噺の話

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田所康雄が思い出す音のこと、などー高田文夫編『江戸前で笑いたい』より。

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 高田文夫の「誰も書けなかった『笑芸論』」を読んだ縁(?)で読み返している『江戸前で笑いたい』が、今さらながら、実に興味深い内容が詰まっていることを再確認している。
 単行本は1997年1月に筑摩書房で発行され、私が読んでいる中公文庫の発行は2001年9月。

 目次を、あらためてご紹介。
 ご覧のように、第一部と第二部が落語、第三部では他の“笑芸”をテーマにしている。
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第一部 やっぱし落語だ!
    口上・・・・・・高田文夫
  笑いと二人旅(前編)・・・・・・・・・・高田文夫
  現代ライバル論(1) 志ん朝と談志・・・・・・・・・・・・・・山藤章二
  現代ライバル論(2) 志ん生と文楽・・・・・・・・・・・・・・玉置 宏
  現代ライバル論(3) 高田文夫と藤志楼・・・・・・・・・・・・森田芳光
  小朝、志の輔とそれに続く若手たち・・・・・・・・・・・・・吉川 潮
  変貌する落語−今こそ、新作落語に注目!・・・・・・・・・・渡辺敏正
  談志論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・立川志らく
第二部 中入り
   中入り・・・・・・高田文夫
  志ん生と江戸の笑い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鴨下信一/高田文夫
  みんな落語が好き・・・・・・・・・・・・篠山紀信/春風亭昇太/高田文夫
  名人に二代なし?・・・東貴博/三波伸一/柳家花緑(司会・高田文夫)
  浅草芸人寿司屋ばなし・・・・・・・・・・・・・内田榮一(聞き手・高田文夫)

第三部 東京の喜劇人
    口上・・・・・・高田文夫
  東京喜劇人列伝1  三木のり平・・・・・・・・・・・・・・永 六輔
  東京喜劇人列伝2  三木のり平・・・・・・・・・・・・・・小野田勇
  東京喜劇人列伝3  由利 徹・・・・・・・・・・・・・・・高平哲郎
  東京喜劇人列伝4  渥美 清・・・・・・・・・・・・・・・長部日出雄
  東京喜劇人列伝5  渥美 清・・・・・・・・・・・・・・・高田文夫
  東京喜劇人列伝6  クレージーキャッツ・・・・・・・・・・岸野雄一
  東京喜劇人列伝7  萩本欽一・・・・・・・・・・・・・・・ラサール石井
  東京喜劇人列伝8  ビートたけし・・・・・・・・・・・・・井上まさよし
  東京喜劇人列伝9  イッセー尾形・・・・・・・・・・・・・中野 翠
  東京喜劇人列伝10 伊東四朗・・・・・・・・・・・・・・・西条 昇
  気分はいつもハードボイルド・・・・・・・・・・・・・・・・内藤 陳
  東京の若手お笑い人 自分好みの芸人になること・・・・・・・水道橋博士
  映画に見る東京ブラック喜劇(ユーモア)人事典・・・・・・・・・快楽亭ブラック
  江戸前的? コミック・ソング・・・・・・・・・・・・・・・大瀧詠一

  笑いと二人旅(後編)・・・・・・・・・・高田文夫
  東京芸人ギャグ・フレーズ年表・・・・・・・・・・・・・・・西条 昇

  編者あとがき
  文庫版のためのあとがき

  解説  笑芸人
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 第三部、長谷部日出雄さんが書いている東京喜劇人列伝の渥美清の章に、興味深い対談が紹介されている。なお、この文章は『東京人』の1995年7月号が初出。

 対談部分の紹介の少し前の部分を、まず引用。

『男はつらいよ』の第一作を撮る前年に、吉行淳之介さんが「週刊アサヒ芸能」でやっている対談に、ゲストで来られた渥美さんの話を、整理者として横で聞いたことがある。
 独特の話術から、この人の本質は、
 -語る詩人、話す短編小説家。
 なんじゃないかな・・・・・・と、そのときおもった。

 浅草時代、渥美さんは結核で数年の療養生活を余儀なくされた。入院した埼玉県の小さな病院について、こんな風に語る。
 -廃工場の跡だから殺風景でね、ことにこっちは病んでいるから、見るものにすぐ感じるでしょう。風船爆弾つくっていたところだから、天井が高い。そこから機械を回すベルトの切れたやつがぶら下がっていて、風が吹くとそいつがピターン、ピターンと鳴る。その下を患者がゲタはいて歩いているのが、もうなんとも空しくてねえ。いまでも、芝居が済んだあと、風の音を聞くと、すぐその光景につながるんです。・・・・・・
 文章には出ない声質と間合いの変化をふくめて、この話を聞いていおると、ピターン、ピターンという音が本当に耳に響き、そこに漂う虚無感が、肌に迫ってくる気がするのである。

 渥美清については、小林信彦の『おかしな男』について、過去に記事を書いている。
 2015年6月に「車寅次郎と渥美清と田所康雄」と題して三回に分かけ書いたものと、昨年、同書巻末にある小林と小沢昭一さんの対談についての記事もある。
2015年6月9日のブログ
2015年6月14日のブログ
2015年6月21日のブログ
2016年8月6日のブログ

 しかし、この“ピターン、ピターン”という音の思い出のことは、小林の本からは知ることができなかった。

 あの映画を撮る前、風の音を聞いた時の田所康雄の心象風景についての、貴重な記録だ。

 引用を続ける。

 病院ではたくさんの患者が死ぬ。霊柩車がないので、リヤカーに棺桶を載せて運ぶのだが・・・・・・。
渥美 前の道をずっと左へ行くと、煉瓦を積んだ焼き場がある。右へ行くと駅がある。だから新しい患者が入ってくると、看護婦が「あの人は右だよ」とか「左だよ」なんていっていた。
吉行 丁か半か、だね。
渥美 その左の道を、何度も送って行った。そのときは、ほんとうにあたりまえのことだけど、死んじゃあいけないなあとおもいましたね。・・・・・・
 この病院が、どんな最高学府でも教えてくれない人生の深淵を覗かせてくれた、渥美さんの大学だったのだろう。
 数年の療養生活で、渥美さんはこの世の涯まで行き、見るべきほどのことは見てしまった。
 そしていわば、祇園精舎の鐘の声・・・・・・の無常感を体に染み込ませて、娑婆へ還ってきたのに違いない。


 車寅次郎のこと、そして渥美清のことを思う時に、結核病棟の田所康雄の姿に思いが至る人は、ほとんどいないだろう。

 かつて“不治の病”と言われた結核病棟の外、右は駅、左は火葬場という状況で、「俺は、どっちに行くことになるのだろう・・・・・・」と言う思いに毎日さいなまされていた田所康雄の姿を想像すると、とても、その後の寅次郎をイメージすることはできない。

『驟雨』で芥川賞を受賞する前に、肺結核で肺を切除している対談相手の吉行淳之介には、他の人よりも渥美の体験を共感できる要素はあったのかもしれない。

 あるいは、吉行だから、渥美が明かしたのだろうか。

 昨年の命日近く8月3日に放送されたNHK BSプレミアムのアナザーストーリーズ「映画“男はつらいよ”~寅さん誕生 知られざるドラマ~」を観た。

 あの番組では、先にテレビ版を作った当時のフジテレビ制作スタッフの証言なども興味深くはあったが、何と言っても、渥美清こと田所康雄と結核療養所で同じ病室にいた梅村三郎さんのお話が貴重だった。

 記事でも紹介したが、あの時、片肺を切除し絶望と闘いながらも、もし生き残って病院から右の駅に向かって娑婆に戻れたとしても、もう体を張ったドタバタは無理と観念した田所康雄が、懸命に香具師の啖呵売の稽古をしている姿を、梅村さんは目撃している。
2016年8月5日のブログ

 少し、話が暗くなってきたの、この後に続く部分を引用する。
 この対談の翌年の夏に封切られた、記念すべき『男はつらいよ』第一作の批評を、ばくは「キネマ旬報」に、こんな風に書いた。
 この映画でいちばん笑ったのは、つぎのようなギャグだ。京都で、帝釈天の御前様(笠智衆)とお嬢さん(光本幸子)に会った寅次郎(渥美清)は、二人の写真を撮ろうとして、御前様に「笑ってください」と頼む。すると御前様はなぜか「バター」という。「チーズ」というところを、間違って覚えていたのだ。
 この場面は「考えオチ」だから、そんなにおかしくはない。爆笑させられるのは、これが伏線となって、あとにくるシーンー。
 妹さくら(倍賞千恵子)と博(前田吟)の結婚式で、記念写真を撮る段になったとき、こんどは紋服に威儀正した寅次郎が、大きく口を開けて「バター」という。
 山田監督は好んで単純な人物を主人公に取り上げる。単純な人間というのは、固定観念に取り憑かれている存在で、これまでの山田喜劇の主人公であったハナ肇の役とおなじように、渥美が演ずる寅次郎も、おもいこんだら命懸け、いったんこうと決めたら、二度とその考えを変えず、写真を撮られるときは「バター」というもの、と信じて疑わない人物だ。かれが「バター」という一瞬には、そうした寅次郎の全存在が凝縮されていた。・・・・・・
 笑いとよく知る名監督が、計算しぬいた二段構えのギャグで、絶妙のタイミングでそれを演じたのが、千分の一秒まで間合いを測れる天才的な喜劇役者なのだから、堪ったもんじゃない。物の見事に意表を突かれ、同時にハタと腑に落ちて、引っ繰り返って爆笑せずにはいられなかた。
 いまでは伝説となった、この歴史的なギャグの大成功が、『男はつらいよ』をギネス物の長寿シリーズにするのに、決定的な役割を果たしたのに違いないとおもう。

 さくらの結婚式で寅が「バター」とやった時、御前様は不思議な顔をする。
 「元ネタはあんたでしょ」と突っ込みたくなるね^^

 私には、長谷部さんほど、「バター」のギャグへの深い洞察力はない。
 というか、正直なところ、あの「バター」というギャグに長寿シリーズとなる“決定的”な役割を見出すというのは、さて、どうなのか・・・・・・。
 
 とはいうものの、第一作の作品全体に、続編を作らせるに足るだけの要素が充満していたことは、間違いはない。

 そして、何と言っても、第一作のオープニングは、江戸川に桜が咲いている中、車寅次郎が二十年ぶりに帰って来る場面、まさに今これからの季節。

 桜を見て思うことは人それぞれ違うだろうが、概ね、入学や入社などの時機であり、冬から春本番という、気持ちが明るくなるような思い出が浮かぶ人が多いのではなかろうか。

 桜の花びらを風で飛ばすようになっても、それこそ風流とばかり花見をする人もいるだろう。
 しかし、紹介した対談は第一回を撮影する前年に行われた。

 桜に吹く風の音で、寅さんでも渥美清でもない田所康雄の耳には、あの「ピターン、ピターン」という音がこだましていたのかもしれない。

 田所康雄が渥美清としての地位を確固なものとし、車寅次郎になり切って、風が吹く日でも「ピターン、ピターン」という音が響かなくなったのは、シリーズのいつの頃なのだろうか。

 あるいは、全48作を通して、あの音は消え去ることがなかったのだろうか。

 没後二十年を超え、ますます、一人の人間における、車寅次郎、渥美清、そして田所康雄の所在位置のことに思いが至るのだった。

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Commented by ほめ・く at 2017-04-01 11:13 x
私が未だ20代の一時期に会社の上司だった人が、ほぼ渥美清と同世代でした。やはり若い頃に結核を患い3年間の療養生活を送っていたので、渥美と同様の体験をしたものと思います。
その上司は3年の間に英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、ラテン語の5か国語をマスターし、会社に入ってからは海外での仕事で活躍していました。
渥美の啖呵売といい、当時の人の精神力は凄いなと感心します。
Commented by kogotokoubei at 2017-04-01 14:23
>ほめ・くさんへ

私の母もそうですが、田所康雄と同じ昭和一桁世代は、心身ともに強いなぁ、と思います。

私の周囲では、中学時代の音楽の先生が療養生活を送られました。
私の実家は北海道でも南西にある温暖な場所で、噴火湾(内浦湾)に面しており、近くの町には海水浴場などもあって、その地域に療養所があるのです。
たぶん、一年ほどで復職されたと記憶しています。
田所康雄やほめ・くさんの上司の方の時代と違って、薬の開発などにより、かつての“死の病”ということではなくなっていました。

それにしても、病室で香具師の啖呵売を延々と稽古している姿を想像すると、なんとも凄いと思います。
Commented by at 2017-04-01 21:20 x
「男はつらいよ」第一作。密度が濃くてたしかに印象深い話でした。
シリーズも後になるにつれて寅さんの善人ぶりがメインになりますが、はじめの頃ははた迷惑な威張るオジサンという傾向が強いのです。
回が重なれば洗練化するのは必然といってしまえばそれまでですが、私は荒ぶる寅さんが大好きです。
町内の困りもん・・・そこにスポットを当てる山田監督が落語作家でもあるというのは自然なことでしょう。
Commented by kogotokoubei at 2017-04-02 00:57
>福さんへ

“荒ぶる寅”は、テレビ版で顕著でした。
言葉遣いも行動も、まさに“渡世人”なのです。
高田文夫は、俳優渥美清の集大成がテレビ版の寅であるということを言っています。
あくまで渥美が主体。
しかし、映画は田所康雄も渥美清も消え、寅次郎しかいなくなった。
もちろん、その寅に日本人が惹かれる愛すべき馬鹿な男の姿があったのですがね。
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by kogotokoubei | 2017-03-31 22:25 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛