噺の話

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「猫の死亡通知」、漱石山房記念館で公開。


 一昨日、昨日、ほぼ三年前に書いたある記事へのアクセスが急増していた。
2014年9月14日のブログ

 これは、夏目漱石が可愛がっていた猫が亡くなった時、その死亡通知を門下生達に送ったことに関する記事。
 漱石の妻だった夏目鏡子への聞き書きによる本『漱石の思い出』の内容や、三四郎のモデルと言われる小宮豊隆の遺族が、そのハガキなどを含めて故郷福岡の町に寄贈したというニュースなどを紹介した。

 その通知の日付、9月14日の記事だった。

 なぜアクセスが増えたのか不思議に思っていたら、こんな記事を発見。
 共同通信の47NEWSから引用する。
47NEWSの該当記事

夏目漱石の「猫の死亡通知」寄贈
東京・新宿区に
2017/8/1 18:01

 文豪夏目漱石(1867~1916年)が門下生に飼い猫の死を知らせたはがき1枚が1日までに、東京都新宿区に寄贈された。この猫は小説「吾輩は猫である」のモデルで、はがきは通称「猫の死亡通知」として知られる。新宿区は9月24日開館の「漱石山房記念館」で一般公開する。

 はがきは1908年、漱石から児童文学者の鈴木三重吉ら門下生4人に宛てて4枚が出された。寄贈されたのは、うち俳人の松根東洋城宛てのもの。松根が創刊した俳句雑誌「渋柿」の前主宰者、松岡潔さんが昨年3月、新宿区に贈った。

 そういうことだったか。

 そうだ、昨年9月に『漱石の思い出』に基づくドラマ「夏目漱石の妻」がNHKで放送されたなぁ。
NHKサイトの該当ページ

 同書から、その通知の内容を含む部分を、あらためてご紹介。

 俥屋に頼んで蜜柑箱に入れて、それを書斎裏の桜の樹の下に埋めました。そうして小さい墓標に、夏目が「この下に稲妻起こる宵あらん」と句を題しました。九月十三日を命日といたしまして、毎年それからこの日はお祭りをいたします。
 その時夏目がご懇意の方々にあげた死亡通知のはがきがございます。
 「辱知猫久々病気の処、療養不相叶(あいかなわず)、昨夜いつの間にかうらの物置のヘッツイの上にて逝去致候。埋葬の儀は俥屋をたのみ箱詰にて裏の庭先にて執行仕候。但し主人『三四郎』執筆中につき、御会葬には及び不申(もうさず)候。 以上」
 いかにも、寄席が好きだった漱石のユーモアあふれる文章。

 かつて愛犬が亡くなって喪中ハガキを二度出した私としては、こういう漱石の逸話を知り、大いに親近感を抱くのである。

 毎日新聞の記事によると、このハガキで四枚すべてが公開されることになったとのこと。
毎日新聞の該当記事

 漱石山房記念館は、新宿区が、亡くなる直前まで住んでいた漱石山房を再現した記念館らしい。
 同記念館のサイトから引用する。
新宿区立漱石山房記念館のサイト


記念館のめざす姿

1.「漱石山房」の一部を再現し、漱石が暮らし、執筆した空間を可視化します。
記念館内に書斎・客間・ベランダ式回廊など「漱石山房」の一部を再現します。
2.文学館としての基本的機能を備え、初の本格的漱石記念館としての役割を果たします。
通常展のほか、特別展や講座・イベントを開催し、漱石やその文学の世界を紹介します。
漱石のすべてがわかる「情報センター」をめざします。
3.気軽に誰でも利用できる、利用者にも地域にもオープンな記念館を目指し、魅力ある交流スペースを整備します。
漱石の著作や関連する本を読みながら、ゆったりと過ごせる図書室やカフェを設置します。
4.地域や大学・民間企業等、他機関との連携・協力を重視します。
地域の方々や企業・大学との連携を大切に、地域の博物館として活動します。

 漱石ファンとしては、こりゃぁ、行かねばなるまい。

 昨年が歿後100年、今年は生誕150年で、いろいろと漱石のことが話題になる。

 最初に漱石を読んだのは、中学時代の夏休み、ちょうど今頃、『こころ』だった。

 「猫」の死亡通知や記念館のことにふれ、あらためて漱石を読み直そうか、などと思っている。

 さて、何から読もうかなぁ。やはり、猫かな・・・・・・。

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by kogotokoubei | 2017-08-03 12:47 | 落語好きの人々 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛