噺の話

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桂文字助のこと。

 桂文字助のことが、ニュースになっていた。

 スポニチから引用。

スポニチの該当記事
「笑点」初代・座布団運びを務めた落語家の現在…酒に溺れ、生活保護に

 国民的人気番組「笑点」の初代座布団運びを務めた桂文字助(もじのすけ、71)が22日放送の「爆報!THEフライデーSP」(金曜後7・00)に出演。笑点から降板した後に、落語界から“追放”された理由を告白した。

 46年生まれの文字助は18歳で落語の道へと進み、20歳のときに師匠・立川談志さんと運命的な出会いを果たす。気配り屋の文字助はある日、打ち合わせ中の師匠のもとへお茶を運ぶと「こいつを座布団運びにどうだい?」と談志さんの声が。このときの打ち合わせが、笑点の番組構成会議だった。異例の抜てきに喜び、芸に精進する文字助だったが1年半後、師匠に突然呼ばれて「毒蝮三太夫にやってもらうことになったから」と降板の宣告を受けることに。

 降板に納得がいかない文字助は酒に逃げ、借金は気づけば数百万円に。愛想を尽かした妻も出ていき、どん底の日々を過ごすようになる。酒量は増えて感情のコントロールができなくなる“異常酩酊”になり、些細な事でケンカをしては警察に連行された。悪評は広がり営業の数は激減。ついには談志さんにも喧嘩を売ってしまう。落語界で師匠に逆らうことはご法度。居場所がなくなり、落語から離れていった。

 現在の生活について尋ねると、自宅に番組スタッフを招待。家賃5万6千円というが「俺は払っていない。生活保護を受けているんだよ」と明かした。月に12、13万円の支給で、家賃や光熱費が引かれて手元に残る6万円で生活。5年前から近所の公園で毎朝掃除をし、近隣の人々から食料品や生活品をもらっているという。

 だが、酒量は今も減らず1日1升。飲酒中には“異常酩酊”になり、撮影する番組スタッフに突っかかることも。すると、文字助の話を聞いた2代目座布団運びの毒蝮が、番組にサプライズ出演。後輩にあたる文字助と久々の対面を果たした。思い出話に盛り上がるも、酒を飲もうとする文字助を見た毒蝮は「生活保護受けてんだろ!」「文句がくるぞ。生活保護を受けてるのになんで酒を飲んでいるんだと」と説教。“兄弟子”の言葉が効いたのか、文字助は神妙な表情を見せた。

 その後、毒蝮との再会に刺激を受けたのか、5年ぶりに高座へ。長年、談志さんに鍛えられた落語は錆びついておらず、客の笑いを誘って場を盛り上げていた。
[ 2017年9月22日 21:26 ]

 残念ながら、このテレビ放送は見逃した。

 しかし、文字助の日常は、立川談四楼のツィッターで適宜(?)報告されており、よく目にする。
 公園の清掃のことや、近所の人々との交流なども書かれていて、談四楼のツイッターの重要な登場人物^^

 結構、近所では人気者になっているようだ。家財道具は、ほとんど拾った物か、もらい物。
 たまに電話に出ないので談四楼が心配し、共通の友人が様子を見に行く、なども少なくない。

 「だんしろう商店」から「談四楼の日々のつぶやき」にリンクされている。
立川談四楼オフィシャルサイト「だんしろう商店」

 あら、ツイッター見たら、しっかりこのテレビのこと案内されていたなぁ。
 読み忘れていて録画もしていない。まぁ、しょうがない。

 談四楼の著作にも、たまに文字助は登場するが、正直なところ、あまり良いことは書かれたいない。とにかく、酒が好きで、飲むと喧嘩を売るのである。
 
 『古今東西落語家事典』から引用。
【桂文字助】
 松田治彦。昭和21年2月13日生まれ。昭和39年4月六代目三升家小勝に入門して勝松。43年5月同名で二ツ目。46年の師匠没後、立川談志門に移り談平と改名。55年9月四代目桂文字助を襲名して真打。

 私が持っているのは平成元(1989)年4月7日発行の初版第一刷。

 もちろん、生活保護を受けている現在の生活は、この事典には書かれていない。

 
 今の文字助が幸せなのかどうか・・・・・・。
 大好きな菊正宗で一杯やっている時は、間違いなく、幸せなのなのだろう。

 文字助が相撲噺の名手なので、談志が相撲噺を演らなくなった、と言われる。

 残念ながら、生の高座に出会っていない。

 談四楼の4月の独演会に助演したようだ。
 また出演の予定があれば、なんとか駆けつけたいものだ。
 
 今では、ほとんど見当たらない、貴重な(?)無頼派芸人の姿、それが文字助と言える。

 テレビに出たことで、生活保護が停止されるようなことがないことを祈る。
 保護の必要のない人を選ぶより、彼こそ、無形文化財の候補ではないか、などど思っている。

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Commented by 4k at 2017-09-23 13:13 x
お元気ですよ。
8/5の高座、見事なものでした。
Commented by saheizi-inokori at 2017-09-23 14:22
「文化」、そうかもしれないな、あれも一つの文化かな。
Commented by kogotokoubei at 2017-09-23 23:21
>4kさんへ

貴重な情報ありがとうございます。
「雷電初土俵」でしたか。
なんとか生の文字助と縁があることを祈ります!
Commented by kogotokoubei at 2017-09-23 23:23
>佐平次さんへ

立派な「文化」でしょう!
私は、文字助の最初の師匠小勝のことなども、記録として是非残して欲しいと思っています。
Commented by at 2017-09-24 07:42 x
録画しておいて昨日見ました。若い頃、精悍な二枚目でしたね。
噺は広小路亭で一度だけ聴いたんですが、何を演ったかを忘れてしまいました。もしかすると、漫談だったか。
やはり、功は談四楼で、ツイッターで情報を提供し続けた甲斐があったのでしょう。
近所の人が落語をやらせたら、あんまりうまくてイメージとの落差に驚いたという逸話が好きです。

Commented by kogotokoubei at 2017-09-24 15:50
>福さんへ

録画されていましたか、流石ですね。
先ほどまでテニスの後の昼食(飲み会?)だったのですが、生で見た人が話をふってきたので、少し説明しました。
「髭そって、入れ歯したら、結構いい男なんじゃないの」という感想は。「ごもっとも」と思いました。
毒蝮が株を上げたかもしれませんが、やはり談四楼の功績は大きいでしょう。
本文の中の「無形文化財」は、あくまでシャレです^^
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by kogotokoubei | 2017-09-23 10:43 | 落語家 | Comments(6)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛