噺の話

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桂春団治と吉本せい(3)

 このシリーズ三回目。

 少し復習と補足。

 春団治は、先妻と別れ、彼の後ろ盾になった岩井志うと一緒になるが、志うは大阪道修町の薬問屋の岩井松商店の後家だ。
 ちなみに、奈良出身の志うは、岩井松商店の女中だったのだが、主人の岩井松之助が前妻を失った後に後妻となっていた。

 志うが岩井家の蓄財を湯水のように使うので岩井家は絶縁を迫り、手切れ金を支払った。その金額は諸説あるが、もっとも少ない六万円としても、現在の貨幣価値で四千万ほどになる。

 その金を元に、浪花亭という席を本拠として春団治は自分の一派を立ち上げたものの、春団治も志うも、とにかく締まりのない夫婦で、上がりで連日のようにドンチャン騒ぎ。そのあげくに浪花亭を失い、旅興行に出るが金を貯めるどころではなく連夜の宴会で、元手となった手切れ金は三年ほどで使い尽くしたと言われる。
 
 吉本せいは、そうなることを見越して、月給七百円と借金の肩代わりをして、大看板の春団治を吉本興行部の専属にした。

 この七百円は、当時のサラリーマンの月給が四十円から五十円、千円あれば家が建つと言われる時代だったので、破格だ。

 しかし、春団治夫婦の金遣いの荒っぽさは変わらず、財布の中身が少なくなったことも、あの事件につながっていたのは、間違いないだろう。


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富士正晴_桂春団治

 まず、富士正晴の『桂春団治』から、その事件の背景について。

 昭和も五年となってくると、ラジオの普及ははなはだしく、丁度、映画界がテレビに対して抱いたような恐怖を持つようになって来ていた。それで、落語家のラジオ出演を吉本興行を通じての許可制にして制限した。その制限に対してJOBKの方が面白くない感情を持つのも当然であった。その上、吉本興行部を通じて落語家をBKに出演させると、そのギャラを吉本興行部が受けとり、その何割かを落語家の前借の返済金として差し引き、残りを落語家に渡すというふうなやり方で、BK側の若いディレクターなどの目には不快に映ったことであろう。結局、吉本興行部のこの仲介が、何はともあれ、芸人側にとっても、JOBK側にとっても、感覚的にも実質的にも、はなはだ不都合に見えたのであろう。芸人側にとっては圧政に見えたし、また、出番表の横に「無断休席は容赦なく下記の如く給料より差し引くことを厳守いたします」といったきつく感じられる注意書きをそえるようであれば、ラジオ無断出演を禁止する文体も高圧的峻厳な文体であって、芸人に恐喝と共に反感の念も与えたと思われる。そこでBK側の反感と芸人側の反感との握手がこの春団治の無断出演であったと見てよく、そのやり口には幾分感情的なからかいの気分が見られる。

 吉本せいの、ラジオへの恐怖感は実に強いもので、その思いがラジオ出演への許可制となり、加えて、出演した場合でも、そのギャラを芸人の前借りへの返済に充てるという処置になったわけだ。
 
 そして、ついに、春団治の反抗(?)となる。

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山崎豊子著『花のれん』

 吉本せいに関わることを書くのなら、やはりこの『花のれん』を外すわけにはいかない。
 昭和33年上半期の直木賞受賞作である。

 吉本せいは、本書で多加と名を替えている。
 花月亭は、花菱亭である。
 ちなみに、姉と弟の三人きょうだい。

 春団治のラジオ出演による騒動の部分を引用する。

 多加が太夫元になり花菱亭に出演している芸人は、ラジオに出られない約束になっている。ラジオで寄席演芸を聞けるなら、わざわざ寄席まで足を運ばさず、家でお茶漬けでもかき込みながら聞く客が多くなる。そうなると誰よりも大阪、京都に十六軒の寄席(こや)を持ち、寄席一本でたっている自分が真っ先に参るというのが、多加の考え方であった。
 ガマ口が春団治のラジオ出演を知って、三津寺筋の多加の家へ駆け込んで来たのは、その日の四時過ぎであった。多加は大学の春休みで帰省している久男と向い合って夕食をしていたが、知らせを聞くなり、
「しもた!」
 男のような声で、手に持っていた箸を刃物のように食卓の上に突ったて、敷居際にたって息を切らしているガマ口に、
「あこぎなこと(むごいこと)しはるやないか!それほんまか」
 眼を血走らせて憤りながら、まだ半信半疑で、もう一度、ガマ口に念を押した。
「今、人に聞いたとこだす、間違いおまへん」
「ラジオなんかで落語(はなし)されたら、花菱亭(うち)が一番こたえるのや、あんなお客の顔を伺えんようなところで、ろくな芸が出けるもんか、春団治はんは、みすみす、花菱亭との一礼を破りはったわけやな」
 多加はこれからの寄席(こや)の入りを考えると、体が細って行きそうだった。
「お母はん、そやけど、ラジオの落語もなかなかいけるで、そない血相変えんときいな」
 紺絣の着物を着た久男が、上目遣いの気弱な笑い顔で、多加のいきりたった気を柔らげるように云った。
「あんたは何も知らんのや、黙っていなはれ、寄席商ひはそんななまやさしいもんやあらへん」

 ガマ口は、吉本吉兵衛(本書では河島吉三郎)が贔屓にし、また遊び相手にしていた剣舞士で、吉兵衛とせい夫婦が寄席商売を始める際に、何かと奔走してくれて、開場後は番頭役となった男。久男は、吉三郎と多加の長男。

 主人公や家族の名は替えているが、芸人の名は、そのままになっている。

 さて、この後、多加とガマ口は春団治の家に乗り込んだ。
 そこで、ガマ口が、活躍(?)する。

「夜分に御無礼さんでござります」
 くそ丁寧なあ挨拶をした。
「なんや、お前、ぬうっと入って来て、まるで居坐り強盗やないか。それにしては修繕のきかんガマ口みない何時見ても面白い面さらしとるな、これでは威しも利きまへんわい。ヒヒ・・・・・・」
 春団治は、黄八丈の丹前の膝に酒をこぼしてせせら笑い、銚子を持った手を宙に浮かせている女房に、酌を促した。ガマ口は、その間に割って入り、女房の手から銚子を奪い取り、火鉢に際へ膝を寄せて、春団治の盃に一杯、お酌をした。
「師匠、夜分、居坐り強盗みたいに参上致しましたのは、今日、師匠が出はったラジオ出演のことだす、あれは、ちゃんと一本、約束が入ってるやおまへんか、これでは約束を反故にして、花菱亭の首絞めはったのと同じや、師匠が、そんな気でいてはるなら、花菱亭(こっち)も、その気で勘定さして貰いまっさ」
 と云うなり、皮の手提げ袋の止め金をはずし、中から白い紙片を出したかと思うと、紫色の長い舌で唾をつけ、眼の前の長火鉢の上でペタリと貼り付けた。幅八分、縦一寸五分位の長方形の和紙に、花菱亭と墨で記した上から、印肉の判を捺している封印であった。
「ガマ口はん、一体、これなんやねん」
「へへ・・・・・・、高利貸しやおまへんけど、貸金と損害賠償の抵当(かた)に、家財道具を差押えさして貰う次第でおますわ」
「そんなえげつない!御寮人(ごりょん)さん、何とかー」
 春団治は、一言も口をきかないでいる多加の方へ向いた。多加は無表情な顔で、春団治の眼をじろっと一瞥しただけで、答えなかった。
 (中 略)
「御寮人さん、これで家財道具一切、差押えだす、あとは三度のご飯を食べる鍋、釜と茶碗だけということですわ、宜しおますか」
 ガマ口が帳面を多加に示すようにして、尋ねた。
「ご苦労さん」
 と頷きながら、多加はいきなり、つかつかと長火鉢の傍まで近付いた。多加の白い手が大きく伸びたかと思うと、寝そべりかけている春団治の口の上へ、ピタリと封印紙を貼りつけた。春団治は跳ね起きざまに自分の口に手を当てた。
「殺生な!口まで差押えせんかて借金は返したるで」
 封印紙が下唇だけはずれて、春団治の上唇の上でヒラヒラした。
「師匠、わては借金の一寸の証文が三寸になるより、ラジオが一番こわい、家財道具より師匠の口を、差押えさして貰いまっさ」

 春団治のラジオ出演の後に、吉本せいが自ら春団治の家に乗り込んで差押えをした、というのは山崎豊子の脚色だ。
 実際には、ラジオ出演の翌日、吉本興業が訴えて財産差し押さえの仮執行が行われたが、家に乗り込んで家財道具に封印紙を貼ったのは、執行官である。
 そして、口に貼ったのは、春団治自身。差押えの紙を奪って、「もしもし、この口押えはらしまへんのか。これあったら何ぼでもしゃべりまっせ。」と自分の口へ貼り付けた一件は、次のように、写真付きで新聞に大きく取り扱われた。

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(Wikipedia「桂春団治」より)
Wikipedia「桂春団治」

 山崎豊子の吉本せいと番頭のガマ口が直接春団治の家に乗り込んで差押えをしたという脚色は、私は“あり”だと思う。
 許容できる脚色と、できないそれがあるが、“史伝”ではなく“小説”として、実によく出来ている。さすが、直木賞受賞作。

 舞台にもなったし、昭和34(1959)年に映画化されているが、主人公の河島多加役は淡島千景、ガマ口役が花菱アチャコ、吉三郎は森繁久弥が演じた。

 『花のれん』の多加には弟がいるものの、実際の林正之助のように、姉と一緒に吉本の経営に携わる役としては描かれていない。
 その点に関しては、私は脚色の行き過ぎだと感じているが、主役を中心にするためには、小説やドラマは、そういうオミット(省略)をすることが少なくない。

 NHKの『わろてんか』も、オミットだらけ。主人公には弟すら、いない。

 小説もドラマも、史実では重要な“脇役”を外す傾向があるが、その“脇役”も、見方によっては“主役”なのであるんだがなぁ。

 「わろてんか」の主人公が、女学校に通っているお嬢さんで、いいとこのボンと見合いする展開になっている今、私はこのドラマを見る気力を失いつつある。
 奉公に出ているのだよ、吉本せいは。

 繰り返しになるが、あのドラマは決して吉本せいの人生を語っていない。

 つい、朝ドラのことに脱線してしまったが、それは、あの番組の主人公が吉本せいであると勘違いする人が多いだろうから、あえてこのシリーズを書いたのでもある。

 それほど裕福とはいえなかった幼年期や、吉本の発展のためには、いわゆる裏社会との接点も必要であったこと、春団治などの芸人を縛り付けるため、雇用契約として労働者には酷な条件なども、吉本せいの姿を知る上で欠かせない要素なのである。

 史実は、そんなに「わろてんか」とは言えないことが多いのだよ。

 まだ、『花のれん』の方が、はるかにモデルの人生と相似している。
 また、この本は小説としても良く出来ているし、当時の大阪の庶民生活や、上方演芸界を知る上でも貴重な本だと思うので、別途記事を書くつもりだ。


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by kogotokoubei | 2017-10-10 12:54 | 落語家 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛