噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

笑福亭三喬の『崇徳院』ー「茶屋町MBS劇場」より。

 最近は、録音したラジオ番組を、通勤途上に携帯音楽プレーヤーで聴いている。
 とはいえ、ある落語愛好家のお仲間のご支援があってのことなのだが。

 日曜喫茶室が今月で最終回なのは、しょうがないとは言え、残念。

 上方落語も好きなので、毎週楽しみなのが、毎日放送「茶屋町MBS劇場」だ。

 先週4日の土曜日放送回は、笑福亭三喬の『崇徳院』と米朝の『土橋万歳』だった。
茶屋町MBS劇場のサイト

 私は、2012年のJAL名人会で、六代目松喬の生の高座に、ぎりぎり間に合った。
2012年8月29日のブログ

 その時のネタが、『崇徳院』。

 闘病中と聞いていた松喬の姿は明らかに痩せており、内心「大丈夫か?」と思っていたが、口跡もしっかりしていて、「緋塩瀬(ひしおぜ)の茶帛紗(ちゃぶくさ)」なども言いよどむこともなく、実に素晴らしい高座だった。
 「まだ大丈夫、松喬は復活する!」と期待を込めてブログの記事を書いたものだ。

 しかし、翌2013年7月30日、松喬は帰らぬ人となった。
 まさにその日に開催された「JAL名人会」で、私は三喬を聴いている。
2013年7月30日のブログ
 師匠逝去は、午後四時半とニュースに記されていたので、三喬はこの会開演直前に訃報を伝えられたか、あるいは気を遣って周囲が終演まで連絡しなかったのか・・・・・・。
 いずれにしても、最後を看取ることはできなかっただろう。

 今秋、三喬は七代目松喬を襲名する。

 そんなこともあって、私にとって松喬の思い出のネタ『崇徳院』を、ぜひ三喬で聴きたいものだと思っていた。

 それだけに、この放送は嬉しかった。
 加えて、放送されたのは、松喬が亡くなった2013年の10月20日に阿倍野区民センターで開催された「松喬十六夜 追福興行」の高座。
 同区民センターのサイトに、ポスターがまだ掲載されていた。
阿倍野区民センターサイトの該当ページ
 元気な頃の松喬の写真があるのは、三喬の高座の後、松喬による『網舟』のビデオが上映されたらしい。

 この会、師匠が自分のライフワークとも言える「松喬十六夜」の直前に旅立って、まだ三ヵ月後だ。

 どんな高座なのか興味深々で聴いていた。

 マクラなしで、すぐに本編に入る。
 
 前半、若旦那の衰えぶりと明るい熊さんとの対照の妙。
 若旦那の回想には、高津さんで出会った“水のたれる”お嬢さんの「緋塩瀬(ひしおぜ)の茶帛紗(ちゃぶくさ)」も登場する。
 熊さんと親旦はんとの会話のナンセンスなすれ違いも、可笑しい。
 漁師(料紙)の言葉を引き出すために狩人と言うあたりでも、会場も沸く。
 松喬一門が好きな、い~いお客さんで会場が一杯なのが察せられる。
 熊さんと気丈な女房との会話のリズムの良さ。
 噺の流れに無理がない斬新なクスグリ。
 お嬢さん探しに奔走し、床屋とお湯屋を三十軒以上回って疲労困憊した熊さんが遭遇した僥倖・・・・・・。

 師匠松喬の型を真似るのではなく、あくまでその精神を継承しながら、自分なりの高座に仕立てていた、という印象だ。

 すでに、三喬はこの時点で師匠の名を継ぐに値する噺家になっていた、ということだろう。

 泥棒ネタばかりではない三喬の見事な高座は、亡き師匠も「よし、松喬の名はお前に譲った!」と天国で安心するであろうものだった。

 今朝の通勤電車で聴きながら、少し目が潤んできた。

 三喬の七代目松喬襲名、大いに結構。

 そして、東京地区での披露目には何とか縁があることを期待しよう。

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Commented by 山茶花 at 2017-03-10 23:32 x
松喬さんの闘病の様子、NHKのドキュメンタリーで取り上げていて見たのがついこの間の様です。

落語会を全国で行っていて、その時奥様とお弟子さんとで北海道での公演に行かれている様子でした。病院で投薬治療を受けて居て、薬を飲みながら「味も何もせえへん」と言われていたのを思い出します。

生で何度か拝見したのですが、その時のでっぷりした面影は全くなく、闘病の為やせ細って見ているのが辛くなる程でした。種類は違いますが、私もその頃放射線治療後でしたので「何とか助かって欲しい」と願っていたのですが……。NHKのドキュメンタリーでは「手術が出来ない」との事で、抗ガン剤と投薬治療の様子が流れていました。

筆頭弟子の三喬さんが松喬の名を継がれるという事で、きっと師匠も喜んでおられるでしょう。「泥棒噺」がお得意ですが、「崇徳院」の様な長屋の人たちが出てくる噺も得意にされています。50代半ば、これから脂がのりきって噺家として大きな花を咲かせてくれる事でしょう。
Commented by kogotokoubei at 2017-03-11 09:01
>山茶花さんへ

そのドキュメンタリーは見逃したなぁ。大阪ローカルでしょうか。
闘病中は、FACEBOOKでも経過が報告されていましたね。

そうか、山茶花さんも当時は大変な時期だったんですね。

このラジオの高座、とても師匠没後三か月とは思えないのは、一門の方々の心の準備は、相当前から出来ていた、ということなのでしょう。

七代目松喬は、上方落語界を今後背負って立つ存在になるでしょう。
なんとか披露目に縁がることを願っています。

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by kogotokoubei | 2017-03-07 12:23 | ラジオの落語 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛