噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

平尾誠二の死を悼む。

 平尾誠二の訃報には、心底、驚いた。

 まだ、53歳・・・・・・。

 私は、あの昭和60年1月15日に、国立競技場にいた62000人の一人だ。
 その頃住んでいた越後の町から、歴史的な一戦を生で観るため、そして同志社を応援するために駆けつけたのだった。
 
 大学選手権三連覇の同志社と、日本選手権七連覇を目指す新日鉄釜石の試合は、それだけの魅力があった。
 また、まだ独身で、そういう行動が可能な時期でもあった。

 松尾雄治の引退試合ともなる決戦は、前半を13対12で同志社がリード。
 日本ラグビーのリーダーが、松尾から平尾に引き継がれる試合、という思いに胸が躍った。
 しかし、後半には新日鉄釜石の“鉄の男たち”に逆転され31対17でノーサイド。

 それでも、両チームの持ち味を十分に発揮した素晴らしい試合だった。
 今のように肩パッドをしていない時代の、体と頭を極限まで使っての死闘だったと思う。

 説明するまでもなく、平尾はその後、神戸製鋼の七連覇に貢献し、日本代表の監督も務め、協会の幹部としての役割も担った。
 2019年に迫ったワールドカップ日本大会において、彼の活躍が大いに期待されていた。

 しかし・・・・・・。

 私は知らなかったが、昨秋から急に痩せたことが話題になっていたようだ。

 つい、思い出すのは、他の一時代を築いたラガーマンのこと。
 上田昭夫が昨年、満62歳で旅立った。
 十年前には、宿沢広朗が、55歳で逝去。
 
 短絡的にラガーマンが早死にする、などと言うわけでは、毛頭ない。それぞれに、惜しんで余りある早世だ。
 
 日本ラグビー代表の昨年のワールドカップでの活躍は、平尾誠二や上田昭夫、宿沢広朗といった人々が積み重ねてきた歴史の上に為し得たことだと思う。

 そして、まだまだ挑戦すべき課題があることも事実。そのために、平尾誠二の存在は大きかったはずだ。

 まだ、空虚感から脱することができない。

 2012年の1月にNHK BSで、あの1985年1月15日の死闘を、松尾と平尾が振り返るという実に興味深い番組があったことを思い出す。

 松尾雄治のコメントは、まだ目にしないが、落胆は小さくないだろう。

 平尾誠二という素晴らしいラガーマンの冥福を心より祈りたい。


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Commented by ぱたぱた at 2016-10-21 08:04 x
昨夜の平尾誠二氏の訃報は、私も本当に驚きました。ブログに書かれていました上田昭夫氏や宿沢氏だけではなく、他にも87年シーズンに(当時)東芝府中を破って日本一になったときの早大監督の木本建治氏など、ラグビー関係者で早世される方が多いです。ニュースで取り上げられるからだと思いますが、相撲かラグビーかっていうくらい、若くして亡くなる方が多いと思います。
それにしても、ラグビー日本選手権は昔は成人の
日の風物詩だったのが遠い昔のようです。
Commented by kogotokoubei at 2016-10-21 12:53
>ぱたぱたさんへ

そうか、木本さんも五十代半ばでしたね。

おっしゃる通りで、ラグビー日本選手権が成人式の風物詩だった頃が、ずいぶん懐かしいですね。
たまたま今年は10月10日が体育の日でしたが、ハッピーマンデーなどという、まったくハッピーじゃない休日まで出来て、私などにとっては迷惑なだけです。

昨夜、この記事を掲載した後に、松尾雄治がテレビ朝日のニュースに登場しているのを見ました。
あのウェールズ戦の有志たちが集まった日に訃報とは・・・平尾誠二からの「さよなら」のメッセージなのでしょうか。
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by kogotokoubei | 2016-10-20 21:18 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)

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