人気ブログランキング | 話題のタグを見る

あらためて、大相撲を考える(2)ー中島隆信著『大相撲の経済学』より。

 今日は午前中休みをとっているので、つい二本目の記事。

あらためて、大相撲を考える(2)ー中島隆信著『大相撲の経済学』より。_e0337777_09443123.jpg

中島隆信著『大相撲の経済学』(ちくま文庫)

 さて、シリーズの二回目。

 前回、大相撲は個人競技でありながら、「部屋別総当たり制」という対戦方式の制限があることが、他のスポーツとは大きな違いであると書いた。

 では、この「部屋」のこと、および「部屋」と「協会」との関係について、本書の「第5章 相撲部屋の経済学」から紹介したい。

 相撲部屋の役割
 力士は日本相撲協会に所属し、場所手当や給与などの報酬を受け取るが、稽古や寝食などは基本的な活動の場は部屋が中心となる。部屋は力士の面倒を見ると同時に、彼らを育成する」という責務を負う。
 入門した力士は六カ月間、協会の付属機関である相撲教習所に通い、相撲実技の指導を受け、教養講座(相撲の歴史、運動医学、スポーツ生理学、書道、一般社会、詩吟など)を履修することが義務付けられている。足を左右に180度近くまで開いた上で胸を床につける「股割り」と呼ばれる角界独特の柔軟体操もこの教習所で兄弟子たちから習う。しかし、協会サイドで行う指導は基本的にこれだけである。その後の育成はすべて師匠(部屋持ち年寄)と部屋に所属する年寄(部屋付き年寄)に一任されている。
 部屋に所属しているのは力士だけではない。行司、呼出し、床山、世話人、若者頭といった協会員はすべて相撲部屋に配属されている。
 (中 略)
 こうしてみると、相撲協会は持ち株会社で相撲部屋はそこにぶら下がっている子会社のようにも見える。たとえるならば、協会は各相撲部屋に出資し、相撲部屋はその資本金をもとに力士育成事業を行い、その成果として関取という配当を協会に渡すといった感じだろうか。しかし、後で見るように実際のしくみはそうした資本関係とは大きく異なるものである。

 私は、力士のみならず行司から床山、呼出しまでが部屋に所属していることから、サーカス団のようなイメージを浮かべる。

 あくまで、スポーツではなく、興行。芸人も裏方さんも一緒に移動し、行き先々で興行を打つ、という感じ。

 では、力士をはじめ、相撲興行を行うための多くの関係者が属する部屋は、どうやって団員(?)たちを食べさせているのか。

 相撲部屋の収支
 相撲部屋はどのようにして運営されているのだろうか。まず、相撲部屋を開設する際にかかる費用はすべて親方の自己資金で賄われる。協会がそのために出資したり補助金を出したりすることはない。したがって、部屋の財産はすべて部屋持ち年寄の私有物である。
 部屋は弟子を入門させてはじめて協会から補助金を給付される。補助金には、部屋維持費、稽古場経費、力士養成費の三種類がある。はじめの二つは、場所ごと弟子一人につき11万5000円と4万5000円給付され、あとの一つは幕下以下の力士一人につき毎月7万円の給付である。これらを合計すると取的一人を入門させると年間180万円の収入になる計算だ。
 そして彼らを無事に関取に育て上げるとそのご褒美として養成奨励金が給付される。これは、階級が上がるごとに増えるしくみになっていて、十両ならば一人につき年額114万円、平幕なら126万円、三役156万円、大関216万円、横綱276万円である。これは師匠に対して強い力士を育てるインセンティブを与える制度と解釈できるだろう。
 他方、支出に関して、その額の大きさは部屋の規模によって異なるが、その内訳は基本的に大部分が力士たちの食費と住居費によって占められている。あとは電気代やガス代などの光熱費、浴衣や下駄などの消耗品費、さらに部屋によっては専門のトレーナーからトレーニング指導を受けるための費用などがかかる。
 しかし、こうした費用には規模の経済性が働く。規模の経済性とは規模が拡大するほど単位当たりコストが下がることをいう。ここでは、力士の数が増えるほど力士一人を養成するためにかかる費用が少なくてすむということを意味する。その理由は明らかだろう。たとえば食事を例にとれば、力士が一人でも十人でも一定の支度は必要となるわけだし、大勢の方がむしろ材料などを効率的に使用できるからである。
 収入が人数に関して比例的である一方、支出面において規模の経済性が働くならば、人数を増やせば増やすほど経営は楽になるはずである。しかし、実際はもう少し複雑である。
 このように、相撲部屋は、取的(入門した力士の呼称)がいて、初めて協会からの補助を与えられる。
 そして、協会は金は出すが、力士の管理、育成内容については、口を出さない。

 協会と部屋の関係について、もう少し詳しく紹介したい。

 協会と相撲部屋の関係
 相撲部屋と協会の関係はきわめて奇妙なものである。表は両者の役割分担を整理したものである。

                <協会と部屋の権限の配分>
あらためて、大相撲を考える(2)ー中島隆信著『大相撲の経済学』より。_e0337777_17205759.png

 これを見ると、まず協会は力士の採用と育成に関しては部屋に「丸投げ」状態であることがわかる。しかし、力士と年寄は部屋ではなく協会に所属し、協会がその昇進を決定し、給与、部屋への補助金などを払っている。
 協会は部屋にすべての権限を与えているわけではなく、肝心なところは押さえているというべきだろう。師匠は弟子がよく頑張ったからといって勝手に昇進させてやるわけにもいかず、給与を増やしてやることもできない。協会からもらえる補助金の額はルールで決まっているから部屋は無制限に支出を増やせない。すなわち、支出にキャップがかけられている。
 一方、力士の育成に関しては完全に部屋の自由だ。どのようなタイプの力士を育てようと協会が口出しをすることはない。指導方針も任されている。ただ、協会としては部屋には相撲道を発展させ、観客を魅了する関取を育ててもらいたい。そのためには部屋に関取育成のインセンティブを与える必要がある。
 そこで、協会は、関取に昇進した力士には給与を与えて経済的に自立させるとともに、番付に大きな字で名前を載せて権威付けをし、華やかな土俵入りをさせてやり、NHKの相撲中継に映って目立たせることで、関取を持つ部屋が後援会のサポートを受けやすいように便宜を図る。こうして関取を育てた部屋の経済的負担が軽くなるようにしているのである。

 こういう関係なのである。

 今回の騒動でも明白なように、協会が過去の賭博事件や八百長事件を踏まえ、危機管理委員会なんて仰々しい組織をつくったところで、所属する力士を指導、育成する役割を部屋の年寄(親方)に丸投げしている構造が、問題解決への道を遠くさせてもいる。

 この協会と部屋との関係を考えても、やはり、他のスポーツとはあまりにも違うのである。

 加えて、協会の理事長や理事という幹部は、年寄しかなれない。

 外部から理事などになることはないのだ。

 まさに、閉じられた世界で、相撲という伝統ある興行を守ってきたわけだ。

 著者は、この後に、こう続けている。
 ここで一つの疑問に突き当たるだろう。なぜ協会は、本場所や巡業など全体活動を除くすべての部分に関する資源配分を部屋に任せてしまわないのだろうか。たとえば、力士の番付に対応する給与額を定め、各部屋には所属力士の番付に従って給付した上でその配分は部屋の年寄に任せてもよいように思える。そうすれば関取を育成することのさらに強い金銭的インセンティブが生まれるのではないだろうか。
 その理由は簡単である。協会は相撲部屋同士での過激な競争を望まないのだ。相撲部屋に高い自由度を与えることはそれだけ部屋同士の競争の余地を増やすことになる。第1章で述べたように、競争はシステムを変えるエネルギーを生み出す。相撲のように伝統を保持することを目的とする組織にとってシステムの変更を誘発するようなことは御法度なのである。

 “伝統を保持することを目的”とする組織である角界は、今、その伝統の破壊にもつながりかねない難題に直面している、と言ってよいかもしれない。

 協会が望まない、“相撲部屋同士の過激な競争”も起こりそうな気配がする。

 貴乃花親方が、協会と部屋の関係をも含む変革を目指しているのなら、それは、協会の大多数の理事(年寄たち)による保守派の厚い壁にぶち当たるだろう。

 他のスポーツと同様にオープンに、という考えを貴乃花が付き進めて行くと、部屋別総当たり制から、同部屋同士の戦いまでを含む個人別総当たり制まで行きつくが、そこまでは考えていないと思う。

 あくまで、協会、一門、部屋という構造における「部屋」の発言力を、今までより一層高めたいのではなかろうか。

 彼の懸念は、協会-一門-部屋という伝統的な構造に、新たに“モンゴル力士会”という組織が割り込んできて、その組織によって、彼の考える相撲の伝統とは違う文化や権威が持ち込まれたことにあるのだと思う。


 貴乃花は、検察の判断が示されてから、何を語るのか。

 その変革の目論見も、伝統に基づく旧来の大相撲の経済学と、深く関係しているはずだ。
 
 次の最終回は、伝統的な方法による、関取の給金のことについて紹介したい。
 
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by kogotokoubei | 2017-12-14 11:57 | 大相撲のことなど | Trackback | Comments(0)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛