噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

入院中の心がけのこと、など。

 振り返ると、意外に楽しい入院生活だったなぁ、と思う。

 それは、主治医の先生、看護師さん、食堂の方々など病院の皆さんのおかげだと思っているが、私も、病院で重要なキャスト“患者”として頑張ったと、自負している(偉そうに!)。

 今回の入院では、気持から病気にならないようにしよう、と肝に銘じていた。

 結果として、本当に運や縁に恵まれて術後の痛みもほとんどなく順調に退院できたのだが、自分自身としては、次のようなことに気を付けていた。

 入院における私の心がけであり、宗教じゃないが、入院中の我が「戒律」だ。

(1)できるだけ、パジャマ(寝る服装)でベッド、の時間をつくらない。
(2)とはいえ、疲れたら無理せず、普段着のままでもベッドに横になる
(3)食事、パソコンを含め食堂に行く時の服装はパジャマは厳禁とする
(4)許可が出たら、無理はしないが、できるだけリハビリとリフレッシュのため外出する
(5)食事は、しっかり食べる

 早い話が、服装なども含め、気の持ちようで、患者ではなく健常者側に自分をどんどん引っ張って行こうと思っていたのだ。

 結果として、この戒律を守ることができた。
 
 食事に関しては、朝・昼・晩、ご飯大盛りで最後まで通した。
 しかし、二十代、三十代と思しき男性患者は、入院数日たっても「ご飯少な目」なんてのばかり。

 もちろん、病気によっては、こんな戒律をあてはめることはできないものもあるだろう。

 しかし、日常においても、今の若い人は、ご飯を食べなさ過ぎに思えてしょうがない。
 太り過ぎはいけないが、たくさん食べて、たくさん体を動かすことが、健康の元だと思うがなぁ。
 杉浦日向子さんは、著書『杉浦日向子の江戸塾』の中で、次のように江戸時代のご飯を食べる量について、紹介している。
杉浦日向子の江戸塾
 一日五合が基準。二食のときは一食で二合半です。だからどこの家庭にも、二合半の升が必ずあった。一人前の分量ということで。それで、一人前じゃない人に対して「この一合野郎」という罵り言葉があったほどです。半人前以下ってことですね

 一日「五合」ですよ!
 八っあん、熊さんが、現代の若者の食事風景を見たら、間違いなく「この、一合野郎!」と言うことだろう。
 いや、一回の食事で、「一合」も食べないか。
 ということは「この、五勺(しゃく)野郎!」となり、半人前どころか、江戸っ子から見たら、「四半人前」なんてぇ新しい言葉が必要になりそうだ。

 紹介した言葉は宮部みゆきとの対談から抜粋したのだが、この本を中心にして六年前の杉浦さんの命日に記事を書いているので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2010年7月22日のブログ

 入院中に思ったことの、つづき。
 症状や考え方の違いもあるのは、百も承知二百も合点なのだが、同じような耳鼻咽喉関係の手術の方の大多数が、昼食時もパジャマ姿であったり、外出が可能な日数を経過しても、リハビリ外出に行かない人も少なくない。

 私は、朝起きたら、すぐ普段着に着替えていた。
 逆に、寝よう、と思うギリギリまではパジャマには着替えない。
 拙ブログをご覧いただいていた方は、私が食堂でブログを書いていた時間が短くないことは、お察しいただけると思う。
 結構、消灯ぎりぎりまで、ベッドに戻らなかったなぁ。

 だから、ほとんど痛みも消えていそうに見受けられるのに、パジャマやジャージなど寝る時の服装で終日過ごす人や、外出できるのに行こうとしない人たちは、私にとっては疑問だった。

 病は気から、という格言(?)は、入院前から常に頭で響いている言葉だった。

 落語などによる笑いは、実に免疫力を高める効果があることは、自らが患者として体感できた。

 そして、病院内で過ごす服装などを含め、精神的な面から健常者に近くあろうとする気持ちのあり方も、大事であると実感している。

 自分自身は、これらの戒律を守ることで、術後の快復度が高まったと思っている。

 退院診察の際に主治医から、いきなり健常者としてふるまうことには釘を刺された。
 それは、そうだ。退院=健康、ではないからね。
 実に話しやすい先生だし、質問には丁寧に答えてくれた。入院中に信頼度が大いに高まった。
 次回の外来診療で会うのが楽しみな先生である。
 まつやでの一杯に、誘いたいくらいだ。


 せっかくの私の体験である。
 もし、私のように鼻の中がポリープだらけになるなどの慢性副鼻腔炎(蓄膿症)の方で、私が実際に受けた「内視鏡下副鼻腔手術(ESS)」の詳細などをお知りになりたい方は、管理者のみが見えるモードでのコメントでメールアドレスをお知らせいただければ、ご質問などにお応えしたい。

 かつては、もっと大変な外科手術で一か月の入院は必要だったのが、今日では内視鏡で行うことができ、十日ほどの入院で済むという事実は、同じ病でお悩みの方に、ぜひお知らせしたい情報である。

 「一歩」を踏み出すきっかけは、人さまざまだろう。
 私は、還暦を過ぎたこともあって長期の休暇が取りやすくなったことと、ここ数年、花粉症-今回の入院で初めて調べたら、スギ・ヒノキ・ダニ・ハウスダストにアレルギー-の時期の鼻づまりが半端じゃなく、ほとんど鼻から息が出来ない状況から脱したくなったことが大きな動機だった。

 鼻から息ができることの幸福感は、それが出来なかった人にしか味わえないものである。

 しかし、「目から鼻に抜ける」のは、手術では難しいので、ご勘弁を。


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Commented by 山茶花 at 2016-04-30 16:12 x
入院生活、快適にお過ごしだった様ですね。(^o^)

私が4年前にとある病気で入院した時は、4人部屋で比較的個人のスペースは広く取ってありました。当初個室にしようか、相部屋(全て4人部屋)にしようか迷ったのですが、「同じ病気の人と情報交換できるよ」との事で、4人部屋にしました。とはいえ、ずっと3人でしたが。

病院独特の雰囲気って、それだけで気持ちが重苦しくなるのでパジャマよりも普段着的な物の方が良いですね。ただ外出時に手首にはめられた個人識別タグがまるで「犯罪者(病人)です」と言わんばかりで、私は上からバンダナを巻いたり日焼け防止手袋をして隠していました。

病院内でもあまりパジャマっぽくない物を着ていました。それは私だけでなく殆どの人が。「前開きのパジャマ」という指定も無かったので、私を含め、大抵の人がTシャツの様なタイプを着ていて、術後の保護に胸帯と呼ばれる物を付けていました。中には「まるでリゾートファッションだ」と言った格好をしている人も居られました。

昔の鼻の手術は、「ガッテン」や「たけしの家庭の医学」でも紹介されていましたが、上あごの骨を削って(割って)行ったらしく、手術道具をガッテンで見せていましたが、恐ろしいばかりでした。今は内視鏡で行えますから、雲泥の差ですよね。

私の場合も縫合に糸もホチキスも使わず、テープのみでした。お陰で抜糸の痛さはこの時は経験しなくて済みました。防水テープのお陰でお風呂も翌日から入れました。

私が中学の時に手術・入院した時の晩ご飯は5時でしたが、今時は6時。もっと昔に入院した人は「晩ご飯と言うよりも夕食が4時だった」と言われていました。今は殆どの病院で6時ですね。大病院でなかったので、できたて熱々のご飯を食堂で食べる事が出来たのもありがたかったですね。ベッドの横で食べるのは、何となく嫌なものです。

江戸時代が一日に5合ですか。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」によると「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」とあります。日本人の米摂取量が少しずつ減っているという事でしょうか。

私も落語の笑いのお陰で、鎮痛剤の量も少なくて済みました。入院時には落語入りのipodやスマホは必需品ですね。(^_^)b 笑いは術後の傷も早く治してくれそうです。
Commented by kogotokoubei at 2016-04-30 21:22
>山茶花さんへ

貴重なご体験のお話、誠にありがとうございます。

私は六人部屋でした。
同室の人たちとも交流を深めたかったのですが、連日手術をした人が相次いで入室してくる状態で、痛みに苦しむ人もいて、なかなかそうもいきませんでした。

戦時中の教科書で一日「四合」が、配給が減ったため「三合」と改竄されたことが『黒い雨』に書かれていたことを、かつて(2013年6月4日)拙ブログの記事で書きました。ご参照ください。
http://kogotokoub.exblog.jp/22989441/

笑いの免疫力アップ効果は、間違いないですね。
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by kogotokoubei | 2016-04-28 12:52 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)

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by 小言幸兵衛