噺の話

kogotokoub.exblog.jp
ブログトップ

「禁演落語」に端を発して思う、いろいろ。

 小島貞二さんの『禁演落語』を読んでいて、過去に禁演落語のことで何か書いていたかなぁ、と自分のブログを調べたら、ほぼ一年前に、「言論統制と噺家や芸人のことなど。」という題で記事を書いていた。この記事の中で、五十三のネタの演目も記載していた。
2015年2月12日のブログ

 この記事は、ISの日本人人質事件などをめぐり、安倍首相をはじめとする国会議員やメディアの対応に批判的な森達也の記事を朝日で見つけて、兄弟ブログ「幸兵衛の小言」で書いた記事に関連している。

 森達也は、当時、次のように朝日に書いていた。
 *朝日の記事、まだリンクが切れていないので、どうぞご参照のほどを。
朝日新聞の該当記事

集団化と暴走を押しとどめよ
聞き手 編集委員・刀祢館正明 2015年2月11日07時17分

 渦中の報道を見聞きしながら、気になったことがあります。安倍晋三首相は事件について語るとき、まずは「卑劣な行為だ、絶対に許せない」などと言う。国会で質問に立つ野党議員も、いかにテロが卑劣か、許せないかを、枕詞(まくらことば)のように述べる。そんなことは大前提です。でも省略できない。

 この光景には既視感があります。オウム真理教による地下鉄サリン事件が起きたときも、オウムについて語る際には、まずは「卑劣な殺人集団だ、許せない」などと宣言しなければ話ができない、そんな空気がありました。

 大きな事件の後には、正義と邪悪の二分化が進む。だからこそ、自分は多くの人と同じ正義の側だとの前提を担保したい。そうした気持ちが強くなります。

 今の日本の右傾化や保守化を指摘する人は多いけれど、僕から見れば少し違う。正しくは「集団化」です。集団つまり「群れ」。群れはイワシやカモを見ればわかるように、全員が同じ方向に動く。違う動きをする個体は排斥したくなる。そして共通の敵を求め始める。つまり疑似的な右傾化であり保守化です。

 転換点は1995年。1月に阪神・淡路大震災、3月に地下鉄サリン事件があった。ウィンドウズ95が発売された。巨大な天災と未経験の人災に触発された不安や恐怖感が、ネットを媒介にして拡大していく。その始まりの年でした。

 不安と恐怖を持ったとき、人は一人でいることが怖くなる。多くの人と連帯して、多数派に身を置きたいとの気持ちが強くなる。こうして集団化が加速します。

 群れの中にいると、方向や速度がわからなくなる。周囲がすべて同じ方向に同じ速度で動くから。だから暴走が始まっても気づかない。そして大きな過ちを犯す。

 ここにメディアの大きな使命があります。政治や社会が一つの方向に走りだしたとき、その動きを相対化するための視点を提示することです。でも特に今回、それがほとんど見えてこない。

 多くの人は「テロに屈しない」という。言葉自体は正しい。でも、そもそも「テロ」とは何か。交渉はテロに屈することなのか。そんな疑問を政府にぶつけるべきです。「テロに屈するな」が硬直しています。その帰結として一切の交渉をしなかったのなら、2人を見殺しにしたことと同じです。

 政府がどう対処したか、あるいは、対処しなかったかは、歴史が示している。
 そして、森達也が主張したメディアの使命、“政治や社会が一つの方向に走りだしたとき、その動きを相対化するための視点を提示すること”ができているメディアは、果たしてどこかにあるのか。

 逆にますます、「集団化」しているのではなかろうか。

 朝日の記事を踏まえ、昨年の記事で、次のように書いていた。

 森達也や土井敏邦が指摘する現在のメディア状況は、いわば政府の言論統制に近い恫喝めいた動きへの過剰適合であったり、政府の思いを忖度して自主規制する動きがもたらしている。

 政府の悪口を言ったり、書いたりすることを強く抑制しようとしているのが、現政権であることは間違いがない。

 NHKの夜9時のニュースキャスターの交代が、定例の人事異動だと信じる人はどれだけいるだろう。

 今になって、テレビ朝日の原発関連報道について、その過ちを詫びさせようとすることの意図は何か。

 放送倫理検証委員会(BPO)は、なぜこのタイミングで、昨年9月のテレビ朝日「報道ステーション」での事実誤認報道について、意見書を発表したのか。大いに作為的なものを感じる。

 今の言論に関する環境は、まさに、戦前・戦中の社会によく似ているのではなかろうか。
 お上(おかみ)に逆らうことは言わせない、という雰囲気が一杯だ。

 先の戦争の最中、落語関係者にも、当時の言論統制の波は影響した。
 昭和16年10月30日、時局にふさわしくないとして、次の53のネタを禁演落語として、浅草寿町(現台東区寿)にある長瀧山本法寺境内のはなし塚に葬って、自主規制することにした。

 ということで、禁演落語が登場していたのだった。

 今、一年前を振り返ると、この三月に古館が「報道ステーション」のキャスターを辞めるに至る圧力は長期間にわたる、相当陰湿なものだったのかもしれない。

 「冗談じゃねぇ、やってられるか!」と古館がキレたとしても、分からないでもないが、やはり、それはジャーナリズムの敗北でないのか。
 
 TBSも、政府が気に入らないコメンテーターを降ろすことになった。
 女性キャスターの配置替えを含む人事異動の一環のような体裁を取り繕っているが、やはり、これは権力に屈したことにならないか。

 政府からの報道への干渉や恫喝、メディアの政府への忖度は、ますます悪化しているように思える。

 多くのマスメディアが権力に媚びへつらう中で、昨今は、甘利問題で週刊文春が気を吐いているようにも思える。
 しかし、あの雑誌にしたって、「売れる」ことを最大の指標としてSMAPもベッキーも甘利も同じ土俵で選択しているのだろうから、永続的に反権力的な話題を掲載するとは思えない。

 その手法が内幕暴露だろうが、主張だろうが、重要なのは、集団化する動きを相対化できる内容かどうか、なのである。

 たとえば、調査報道を基本とする「HUNTER」の今日の記事は、おおさか維新による「政党交付金ロンダリング」問題である。

HUNTERの該当記事

おおさか維新 “交付金ロンダリング”の実態
未公表団体「なんば維新」で資金還流
2016年2月 3日 08:45

 政党交付金の扱いをめぐって、維新の党分裂後に設立された新党「おおさか維新の会」(代表:松井一郎大阪府知事)による、“ロンダリング”の実態が明らかとなった。 
 HUNTERの取材によれば、昨年12月に維新の党所属議員の政党支部に交付された政党助成金のうち、おおさか維新に参加した議員らの支部が受け取った交付金の残額が、国に返納されることなく議員側に還流していた。事実関係について、複数のおおさか維新関係者が認めている。
 「解党して政党交付金を国に返す」としていた橋下徹前大阪市長の主張が、事実上反故にされた形。その上、使途に縛りがある交付金が自由に使えるカネに化けていたことも判明。“交付金ロンダリング”に国民の批判が集まりそうだ。
 全文は、ぜひリンク先でご確認のほどを。

 こういったメディアは、今の日本には大事な存在だ。

 昨夜以降、どのメディアも清原の記事での「集団化」状態。

 覚醒剤や麻薬のことで私が連想するのは、電源三法交付金だが、コラムでそういった記事を書いている新聞を知らない。
 もし書いたら政府からお叱りがくることを恐れて自主規制しているのは明らか。
 コラムニストも書こうとしないし、もし書いてもその原稿はボツになるだろう。

 誰もが「あいつは悪い」とか「日本は凄い」などと言える話題ばかりがメディアでもてはやされる。集団化は、どんどん進むわけだ。

 大宅壮一は、テレビによる「一億総白痴化」を危ぶんだが、この言葉も、放送禁止用語になっているのか、取り上げる言論人はほとんど見かけない。

 そんな現在のメディアの状況を一番喜んでいるのは、突つけばいくらでも綻びが出るはずの安倍政権の閣僚や、おおさか維新の会などの政治家ではないだろうか。

 あら、「禁演落語」のことから、ずいぶん飛んでしまった。
 
 しかし、関係はある。
 現在の状況が続けば、ますます、禁演落語のあの時代に逆戻りしそうな気がするのである。
 今日の国会で、安倍首相は、こんなことを言っていたようだ。
47NEWSの該当記事
自民党の改憲草案は「9条2項を改正して自衛権を明記し、新たに自衛のための組織設置を規定するなど、将来あるべき憲法の姿を示している」と説明

 もはや、憲法改正、戦争ができる国に一直線・・・・・・。

 落語愛好家にとって「あるべき姿」は、好きな落語を心から楽しむことのできる世の中だろう。

 あらためて、禁演落語の五十三のネタを並べてみる。

--------禁演落語53種---------------------------------------------
明烏・粟餅・磯の鮑・居残り佐平次・氏子中・お茶汲み・おはらい・
お見立て・親子茶屋・紙入れ・蛙茶番・首ったけ・郭大学・後生鰻・
五人廻し・駒長・子別れ・権助提灯・三助の遊び・三人片輪・三人息子・
三枚起請・品川心中・城木屋・疝気の虫・高尾・辰巳の辻占・付き馬・
突き落とし・搗屋無間・葛籠の間男・つるつる・とんちき・二階ぞめき・
錦の袈裟・にせ金・白銅の女郎買い・引っ越しの夢・一つ穴・ひねりや・
不動坊・文違い・坊主の遊び・包丁・星野屋・万歳の遊び・木乃伊取り・
宮戸川・目薬・山崎屋・よかちょろ・悋気の独楽・六尺棒
--------------------------------------------------------------------

 『居残り佐平次』や『明烏』『親子茶屋』、『紙入れ』や『山崎屋』などを聴けない世の中なんて、つまらないではないか。


[PR]
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by kogotokoubei | 2016-02-03 21:18 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛