」である。これはいわば力士の能力給といえるもので、好成績を上げるごとに額が増えていく仕組みになっている。
力士はすべて、序ノ口でデビューした際に「持ち給金」として1人当たり3円が与えられる。以降、本場所での勝ち越し1勝につき0.5円が加算され、他にも金星1個につき10円、優勝1回につき30円、全勝優勝は50円を加算。そしてこの合計を4000倍した金額が、本場所ごとに引退するまで支給される。
「番付は上位陣の多くが勝ち越すなどして三役に昇進できなかったり、上位が詰まっていて上がれないようなこともあり得る。内規に照らせば条件を満たしているものの、横綱や大関への昇進が見送られることも多い。番付にはこうした不平等があるため、給料の能力指数として万全ではないという見方があり、その不備を補うために考案されたのが力士報奨金だといわれています」(角界関係者)
現役で持ち給金が最も多いのは横綱・白鵬で1691円。これを4000倍した676.4万円×年6回=4058.4万円が、基本給にプラスして支給される(支給金額は推定)。これまで持ち給金の最高額は大鵬の1489.5円だったが、白鵬はこれを軽々塗り替えてしまった(ちなみに千代の富士は1447.5円、貴乃花は1060円)。
白鵬が持ち給金を増やせた理由は全勝優勝の多さにある。全勝優勝すれば50円に加え、15勝の勝ち越しなので7.5円加算され、合計で57.5円(一場所あたり23万円)。これが14勝1敗の優勝なら優勝の30円と勝ち越しの6.5円で36.5円(同14万6000円)と全勝優勝の約半分となる。白鵬は35回の優勝のうち、歴代1位となる11回が全勝優勝。最多額をたたき出しているのも頷ける。
白鳳は、その後も優勝を含めて褒賞金を積み上げているので、史上最高額を更新し続けているわけだ。
番付だけの給与のみではなく、褒賞金による給与の「二階建て」制度は、『大相撲の経済学』で著者が次のように書いているように、妥当性があるのだろう。
実力主義が当たり前のスポーツ界においてこうした収入の安定性や年功賃金的要素を取り入れることのの道理性はどこにあるのだろう。
まず、収入の安定化にはメリットがある。人間は誰しもリスクを嫌う。時々の調子の良し悪しで収入が乱高下するよりも、その平均値を安定的に支払ってくれた方が力士にとってより望ましいといえる。ただ、完全な固定給にしてしまうと、今度は力士が稽古をしなくなり、相撲の質の低下を招くおそれがある。そこで十両と幕下の間に禁止的ともいえる格差をつけ、努力を怠ると幕下に陥落し、積み上げた褒賞金も給与も一切もらえなくなるようにする一方、稽古に励んだ結果、大勝ちしたり金星をあげたりすれば給与が上がるというインセンティブを同時に与えている。
こういう仕組みを考えても、やはり、大相撲はスポーツとは言えないだろう。
他のプロスポーツで、選手が加入する年金などのセーフネットの仕組みを除けば、副業を除く競技による報酬は、あくまで成績によって決まる。
さて、横綱審議委員会のことなど、まだ紹介したい内容もあるのだが、そろそろ、相撲への「取組み」は、今回にて終わりとしたい。
メディアは、まだ相撲協会側に寄った貴乃花親方批判で賑わっている。
あえて書くが、白鳳の年収は、今回の記事でお察しの通り、決して少なくない。
アーセナルのベンゲル監督が、日本滞在中に好きになった相撲の姿、横綱の気品を、彼は備えているのか。
勝負の判定に抗議する姿、優勝して万歳を強要する姿勢に、横綱の姿はあるのか。
そして、あの鳥取の夜の事件現場で、なぜ、彼は同じ横綱による常識を超えた暴力をすぐに止めなかったのか。
私は、彼は共犯と言えるのではないか、という疑惑をずっと持ち続けている。
『大相撲の経済学』では、横綱は興行上の看板であるとともに、奉納相撲なども行う公共財でもあるから、なかなか辞めさせることが難しいと説明する。
経済学的な視点では、その通りかもしれない。
しかしだ、世の中、経済の論理だけで考えてはいけないだろう。
以前も引用したが、落語の『二十四孝』の科白に次のようなものがある。
「おまえの親父は、食べる道は教えたが、人間の道というものを教えないから、貴様のようなべらぼうものができたんだ。ええ?」
協会、そして横綱審議委員会が、「食べる道」という経済学のみならず、「人間の道」に立って考えるなら、白鳳の横綱としての適性を、もっと論じるべきではないか。
彼は、教わった「食べる道」のおかげで、給与も褒賞金も溢れるほど積み立てることはできただろう。
しかし、「人間の道」については、どれほどの積み立てがあるのか、疑問だ。
最後には、こんな小言になり、これにてこのシリーズ「千秋~楽」でございます。