噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

龍志・志ん輔二人会 国立演芸場 7月30日

 雨で日曜恒例のテニスが休みになった。
 そうなれば、行きたかったこの二人会に出向かねばと、志ん輔の会、とされている携帯の番号に当日券の有無を確認のため電話したのだが、留守電になっていた。
 チケットが残っているかどうか携帯に返事が欲しいと伝言を残し、一枚位ないはずがないと、国立演芸場に向かった。

 この二人会は、二年前の4月にも聴いている。
2015年4月30日のブログ
 あの会では、龍志の『花見の仇討ち』の楽しさが格別だったし、志ん輔の『幾代餅』も良かった。

 その時の記事に、詳しいプロフィールを掲載したが、龍志は昭和45年4月に立川談志に入門し昭和51年7月二つ目昇進、志ん輔は昭和47年3月志ん朝に入門し昭和52年3月二ツ目昇進。
 龍志が少し先輩だが、前座、二ツ目を同時期に過ごした仲間といえる。

 さて、半蔵門駅近くで昼食をとったが、まだ携帯に返事はない。
 12時少し過ぎに会場に行くと、テーブルに龍志、志ん輔、それぞれのチケット販売窓口があった。
 どちらからでもチケットが確保できれば良かったのだが、今朝電話をしたこともあり、志ん輔の窓口でチケットを入手。私の好みの、少し後ろ目だが中央近くの席が残っていた。

 会場は、最終的には300席の客席が八割近く埋まっただろうか。

 それぞれ二席で、ネタ出しされている。

 開口一番を含め、出演順に感想などを記す。

橘家かな文『一目上がり』 (15分 *13:00~)
 四月の末広亭『たらちね』よりは良い出来だった。
 しかし、ネタのせいもあるかな。私は小さんのこの噺の音源が大好きだ。また、当代の噺家さんがこのネタを演じると、その出来はともかく、こういう噺を大事にしていることだけで、許してしまおう(?)と思いがちなのだ。
 かな文、師匠文蔵譲りの『道灌』のみならずこういう噺も磨き続けて欲しい。

古今亭志ん輔『三枚起請』 (36分)
 前座修業時代、龍志の奥さんの雑司ヶ谷の家にお邪魔してご馳走になったと思い出を語る。
 前夜は12時過ぎに寝たが夜中3時半頃にトイレに起きてから眠れなく、5時前には起床と、目をこすりながら話していた。
 口説き上手な男が羨ましいなど、全体で12分ほどのマクラの後、「三千世界の烏を殺し、ぬしと朝寝がしてみたい」の高杉晋作がつくったと言われる都々逸から本編へ。
 前半は、それぞれ喜瀬川から起請文をもらった三人をどう演じるかが肝要で、下手に演るとだれる恐れがある。
 志ん輔は、持ち味である軽やかなリズムを刻んで、伊之さん、棟梁、清公それぞれの物語を、過不足なく聴かせてくれた。
 軽い調子の伊之さんが、喜瀬川からもらった起請文での浮かれようが楽しい。起請文を棟梁に見せる際、「手を洗って、口を漱いで、身を清めて」から読んで欲しい、という科白も可笑しかった。
 また、もっとも可哀想な清公の妹を巻き込んでの物語は、涙なくしては聴くことができなかった^^
 後半、榎原へ向かう場面への切り替えは早く、このスピード感がこの人の持ち味。
 終盤は、喜瀬川の気丈夫さがしっかり描かれていた。志ん輔は、顔の表情が豊富なことが持ち味の一つだが、強面の女性もなかなかのものだ。
 「クリープを入れないコーヒー」なんてクスグリは、この日の客席を笑わせる。
 本編20分余りとはとても思えない中身の濃い好高座だった。
 今年のマイベスト十席候補とする。
 
立川龍志『藪入り』 (32分)
 自分が育った鐘ヶ淵や玉の井近辺では下水道ではなく溝(どぶ)で、リボン印の蠅取り紙が活躍した、という話で笑いが多い会場で、私を含め客の年齢層が分かる。鰻のタレのかかったご飯が好きだった、という話にも共感。
 父親の熊は病み上がりで、まだ体が本物ではない、という設定は、この噺では初めて。
 前半は、亀の帰りが待ち遠しい夫婦の会話が中心だが、三年会っていない子供への深い情愛が見事に描かれていた。亀が帰宅してからの騒動も、母親の急変ぶりを含めて楽しく聴かせた。
 サゲは工夫されていたが、私は、通常の「忠のおかげ」で良かったかと思う。
 ここで、仲入り。

立川龍志『酢豆腐』 (33分)
 旬の噺。どうしても文楽や志ん朝の音源を思い出すが、龍志はどうだったのか。
 まず、このネタについて。落語には、その昔の“町内の若い衆”を描いたものがいくつかある。この噺もその一つで、今で言えば、町内の集会場のような場所に泊った連中が、暑気払い、迎え酒で皆で一杯やろう、ということで盛り上がる。
 『羽織の遊び』や『寄合酒』なども同じ部類に入るが、私はこの手の噺は、実に貴重ではないかと思っている。今は失われた世界が、これらの噺にはあると思う。
 次のように、大きく三つの場面がある。
  (1)町内の若い衆たちの酒の肴の算段
  (2)半公への策略
  (3)伊勢屋の若旦那の奮闘
 (1)は、酒はあるが“あて”がない。かと言って宵越しの銭もなく、さて、酒の肴をどう調達するかという算段場面で、龍志はそれぞれ個性的な若者を、楽しく描き分ける。最後に熊ちゃんが、糠味噌桶の底に残った古漬けをきざんで、水で絞ってかくやのこうこにしようじゃないか、という妙案を出したのだ。しかし、誰も糠味噌桶に手を入れたがらない。龍志は、だれるのを避けたのだろう、親の遺言男は登場させなかったが、それも結構。
 そこに通りかかったのが、お馴染みの建具屋の半公ということで、場面は変わる。小間物屋のミィ坊が半公に惚れているという作り話で、のぼせた顔が次第に崩れ、でれでれになっていく半公の姿が、実に可笑しい。結局、金を巻き上げられてしまった上に、酒も飲ませてもらえなかった半公の可哀想なこと。「お前たちは山賊か」で笑った。
 さて、前の晩残った豆腐を、与太郎が釜の中に入れていたから、腐って黄色いカビが生えていた。捨てようとしたものの、そこに通りかかったのが伊勢屋の若旦那。しんちゃん(若旦那は、すんちゃん^^)が一計を案じて、若旦那をおだてて腐った豆腐を食べさせよう、というのが最後の場面。半可通、知ったかぶりを意味するこのネタの題の主役登場だ。昨夜は吉原で「しょかぼのべたぼ」だったとのろける若旦那。懐石料理のようなものは食べ飽きた、近頃はなるべく珍らかなる物を食べるようにしていると若旦那が言うものだから、ついに若い衆たちの格好の餌食となってしまうのだった。
 「その黄色いところが、いいんでげす」と一匙食べさせられた若旦那の苦悶の表情も、大袈裟に過ぎず結構だった。
 上方に移って『ちりとてちん』になったが、それは、知ったかぶりを懲らしめる(3)の場面が強調された噺。『酢豆腐』には(1)や(2)の楽しさもある。それだけ難しいネタとも言えるわけで、なかなか若い人には手におえないだろう。
 龍志の高座、それぞれの場面の楽しさが生き生きと表現され、夏場の江戸の情景がくっきり浮かんだ。迷いなく、今年のマイベスト十席候補とする。
 
古今亭志ん輔『柳田格之進』 (47分 *~16:01)
 マクラなしで本編へ。
 この人のこの噺では、2013年4月、横浜にぎわい座での「志ん輔三昧」での高座が印象深い。
2013年4月12日のブログ
 その年のマイベスト十席にも選んでいる。
 それだけに、私自身の聴き方も、つい厳しい尺度にならざるを得ないのだが、さて、今回はどうだったか。
 三年前の高座は、それまでの師匠の呪縛から解き離れつつある、ある意味歴史的な高座だったような気がするので、比べてはいけないのだろう。
 途中にやや長めの間があったのは、寝不足気味なのが影響していたか。
 地で格之進の人物像を語り、以前より早めに十五夜の場面となったように思う。
 中盤の見せ場は、格之進と娘おきぬの、あの場面。
 格之進が切腹を覚悟し、おきぬに叔母の家に手紙を届け、久し振りだから泊まってきなさい、と言った後、父の覚悟を察して、「父上、お腹を召されてはなりませぬ。その五十両、私が廓に身を売ってつくります。だから、父上は生きて嫌疑を晴らしてください。おきぬは・・・武士の娘です」と言う場面、私は好きだ。
 その後、万屋の暮れの煤掃きでの場面の“動”から、正月に湯島切通しで番頭徳兵衛と格之進が対面する場面の“靜”の場面までは、だれることなく聴かせる。
 しかし、三年前には、湯島に降る雪が見えたのだがなぁ。
 万屋での最後の幕、源兵衛と徳兵衛の命を惜しまぬ主従の真心に打たれた格之進が碁盤を真っ二つにし、「柳田の堪忍袋の一席」でサゲる部分、少し言いよどんだ。
 決して悪い高座ではない。三年前の高座が良すぎたということだろう。やはり、寝不足もあって、二席目の長講はきつかったのかもしれないなぁ。


 一階喫煙室で一服しながら携帯のスイッチを入れると、留守電とショートメールで、今朝の電話に返事ができなかった丁寧なお詫びが入っていた。
 また二階に戻り、志ん輔の奥さんに、無事お聴きすることができたことの伝言をお願いした。

 外に出るともう降りそうな空ではない。
 この二人会に来れたことを、朝の雨に感謝しながら地下鉄の駅へ。
 帰宅後は犬の散歩の後に晩酌。
 あてに、かくやのこうこはなかったが、つい飲み過ぎてブログを書き終えることはできなかったのであった。
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Commented by saheizi-inokori at 2017-07-31 22:39
志ん輔のブログで、はじめの頃は客が乗って来なかったようなことが書いてありますが、本人が寝ぼけていたのですね。
Commented by at 2017-08-01 06:49 x
小朝のいうように、立川流には御三家(志の輔、志らく、談春)のみならず、古いお弟子に上手い人がいます。
龍志もその一人で、いつぞや『天災』を聴いてその話芸にうなった次第です。
立川流や圓楽党にも寄席に出てほしいと思うのはこの人などがいるからです。
Commented by kogotokoubei at 2017-08-01 12:29
>佐平次さんへ

私もブログを見て少し驚いたのですが、客席の雰囲気は悪くなかったと思います。
やはり、三時間ほどの睡眠しかとっていなかったようですので、神経過敏な面もあったのでしょうね。
7/31付けブログでは「柳田格之進」に関して意味深なことが書かれていましたね。
誰かに何か、言われたのかな・・・・・・。
Commented by kogotokoubei at 2017-08-01 12:33
>福さんへ

小朝がそんなこと言ってましたか。
まぁ、よく考えれば当たり前のことではありますが。
龍志、ますます好きになりました。
古参の芸達者の中では、なんとか生の高座に出会えましたが、ぜん馬の体調が気がかりです。
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by kogotokoubei | 2017-07-31 12:22 | 落語会 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛