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都電の軌道に響いた、戦後復興の音ー『噺家の卵 煮ても焼いても-落語キッチンへようこそ!-』より(2)


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柳家さん喬『噺家の卵 煮ても焼いても-落語キッチンへようこそ!-』
 さん喬の著書からの二回目。

 まずは、ご本人の実家のこと。

 私の生まれ育ったのは、東京の本所という町です。浅草から吾妻橋を渡って四、五分歩きますと本所吾妻橋という地下鉄の駅があります。この交差点の一角にあります「キッチンイナバ」という洋食屋が私の実家であります。そうです私は洋食屋の小倅です。それが何で噺家になったのかと?それはまあ、あとでお話しするとして。


 私も、何で噺家になったのかは、あとのことにする。
 
 なぜなら、この後に続く文章が、なかなか良いので、今回はこの内容を主役(?)としたい。

 昭和四十四年までは都電が走っていましたっけ。家の前が吾妻橋二丁目という停留所でした。月島から柳島(福神橋)へ行く二十三番と、須田町から東向島三丁目へ行く二十四番と三十番の二路線が走っておりました。この吾妻橋二丁目の停留所で向島へ行く電車が大きく左へ曲がっていくのと真っ直ぐ柳島へ行く電車とが軌道のポイントを使い行き交っていまして、当然逆方向もありますから、その騒音は言うまでもありません。さらに深夜に土浦の駐屯地へ向かう警察予備隊(現自衛隊)の戦車が都電の軌道を通り抜けると、キャタピラとレールとの摩擦で放たれる火花と轟音はさながら雷がおちたようでした。昼間は昼間で馬車が肥桶を載せて、ヒズメの音をさせながらパカパカ、ゴロゴロ、ピチャピチャ、ヒヒーンと騒がしく往来し、時折定斎屋(薬売り)が引き出しの環をカタカタ言わせながら売り歩き、キセルの羅宇屋が蒸気の音をピーッと響かせながら街角で客待ちしていたり、爆弾あられ屋が大きな音を立てたりで、とにかくうるさい、いやもうそりゃやかましいったらありゃしない!でもそのやかましさは戦後復興の音であったかもしれません。

 ねぇ、いい文章でしょ!
 ぜひ、そのうち高座のマクラでお聞きしたいような内容。

 映像が眼に浮かび、その音が耳に聞こえそうである。

 以前、八代目林家正蔵のことを書いた記事で、「二邑亭駄菓子のよろず話」のサイトから、正蔵や“留さん”文治が住んでいた稲荷町の長屋の写真をお借りした。
2013年1月29日のブログ


 その「二邑亭駄菓子のよろず話」のサイトに、都電23番と24番が並んだ写真があったのでお借りした。
「二邑亭駄菓子のよろず話」の該当ページ

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 この写真には、
柳島車庫前で出発を待つ[23][24]番。向こう側が福神橋(終点)
7両もつまっている……。1972.7
というキャプションがついている。

 二邑亭駄菓子さんは、この都電の写真のページで次のように綴っている。
 1960年代は、都内のおもな通りにはすべて都電が走っていたように思う。
 放浪癖があった私は、小学生時代から都電を乗り換えてあちこちに行ったものだった。
 浅草に住んでいた小学生時代は、銀座と南千住を結ぶ[22]番(系統)や、三筋町にある図書館に向かうために[23][24][31]番にお世話になった。
 中学生になると、[16]番で通っていた時代もあった。

 だが、いつのまにか路線も少なくなり、写真を残そうと思ったときは、だいぶ減ってしまっていたのは残念である。
 それでも、なんとか、両親の実家がある墨田区を中心にして、小学校時代に住んでいた台東区、そして江東区、中央区という下町を走っていた都電の最後の姿を写真に残すことができたのは幸いである。

 二邑亭駄菓子さんも、23番や24番にお乗りになっていたんですねぇ。

 駄菓子さん、都電の最後の姿を残していただき、ありがとうございます。

 さん喬が書いている都電の軌道に響く「戦後復興の音」、二邑亭駄菓子さんが残していただいた貴重な写真を見ると、聞こえてきそうだ。

 「三丁目の夕日」という漫画が好きだが、それは、やはり昭和三十年代後半から四十年代前半の、“あの頃”のことに浸れるからだろう。

 私が子供の頃、北海道の田舎では、定斎屋(薬売り)が引き出しの環をカタカタ言わせながら売り歩く音や、キセルの羅宇屋が蒸気の音をピーッと響かせる音は聞かなかったが、「ドン」という名で親しまれたトウキビの爆弾あられの音は、懐かしい。
 肥桶を載せた馬車のヒズメの音も覚えているし、その後に残った落し物の臭いも、思い出すなぁ^^

 ということで、今回は、さん喬の持ち味である丁寧さあふれる文章で、昭和の“あの頃”を振り返って、お開き。
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Commented by 二邑亭駄菓子 at 2017-11-23 17:26 x
こんにちは。いつも味わい深い書き込みを拝見しています。
先日は私の掲示板に書き込みをありがとうございます。
そこでも書きましたが、さん喬さんの本にある24番の経路が少し違っていますね。
須田町~柳島(福神橋)でした。

ところで、私のハンドル名なんですが、二邑亭駄菓子屋ではなくて二邑亭駄菓子なんです。「屋」が入りません。
本名をもじって思いつきでつくったものなので、別に駄菓子屋を営んでいるわけでなく、お恥ずかしい限りです。
お時間のあるときでいいので、「屋」をカットしていただけますか。
よろしくお願いします。
Commented by kogotokoubei at 2017-11-24 09:19
>二邑亭駄菓子さんへ

大変失礼いたしました。
私の誤字は、修正しました。
さん喬の都電の路線の誤りは、本の通りなので、修正はしませんが、改訂版で直してもらうことを期待します。

八代目正蔵と留さん文治が住んでいた稲荷町の長屋の写真に続き、貴重な写真をお借りすることにご承諾をいただき、あらためて感謝申し上げます。

今後も、お世話になるかと思いますが、よろしくお願いいたします。
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by kogotokoubei | 2017-11-18 12:42 | 落語の本 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛