噺の話

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柳家小満んの会 関内ホール(小ホール) 3月21日

 雨の中を関内へ。
 いつものように、ロビーでおにぎりを急いでかっこみながら、モニターの開口一番を眺める。
 知らない前座さん。
 途中から会場に入ったが、春風亭きいち、とメクリにあった。
 『二人旅』で、『居酒屋』で客が小僧をからかう、いろはに点を打つと音が変わるというクスグリを入れるのは初めて聴くように思う。リズム感のある若々しい高座は好感が持てる。
 後で調べたら、一朝ではなく、一之輔の弟子。そうか、もう弟子をとったか。それも本人の成長のためにも悪いことではないだろう。サゲの後、いつものように五割程度の入りで、空いた席に落ち着く。

 小満んの三席について、感想など。

柳家小満ん『和歌三神』 (16分 *18:53~)
 古今亭志ん生の音源では聴いているが、生では初めてのネタ。
 こういうネタを、実に味わい深く演じてくれるのが小満んの魅力の一つだ。
 まず前半は、俳句や川柳が好きで風流人を自認する主人と使用人の権助との会話が楽しい。主人がどれほど雪が積もったかと権助に聞くと「三寸ほど積もったが、幅は分からねぇ」なんて答えるあたりから、この権助が“ただ者”ではないことが分かる^^
 その権助に鍬で雪かきをするよう主人が言うのだが、権助は「紙屑屋が来て、何も下げるものがないので、シャレで鍬を下げて、(その代金で)一杯飲んだら、シャレで美味かった」という。主人が歌が好きだから、詫びに歌を詠んだと権助が披露するのが「俳諧の家にいりゃこそ鍬(句は)盗む」。権助、なかなかの通人でしょ。
 この部分の“シャレ”という言葉、実にお洒落で効果的だ。
 さてその後、主人と権助は向島へ雪見に出かける。
 道中の短めの言い立ても粋だった。麻生芳伸さんの『落語特選-上-』から引用。

 「主(しゅう)と家来の二人連れ、並ぶ夫婦の石原や、吾妻橋をば左に見、二つ並べし枕橋、連れひき合うも三囲(みめぐり)の、葛西の梅に白髪や、齢を延ぶる長命寺、うしろは堀切関谷の里、木隠れに誘う落合の、月の名所や綾瀬川、向島は名所の多いところでございます」

 この言い立て、うっとりしながら聴いていたなぁ。
 主と家来の二人連れが向島に着き、誰もいない掛け茶屋に腰をかけて、持参した瓢箪の酒を飲もうとしていたら、橋の下で酒盛りをしている三人のお菰(こも)さんを発見。
 主人が「風流じゃないか」と三人に交わり、持って来た酒を瓢箪から注いでそれぞれの名を尋ねると、名とその謂れを答えて作った歌を披露する、というのが後半。
 最初のお菰さんは、名は元は安(やす)と言っていたがここでは秀(ひで)と名乗っていて、綺麗好きなのでお茶屋さんや料理屋さんの前にある犬の糞を片付けてお金をもらっているので、「糞屋の安秀」。その糞屋の安秀が詠んだ歌は、”吹くからに 秋のくさ夜は長けれど 肘を枕に 我は安秀”。
 二人目は、日向で暖ったかな垣根の下で丸くなって寝ているばかりなので、「垣根の元の人丸」。人丸の歌は、”ほのぼのと 明かしかねたる 雪の夜も ちぢみちぢみて 人丸く寝る”。
 三人目は、小満んは、顔がひどいナリと言っていたが、本来は、らい病(ハンセン氏病)のことである“癩ん坊(なりんぼう)”の平吉で癩平(なりひら=業平)。そのお菰の業平さんの歌は、”千早ふる 神や仏に見離され かかる姿にわれは業平”。
 主人が感心して、「おまえさんがたは実に雲の上の和歌三神ですな」と言うのに三人が「いえいえ、菰の上のバカ三人でございます」でサゲ。
 もちろん、三人の名は有名な歌人の名のパロディ。
 一人目の本家は、文屋の康秀。歌は、“吹くからに 秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらむ”。
 二人目のモデル(?)柿本人麿呂の元歌は“ほのぼのと 明石の浦の朝霧に 島かくれ行く船をしぞおもふ”。
 業平の元歌は、説明する必要もないだろう。
 この三人目は、たしかに、元ネタの通りでは、当今ではやりにくいかもしれない。
 麻生芳伸さんの注釈には、「現在上演するならば、在平業平に拘らず、山部赤人、衣通姫(そとおりひめ)に変更した形での再演が望ましい」とある。
 たしかに、和歌三神がどの三人かは諸説あるようだし、山部赤人などはパロディにできそうだ。とはいえ、元ネタを大事にし、差別的な表現を際どく避けた小満んの演出も捨てがたい。
 私は子供の頃、家族で下の句だけの板カルタをよくやったので、まだ百人一首への馴染みがあるが、今では、こういった歌も、落語でしか出合わない人は多いかもしれない。
 ぜひ、業平役のお菰さんに関する工夫をした上で、他の噺家さんにも演じて欲しいネタだ。

柳家小満ん『鴬宿梅』 (22分)
 いったん下がって、すぐに登場。
 初めて聴く噺。
 村上天皇と紀内侍の鴬宿梅(おうしゅくばい)の逸話をマクラで仕込んで本編へ。
 こんな内容だった。
 (1)あるご隠居が、とある大店の若旦那の六さんに、先日道で血相を変えた
   姿ですれ違ったが、あれは何かあったのか、と問う。
 (2)この若旦那、小僧からの叩きあげで養子になった堅物。まったく
   遊びを知らなかったので、半玉を半熟を間違えるほど。
   先日、柳橋の茶屋に誘われ、さんざん食べた後の帰り際に女将から、
   すぐにまた来てくれなくては怨みますよ、と言われた。怨まれては
   かなわないと、一人で茶屋に裏を返しに行った。
   ご隠居とすれ違ったのは、その後のことだと言う。
 (3)いったい何があったとご隠居が聞くと、若旦那がその茶屋での出来事を
   振り返った。芸者が『春雨』という端唄を唄い踊ったのだが、唄の終わりの
   ほうで「身まま気ままになられない、養子くさいじゃないかいな」と、
   養子の私を馬鹿にしたので怒って帰った、とのこと。
 (4)それを聞いたご隠居は、それは聞き違いで、“身まま気ままになるならば、
   さぁ鶯宿梅じゃないかいな”っていうのが唄の文句だ、と種明かしをする。
 (5)若旦那が「鶯宿梅ってのは何ですか?」と訊ねる。
   ご隠居、その昔、村上天皇が清涼殿に梅を植えたいので良い梅を探させた。
   紀貫之の娘、紀内侍の家の梅がたいそう綺麗なので、植え替えさせた。
   その梅に、「勅なれば いともかしこし鶯の 宿はと問はばいかがこたえむ」
   という内侍の歌が添えてあった。村上天皇は、大いに反省して、その梅を
   紀内侍に返したが、その逸話から鴬宿梅と名がついた、と故事を説明。
 (6)自分の聞き違いを恥じる若旦那が、詫びを入れにその茶屋へ行った。
   鶯宿梅の故事を話そうとするが、うろ覚えで、頓珍漢な話になる。
   芸者が、「あーら、若旦那、何のことやらちっともわかりませんわ」
  「なに、わからない?私としたことが、これは大しくじりではないかいな」
   でサゲ。

 端唄『春雨』の歌詞を調べたら、ブログ「懸想文」さんで紹介されていた。
 こういう歌だった。
ブログ「懸想文」さんの該当ページ

  060.gif春雨に しっぽり濡るる鶯の
   羽風に匂う 梅が香や
   花に戯れ しおらしや
   小鳥でさえも 一と筋に
   寝ぐら定めぬ 気は一つ
   わたしゃ鶯 主は梅
   やがて身まま気ままになるならば
   サァ 鶯宿梅じゃないかいな
   サァーサ なんでもよいわいな

 サゲは地口でそれほど秀逸とは言えないかもしれないが、鴬宿梅の故事、端唄『春雨』を踏まえた、粋な噺で、小満んならでは、という噺だと思う。ここで、仲入り。

柳家小満ん『味噌蔵』 (33分 *~20:23)
 三席目は、楽しみにしていたこの噺。
 「吝嗇(しわい)家は、七十五日 早く死に」という川柳は、吝嗇家は高い金を出して初物を食べるようなことはしないから、とマクラでふった。
 ケチにまつわる小咄を三つ(扇子を長持ちさせる方法、火事の熾火をもらいにいかすケチ、薬代で目を廻すケチな旦那)並べてから本編へ。
 名を吝嗇屋けち兵衛と言う、味噌屋の主人、名の通りのケチで、それも何事にも徹底している。女房をもらうと金がかかるといって独身。しかし、親戚もうるさく言うので、ようやく結婚するが、床を一緒にすると間違って子供が出来て金がかかるからと、女房は二階、自分は階下で別々に寝る。
 しかし、冬の寒い夜、せんべい布団ではあまりに切なくなる。
 なぜ大店の主人がせんべい布団かと言うと、いいふとんをこしらえても、いやな夢をみて手足をつっぱったとたんに、ふとんに爪でもひっかけて破かないとも限らない、と言うのだから、ケチ兵衛さんのケチぶりには、ある種の感動(?)さえ覚える。
 その薄い布団にくるまって小僧時代を思い出し、寒い夜は先輩の布団に入って暖めてもらったが、今になってまさか小僧の布団に入ることもできない、と言うあたりに、このケチ兵衛さん、不人情なだけの男ではないなぁ、と思わせてくれる。
 あまりの寒さに、つい、ふかふかの絹布の布団で寝ている二階の女房の床へあったまりに行った。そんな夜が続くうちに、「あったまりのカタマリ」の子どもが出来た。
 困った困った金がかかる、と番頭に相談すると、里で子どもを産ませて「身二つ」になってから戻せば、出産の費用もかからない、と知恵を授かり、女房を里に帰した。
 「身二つ」なんてぇ言葉も、いいねぇ。
 そして、日が満ちて無事奥さんは実家で出産。先方からお祝いをすると誘われ、定吉を連れて家を出るのだが、定吉には空の重箱を持たせる。お祝いの膳、定吉には汁とお新香は食べていいが後は、重箱に詰め、皆さんが酔っぱらったら、その膳の残りも詰めて来い、という命令なのであった。番頭には、味噌蔵には商売ものの味噌で目塗りをしておけ、と言う。「旦那様にしては、もったいないことで」と番頭が返すと、「そんなことはない、焼けた味噌は香ばしくて美味いから、お前達のおかずになる」に「無駄のないことで」と番頭も感心(?)しきり。
 使用人たちが、重箱を背負い、かかとのない下駄をはいた定吉の後ろ姿を見送る場面、なんとも、せつなく、そして笑えてしまうのだ。
 さあ、鬼の居ぬ間のなんとやら。ここから、番頭以下のどんちゃん騒ぎになる。
 普段、味噌汁は薄くて実も入っていない。久しぶりにタニシが入っていると喜んだが、それは、薄い汁に映った自分の目だった、というあまりにも切ない食生活をしている使用人たち。ケチ兵衛に実なしは縁起が悪いと言っても、三年前から使っているスリコギが減っているから、実が入っていると言う始末。凄いねぇ、ケチ兵衛。
 今夜はケチ兵衛も泊りで帰らないだろうからと、悪い相談はすぐまとまる。番頭が筆先で帳面をドガチャカドガチャカして、美味い物を頼んで宴会をしよう、と相成った。
 刺身、寿司、鯛の塩焼き、牛鍋など、そして、横丁の豆腐屋で売り始めたばかりの木の芽田楽も頼み、店の酒を飲みまくるぞ、と普段の粗食の怨み晴らさでかという勢いのご一同。
 酔った勢いで甚助が『磯節』を歌い出す。
 060.gifちゃちゃらちゃん 磯で名所は大洗さまよー 松が見えますほのぼのと~
 絶好調のご一同だったが、なんと泊ってくるはずのケチ兵衛が帰ってくるのだった。
 帰り道でも定吉の悲哀は続く。
 せっかくご馳走を詰めた重箱を忘れた、提灯の蝋燭にと先方が五本くれようとしたのを二本でいいと断った、新しい下駄を履いたと言うが片ちんばじゃないか、などと叱られている。
 家に近づくと、どこかの家で宴会の騒ぎが聞こえてくる。あんな奉公人がいるのは旦那の心がけが悪いからだ、と定吉に言ってみたものの、なんと自分の店から聞こえるではないか。
 定吉に節穴があると教わり、中を覗くケチ兵衛さん。
 旦那が帰ってきたらどうすると言われた甚助が、なに、この鯛の塩焼きを目の前に突き出してやれば、鰯しか見たことがないから、驚いて目を回してぶったおれるさ、と言うのを聞きつけ、ついに戸を叩いた。
 慌てたご一同、食べ物や器を袂などに隠すものの、床に刺身などが散乱した状態でケチ兵衛さんが入ってきて、一同は固まったまま迎える羽目に。
 「なんです、みんなしてペリカンみたいな格好して」というケチ兵衛さんの科白に大爆笑。
 番頭以下を叱りつけていると、表の戸を叩く音。
 ここからは豆腐屋とケチ兵衛とのサゲにかかる会話。興津要さんの『古典落語-続々-』を参考に再現。
 
  豆腐屋  え、こんばんは、え、こんばんは
  ケチ兵衛 どなたでございますか?お買いものなら明朝に願います
  豆腐屋  ええ、焼けてまいりました。焼けてまいりました
  ケチ兵衛 え、焼けてきた?だから言わないこっちゃない。
       わるい時に焼けてきたもんだ・・・・・・
       どこが焼けておりますか?
  豆腐屋  横丁の豆腐屋から焼けてまいりました
  ケチ兵衛 なんだって、横丁の豆腐屋から、どれ位焼けてきましたか?
  豆腐屋  二三丁焼けてきました
  ケチ兵衛 二、三丁、こりゃあ火足が早いや
      ただいま開けます
 と戸を開けたとたんに田楽の匂いが鼻へプーンとはいったから、
  ケチ兵衛 いけない、味噌蔵に火がはいった

 サゲでは、田楽の味噌の香りが漂った。
  
 なんとも素晴らしい高座に、終始笑い、また感心していた。 
 この噺では鯉昇の高座も得難いものだが、それは、たぶんに食べる場面が秀逸で、ドンチャン騒ぎが際立っているからかと思う。
 どちらが良い悪いではなく、好対照なのが小満んの高座。
 無理にウケようなどと露とも思わないだろうが、噺のツボを外さずに笑いを誘い、それぞれの情景が目に浮かぶ高座も、実に結構。
 この高座を今年のマイベスト十席候補にしないわけにはいかない。
 
 
 さて、小満の高座に酔った後は、佐平次さんとI女史、そしてF女史とのよったりで、関内で開業四十余年といういつものお店での居残り会で酔うのだった。
 生ビールと熱燗で乾杯の後、なんとも珍しいホッケの刺身、北海道出身の私も生涯二度目だ。他にも、宮崎でとれた初カツオ、タラの芽と稚鮎の天ぷら、定番の八丈島のクサヤ、そして牡蠣がふんだんに入ったオムレツなどの絶品の肴で、小満んの高座を振り返っての話に弾みがつく。男山の徳利を次々に空にしながら、実に幸せなひと時が続き、ついお店の看板まで居座ってしまった。それでも、話し足りないよったりは、お隣のバーにはしご!
 少し興奮をクールダウンさせるナイトキャップで締めて、ようやくお開き。
 日付変更線は、帰りの電車の中で超えていたのであった。

 実は、居残り会で盛り上がったネタがある。
「ペリカン」の科白に関する、ちょっとした笑い話。
 居残り会で私は何ら疑問なく「ペンギンには笑いましたね!」と言って、女性陣に「ペリカンでしょ」と修正されてしまった。慌ててメモを見たら、ほんとに、ペリカンだった。
 なぜか、宅配便のはずが、歯磨きに替わっていた次第。(古いか^^)
 ペリカンで多いに笑っていたのに、どうもペンギンに頭の中で化けていたようだ。
 この勘違い、実は佐平次さんも同様に「ペリカン」とメモしていて「ペンギン」と私が言うのに疑問を抱かれなかったようで、それが妙に嬉しかった^^
 

 いつもある程度の言いよどみがあるのは承知しているのだが、この日の小満んはほとんどそういうこともなく、絶好調、という印象。
 前日まで、末広亭で主任小里んの席で仲入りを務めていたことも、好影響を与えたのかもしれない。
 小里んの高座には“品”を感じ、小満んの高座からは“粋”が滲み出てくる、そんな印象。
 どちらも、結構。

 それにしても、今回の三席すべての高座と居残り会は、まさに至福の時間と空間だったなぁ。

 次回は5月23日(火)、ネタは『しびん』『三方一両損』『御神酒徳利』と案内されている。
 さて、『御神酒徳利』は、以前落語研究会で聴いた犯人(?)が番頭の長講か、それとも柳家の「占い八百屋」か。二ヵ月後も、今から楽しみだ。

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Commented by saheizi-inokori at 2017-03-22 21:38
まことに誠に結構な一夜でした。
やっぱり小満んが一番かな。
Commented by kogotokoubei at 2017-03-23 08:59
>佐平次さんへ

いろんな噺家さんがいますが、小満んの粋は、抜きんでていますね。
「ペリカン」のことも、実に良い思い出となるでしょう。
また、あのような一期一会に出会いたいですね。
Commented by 彗風月 at 2017-03-23 09:37 x
結構な高座だったようで、行間から粋が滲むようであります。久しぶりに皆さんともご一緒したいな。和歌三神は随分以前ですが、雪の日の池袋で当代の馬生師が掛けたのを聴きました。雪の日の平日昼席。客席も疎らな中「こんな日によくお越しくださいました」といって始まった噺は、当日の景色とも相まって、これまた大いに結構な出来でした。雪の日は名演が多い、なんて言いますがホントかもしれませんね。
Commented by kogotokoubei at 2017-03-23 12:56
>彗風月さんへ

お久しぶりです。
良かったですよ、粋な高座!
当代の馬生も、なかなか粋ですね。
「和歌三神」は、志ん生とは、また違った味でした。
 志ん朝も東京落語会で一度だけ演っているんですよね。
 聴いていませんけど。
ご都合が良ければ、ぜひ5月の会でお会いしましょう。
居残りもね。
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by kogotokoubei | 2017-03-22 21:18 | 落語会 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛