噺の話

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『天災』の演出の違い、などについてー榎本滋民著『落語小劇場』より。


 小満んの『天災』を聴いて、その演出が時間を意識した短縮版なのか、それとも本来の型なのどうか気になったので調べてみた。


 八五郎がご隠居に離縁状を書いてくれと頼みに来る、その女房との喧嘩の原因を語るかどうか、噺家さんによって人それぞれ。
 小満は、魚と猫を巡る逸話がなかったのだが、私は、残り時間を意識した短縮版なのかと思った。

 しかし、もしかすると、あれがいつもの型なのかもしれない。

 この謎(?)が気になっていた。


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 なんとか、この謎を解く答えを、榎本滋民さんの『落語小劇場』の下巻で発見した。
 
 演出の違いについて、このように書かれていた。

 三代目柳家小さん(昭和五年没)の速記では省略されているが、二代目古今亭今輔(明治三十一年没)によるとこんな事件があったそうだ。
 魚屋が生きのいい鯵をもってきたんで、湯上りの一杯をたのしみにひとっ風呂浴びてくると、裏のうちの猫にとられたから、女房をいきなり張り倒したところ、お袋が止めに入ったという。
 六代目春風亭柳橋の演出はもっとこうふくらましてあった。
 向こうの屋根で泥棒猫が、あぐらをかいてうまそうに食ってる腹立たしさ、出刃包丁を結びつけた竹竿で突いたが、裏のうちへ逃げこまれたから、
 「手前んとこァ貧乏で飯の菜を買うことができねえもんだから、猫を使って
 方々のおかずを盗ませてやがるんだろ。そんな猫にいられちゃァ長屋じゅう
 枕を高くして飯を食うことができねえ。さ、こうなりゃァ飼い主が相手だ!
 出てきやがれ!」
 どなったが、考えてみたら留守だった-。
 それをたしなめた女房をなぐると、母親が止めることになる。とにかく、
 「嫁をぶつならあたしをぶて?ほほう!世の中に嫁を憎む姑は多いのに、
 いや、恐れ入ったな。感心なお人だ。お前、まさかぶちゃしまいな?」
 「ぶつもんけえ」
 「うん。まだ脈はあるらしい」
 「げんこがふさがってたから蹴っ飛ばした」
 「おいおい!」
 「だっていゃに肩をもちゃァがるんだ。ことによったらかかあと婆ァは
 怪しいんじゃねえかと・・・・・・」
 これじゃァとてもでこぼこ隠居の手にはおえない。専門家に道徳教育を依頼するに限る。かねてから傾倒している心学の紅羅坊名丸先生を訪ねさせることにする。

 引用部分の冒頭に出てくる二代目今輔は、二代目志ん生の弟子で、三代目と四代目の志ん生の師匠だった人。
 明治22(1889)年発行の『百花園』に、この人のこの噺の速記が残っているらしい。

 どうも、五代目小さんには、三代目から四代目の師匠を経た、鯵と猫を割愛した型が伝わったようだ。
 八代目正蔵のこの噺は、三代目小さんから直接習っているので、これまた鯵と猫がない。
 だから、弟子の柳朝、その弟子の一朝も、鯵と猫が登場しない。
 私が持っている柳朝の音源などは、ご隠居との会話すら省いて、いきなり紅羅坊名丸を八五郎が訪ねる場面から始まる。

 たしかに、この噺の勘所は、紅羅坊名丸と八五郎との会話と、その後長屋に戻った八っあんの鸚鵡返しによる失敗にあるので、噺の要諦は押さえている。

 しかし、小さんの型ばかりでは、これまた寂しいとも思うのだ。

 鯵と猫の入る型を演じる噺家さんには、持ち時間が少なくても、ぜひ頑張って(?)、鯵も猫も残しておいて欲しい。

  本書のコラム的な「まくあい」には、次のようにある。

 若旦那・たいこもち・玄人女などの派手っ気を強みとした三遊派に対して、隠居・医者・家主などの味わいに長じていた柳派の特色が、よく発揮されたはなしで、三代目・四代目小さんの所演が歓迎された。五代目小勝・六代目柳橋もおもしろく、現在では夢楽が仁に合っていて貴重である。
 紅羅坊名丸を高潔な人格者、八五郎を暗愚な無頼漢ときめてかかるのは、軽薄な描きかただろう。歴史的に見て、落語が心学道話と深い関係にあったことは、まちがいないが、その中から俗流心学への痛烈な批判精神を身につけたのも、また落語であったのだから。

 この本、私が持っているのは昭和58年発行の三樹書房版だが、初版は昭和40年代に寿満書店新社からだったようだ。
 三笑亭夢楽は大正14(1925)年生まれなので、榎本さんが高く評価している高座は、四十台のもっとも元気だった頃のものだろう。

 夢楽かぁ。
 その弟子、孫弟子たちでこの噺を聴いたことがないと思う。
 当代の夢丸のこの噺など、興味がある。

 ぜひ、柳派以外の型でも聴いてみたいものだ。

 それにしても、今の落語界は圧倒的に柳派が主流。
 円生一門の落語協会脱退以降に存在感が薄くなっている三遊派の伝統は、今後どうなるのだろう。

   堪忍の袋をつねに首にかけ
         破れたら縫え破れたら縫え

 歴史に「もし」は禁物だが、円生が、この道歌の通りに、あの時「天災」の精神で我慢できていたら・・・・・・。
 しかし、そんな優しさは、名人といわれる噺家にとっては邪魔なものだったのかもしれない。

 この噺のことから、そんなことにも思いが至るのだった。


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Commented by kanekatu at 2016-07-24 18:05
私の認識では、猫と鯵のエピソードは『二十四孝』の前段で使われるものと思っていました。このネタを得意としていた3代目金馬や3代目柳好も『二十四孝』はこの型で演じています。逆に『天災』で猫と鯵の前段を聴いたことがないんです。
前段をあっさりと演じ、紅羅坊名丸と八五郎との会話から入る型の方が『天災』には合っていると思います。
Commented by kogotokoubei at 2016-07-24 20:13
> kanekatuさんへ

たしかに、『二十四孝』の前段に鯵と猫、出てきますね。

『天災』については、柳橋の音源の印象が、私には強いのでしょう。
現役では、たぶん、兼好で聴いたこの噺に鯵と猫が出ていたような気がします。
とはいえ、自信はありません。

私は、好みはともかく、この噺においても、いろんなバリエーションがあって良いのではないか、と思っています。

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by kogotokoubei | 2016-07-24 16:12 | 落語のネタ | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛