噺の話

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小島貞二と安藤鶴夫、そして正岡容-小島貞二編著『禁演落語』より。

 金曜日に末広亭へ行く前、神保町で短時間だが古書店めぐりをした。

 ある書店で、ふだんは外に出してあるワゴンが雨に濡れないよう庇の下にあったのを覗いたところ、まだ読んでいなかった小島貞二編著『禁演落語』が、非常に良い状態で割安だったので、購入。


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小島貞二編著『禁演落語』(ちくま文庫)

 新宿三丁目へ行く地下鉄の中で冒頭部分を読んでいたら、私にとって、新事実を発見。

 先日訃報に接し大西信行に関していくつか記事を書いたが、彼が正岡容門下生であることから、門下生には同じ市川に住んでいた小島貞二も含まれることを書いた。

 小島さん(やはりこの人は、“さん”づけだなぁ)は、きっとご近所のよしみで正岡邸を訪ねることになったのだろうなぁ、などと思っていたのだが、なんと、正岡とは“犬猿の仲”と巷間言われたあの人の口添えがあったことが大きな後押しだったことを知った。

 本書の“開口一番「禁演落語」とは”から、引用する。

 戦争が終って、平和が甦る。
 都内で焼け残った寄席は「人形町末広」だけ。師匠連も大半が健在だったが、みんな家を焼かれ、地方に疎開してい不在。客は笑いを求めて、寄席はないかと探す。
 そんなとき、上野鈴本、新宿末広がまず再開し、三遊亭歌笑(三代目)という新人が彗星のように現われる。昭和二十一年になって徐々に高座が甦る。
「そろそろ、あの禁演落語を復活させようではないか」という気運がたかまって来たのも無理もない。
 そして、九月三十日、浅草の本法寺に、落語関係者が集まり、盛大な復活祭がひらかれた。そのとき、私は『スクリーン・ステージ』新聞の新米記者で、片隅で取材した。
 名刺を交換した人の中に、正岡容がいた。著書は何冊も読んでいたし、私と同じ市川に住んでいることも知っていた。「お遊びにお出かけなさい」といってくれた。
 社にもどって、机を隣合わせる安藤鶴夫に、そのことを報告すると、「そりゃあ君、チャンスだよ、この際、正岡からいろんなことを学ぶんだ。芸って盗むもんだからね」といってくれた。アンツルさんのそのときのひとことは、私にとって強烈だった。私の正岡通いもそのときに始まった。

 え~っ、アンツルさんが小島さんが正岡に会いに行くことを勧めたんだ!

 正岡容は明治37(1904)年生まれなので、昭和21(1946)年当時、42歳。アンツルさんはその四歳下で明治41年生まれなので、まだ三十八。

 小島さんが大正8(1919)年の生まれなので、まだ27歳だねぇ。

 アンツルさんが都新聞からスクリーン・ステージ新聞(キネマ旬報社)に移籍するのは昭和22年だから、まだこの頃は都新聞に在籍したままで同新聞に記事を書いていたのだろう。
 この年、雑誌『苦楽』に連載されていた『落語鑑賞』が、落語愛好家の間で評判となっていた。

 かたや正岡容は、すでに著名な存在になっていたし、著作としては昭和16(1941)年に『圓太郞馬車』、昭和18(1943)年には『圓朝』を上梓して、この昭和21年には『随筆百花園』が刊行されている。

 好みが偏っていたと言われるアンツルさんと、正岡容は好対照だった。
 先日紹介した文庫版『東京恋慕帖』の巻末の鼎談を読んでも分かるが、正岡は、落語のみならず、多くの芸能評論家が真っ当に評価しようとしなかった浪曲なども含め、幅広い大衆演芸を愛し、その優れた指南番となり、若者を含む多くの読者を得ていた。

 そういうこともあり、“安藤鶴夫vs正岡容”という構図で、“犬猿の仲”と見られていたようだが、アンツルさんは、「あれほど寄席を愛した人はいない」と正岡を評しており、私には、世の中が思うほどあの二人の仲が悪かったとは思えない。

 その一つの証拠のようなものを、この本で発見できたような気がする。

 今日の芸能マスコミなどは、実に軽々と芸能人同士を“犬猿の仲”などと指摘することがあるが、果たしてその実態はどうなのだろうか。
 意外に本人同士は、なんらそんな思いを抱いていないかもしれない。

 週刊誌やネットのない時代には、口コミが伝達ゲームのように曲がって伝わり、その結果、もしかすると、火のない所に煙を立てていたのかもしれない。

 正岡容と安藤鶴夫は、世間が噂するほど仲が悪くはなく、実は心の中で苦笑しながら見過ごしていた、あるいは楽しんでいたのではなかろうか。

 そして、小島さんと二人の関係だが、スクリーン・ステージ新聞でアンツルさんと交流があり、門下生として正岡と接触がある。
 二人が小島さんと会う時、アンツルさんは「正岡さん、最近どう?」と訊ね、正岡は「アンツルは、元気か?」などと聞いていたかもしれない。

 もしそうだったのなら、『子は鎹』の夫婦と亀との関係を思わないでもないね(^^)

 そんなことも思わせる、私にとっての新発見だったのだ。

 『一つ穴』や『にせ金』など、最初に聴いた時には演題が分からなかったネタ(それらの題は、ありがたいことに、拙ブログへのコメントで教えていただいた)や、まだ聴いたこのないネタなどを、本書で確認することができる。

 禁演落語五十三席の選定や、それらのネタを封印したことに関して野村無名庵が悪者にされることがあるが、そうは言いきれない当時の落語界をめぐる背景についても、本書で知ることができた。
 
 あらためて、本書のことは書くつもりだが、まずは「開口一番」で知ったことを、本書紹介の開口一番とする次第である。

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Commented by saheizi-inokori at 2016-02-02 10:38
見た目に仲良く見えても実のところは犬猿、というのもありそうですね。
Commented by kogotokoubei at 2016-02-02 12:17
>佐平次さんへ

そうそう、そっちの方が圧倒的に多そうです(^^)
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by kogotokoubei | 2016-02-01 20:43 | 落語の本 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛