噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

三遊亭小円歌が、二代目立花家橘之助を襲名

 小円歌が、なんとあの立花家橘之助の二代目を襲名するとのこと。
 
 落語協会のホームページに、次のような告知が載っていた。
落語協会ホームページの該当ページ

2016年11月22日
平成29年 11月 襲名披露興行決定

平成29年 11月上席より三遊亭小円歌が二代目立花家橘之助を襲名いたします。

 たった、これだけ。相変らずの素っ気のなさ。
 初代の橘之助がどんな人だったのか、とか、まったく関連情報がない・・・・・・。

 サンケイスポーツに、次の記事が載っていた。
サンケイスポーツの該当記事

2016.11.24 00:36
女性三味線漫談の三遊亭小円歌が二代目立花家橘之助を襲名

 落語協会は23日までに、女性三味線漫談の三遊亭小円歌(56)が来年11月、二代目立花家橘之助を襲名すると発表した。

 初代橘之助は明治から昭和初期にかけて活躍した女性音曲師。三味線の名手としても知られ、山田五十鈴さんが主演した舞台「たぬき」のモデルになった。

 「落語協会は23日までに~発表」という表現が、不思議だ。
 明確に「○○日に発表」ではないのは、メディアへの案内が日をまたいで五月雨式に発信されたことがうかがえる。
 要するに、媒体対策が稚拙なのだろう。
 
 もしこういう案内をプレスリリースするなら、次のようなことが本来は原則。
(1)ホームページに、当人小円歌と初代橘之助のプロフィールを掲載。
(2)ホームページ掲載と同期して各媒体に一斉にニュースを配信。
(3)補足する資料を添付し媒体やサイト訪問者の理解度を高める。

 まったく、そういった広報の“いろは”が出来ていないと判断できる。

 税金を使っている法人としては、実にだらしのない組織と言わざるを得ない。

 話題性のある襲名なのに、残念だ。


 この名を継ぐのなら、記者会見をして欲しいくらいだ。

 落語協会に代わって、とは言わないが、ご興味のある方のために、拙ブログの過去の記事から橘之助という凄い芸人について、少し紹介したい。

 2010年の11月3日、三代目三遊亭円馬と八代目桂文楽という師弟の誕生日に、円馬のことを説明する中で橘之助のことにふれた。
2010年11月3日のブログ

 重複するが、今村信雄著『落語の世界』からの引用を含めてご紹介。

 円馬は明治15(1882)年の11月3日に大阪で生まれた。七歳で月亭小勇の名で京都新京極の笑福亭の高座に上がったという。明治41(1908)年に上京し、浮世節の立花家橘之助の弟子になった。橘之助という女性は清元であれ長唄であれ、常磐津だろうが何でも自由に弾きまくる三味線の名手。浮気性で“橘之助の百人斬り”と言われるほど、著名人との浮名を流した人だったらしい。橘之助の元で立花家左近を名乗っていた当時の円馬は、落語のほうは円朝門下の三遊亭円左に師事。この左近時代に、八代目文楽と出会うことになる。その後七代目の朝寝坊むらくを継いで四代目の橘家円蔵に可愛がられるのだが、円蔵と喧嘩して殴ってしまう事件を起こし、大正5(1916)年に大阪に戻ることになる。東京時代は第一次落語研究会の準幹部として活躍していただけに、円蔵をしくじったことを悔やんだに違いない。

 しかし、なぜそんな事件を・・・・・・。
 今村信雄の『落語の世界』ではこのように書かれている。
*ここで「彼女」とあるのは橘之助のことである。
今村信雄 『落語の世界』
 
 しかし彼女はあだ名を女大名といわれたくらい我儘一ぱいだったから、金のある有名な男よりも若い前座などを多く愛した。翌朝彼女は男に向かって「お前気を残すんじゃないよ、これでお湯にでも行ってお出で」と、なにがしかの小遣いを与えたという話だ。
 弟子のむらくとの仲も、同業者の間で相当やかましくいわれていた。むらくと円蔵との喧嘩も鞘当の結果だそうだ。

 当時の記事では、文楽の『芸談 あばらかべっそん』の引用もしているので、ご興味のある方は、ご覧のほどを。

 また、山田五十鈴が亡くなった後で書いた記事では、あの舞台『たぬき』について書く中で、橘之助のことを紹介した。
2012年7月11日のブログ

 同記事では、橘之助という芸人の凄さを物語る逸話も紹介した。

 たとえば、三味線の演奏中三絃のうち二絃が切れても、残りの一絃だけで、三絃ある時と変わらない演奏をして見せたと言われる。この橘之助の役は、山田五十鈴でなければ到底できなかっただろう。そして、今後、誰にも真似ができそうにないように思う。単に三味線が上手いだけでは舞台はつとまらない。

 橘之助は、初代橘ノ円と夫婦となった後に引退し、余生を京都で過ごそうと昭和10(1935)年6月に引っ越しした矢先、北野天満宮そばの紙屋川が氾濫して自宅が流され、夫と共に水死した。慶応2(1866)年生まれ、68歳だった。


 レコードの音源は数多く残している。
 株式会社エーピーピーカンパニー(APP)のサイトには、その演目の解説とともに橘之助のプロフィールも掲載されているのだが、なんと五歳で初高座。
APPサイトの該当ページ

 小円歌が継ぐ橘之助という名は、実に大きい。

 私は、小円歌の、定番の三味線漫談は嫌いではない。
 三味線と歌も結構だし、楽屋のお爺ちゃんたちのネタは何度聴いても笑える。
 しかし、“偉大なるマンネリ”に達する芸とは言えないように思う。

 安心して聴いて見ることのできる、“寄席の色どり”なのだが、漫談ではなくていいではないか、と思っていた。

 三味線も唄も踊りも達者で、美人の範疇に入る(?)と思うので、もっと芸で勝負して欲しい、と思わないでもなかった。

 だから、この襲名には期待する。

 二代目橘之助の浮世節を聴けるのが、今から楽しみだ。


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Commented at 2016-11-24 21:40 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 彗風月 at 2016-11-25 01:11 x
ひょんなことから知ったご本人のFBで自ら発表があったのが、一昨日の2300過ぎ。なんともフワッとした情報解禁でしたねw。にしても、この襲名は驚きと共に賛辞を送ります。大きな名前、かつ特殊な名前故、継ぎ手が出にくかったのかもしれませんが、これで音曲がもう一息吹き返すような気がします。(実は小円歌という名前、馴染めなかったんですよねー。なんでだろう。ガラが大きすぎるからかなww)。仰る通り、一皮むけることを大いに期待したいし、それこそトリを取る芸になってもらいたいものだと思います。
Commented by kogotokoubei at 2016-11-25 08:53
>鍵コメさんへ

貴重な情報ありがとうございます。
頑張ってください!
Commented by kogotokoubei at 2016-11-25 08:57
>彗風月さんへ

そうでしたか。
ツイッターもフェイスブックもやらない私は、協会のサイトなどからしか情報が得られないので、それだけ小言も増えます^^

文蔵に続いて落語協会としては、良い襲名が続きますね。
私も、ぜひ「主任 二代目橘家橘之助」の寄席に行きたいなぁ。
初代が大看板の噺家に伍してトリを取った人ですからね。
励んでいただきましょう。
Commented by ほめ・く at 2016-11-25 10:05 x
小圓歌ですが、色物の香盤では遥か下の柳家小菊に、芸では大きく水をあけられています。
私が初めて寄席で見た頃から進歩が全く感じられません。高座で披露する曲はいつも同じ。
襲名を契機に大化け出来るのか、期待したいですが。

達者な女流音曲師
Commented by 櫻川梅一郎 at 2016-11-25 12:13 x
ご無沙汰してます。

 橘之助襲名、驚きました。初代橘ノ圓の関係から、圓馬一門に伝わる名跡と思ってました。芸術協会の音曲師は柳派の流れの方が多いので、いかにも三遊派のこの名は空いたままと信じてました。
 正楽、猫八に次ぐ定席での襲名披露、楽しみです。
Commented by kogotokoubei at 2016-11-25 12:15
>ほめ・くさんへ

私は、小円歌も小菊も、芸風の違いがあり、どちらも好きです。

また、東西を合わせると、内海英華さんもいいですよね。

思い出すと、橘之助に似た印象を持っていたのは、玉川スミ師匠ですね。
恋する女、という面においても、ですが。

ぜひ、この襲名で、ほめ・くさんも驚くような二代目橘之助になって欲しいと思います。



Commented by kogotokoubei at 2016-11-25 12:25
>櫻川梅一郎さんへ

お久しぶりです。

円橘門下の時に橘之助と名乗りましたから、まさに円朝の系統に位置する三遊派の名ですね。
大師匠の円朝もその芸を高く評価していたようです。

橘ノ円とは伴侶として最後を共にした、ということで、師弟関係ではないですし、円馬(三代目)は弟子。

さて、三遊派の直系は果たして誰か、ということになると、数年前の七代目円生襲名騒動のように、両協会、そして円楽党の分かれてしまっているので、実にグレー。

今回の橘之助襲名には、他の会派から横やりはないでしょう。

二代目には、「浮世節」の芸と了見を継いで、大きく化けて欲しいものです。
Commented at 2016-11-25 14:05 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kogotokoubei at 2016-11-25 14:09
>鍵コメさんへ

貴重な情報ありがとうございます。
Commented by at 2016-11-26 07:12 x
「これだけの芸者呼んだら高いわよ」
そう客席に話しかける小円歌に関する印象は、ブランド物のスーツが似合う現代的な雰囲気を持ったヒトといったところです。
長身と顔立ちからそう感じられます。
師匠圓歌との馴れ初め、有名噺家の出囃子の披露。
そんな中身の高座が多かったと思います。
今回の襲名で芸に磨きがかかるといいですね。

Commented by kogotokoubei at 2016-11-26 10:54
>福さんへ

私の知る限りの小円歌姐さんと初代橘之助には、人物としての共通点は少ないと思います。

しかし、多くの襲名においても同様であって、問題ではないでしょう。
大事なのは、三味線と唄による芸であって、橘之助という大名跡が今の世に復活することが、うれしいです。

よく考えると、小円歌さんの漫談の話術も捨てがたい。

二代目橘之助の芸、そして話術で楽しませてもらいたいものです。
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by kogotokoubei | 2016-11-24 12:36 | 襲名 | Comments(12)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛