噺の話

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成人の日に思う、元服や「真田丸」のことなど。

 成人の日が「ハッピーーマンデー制度」となって1月の第二月曜日になったのは、2000年かららしい。

 長らく、成人の日=1月15日=ラグビー日本選手権決勝、というイメージが固定化していたので、なかなか馴染めなかったのだが、ここ数年で、当たり前になってきたかもしれない。

 自分自身の成人の日は、アルバイトをしていて、式典のようなものには出ていない。
 酒も煙草も二十歳前から経験していたし、人様に「今日から大人です」と言われる必要も感じなかったなぁ。

 学生時代に体育会系で遠征などの多い運動部にいたので、オフは大事なアルバイトの時間なのであった。
 京都の旅館は、まかない付きなので助かった。
 その三条京阪駅近くにあった長年お世話になった旅館が、昨年12月で廃業したのを知って、さびしいかぎりだ。

 さて、昨日、久しぶりに日曜の夜8時にNHK総合にチャンネルを合わせた。

 「真田丸」の第一回。
 
 見終わって、今後に期待を抱かせた。
 役者も悪くない。
 時代考証的にも、まあまあ納得だ。
 まず、「幸村」ではなく「信繁」と言っていることが結構。

 ただし、姉夫婦との会話で、兄が源三郎、弟が源次郎であることを話題にしたところから、すでに元服していた、という設定になる。
 兄信幸の源三郎と信繁の源次郎という名は、元服後の名前。
 
 そう、現在の成人の日に相当するのが、「元服」。

 真田信繁の誕生年は永禄十(1567)年説と永禄十三(1570)年説がある。

 上杉家の人質になる時は、幼名の「弁丸」で元服前かと察せられるが、このあたりは、どうもよく分かっていないようだ。
 
 信繁のことが歴史的な資料に登場するのは十六歳以降、と言われている。

 だから、それ以前はよくわかっていないし、元服の時期もはっきりはしていない。

 いずれにしても、幸村の名前は、江戸期になって付けられたもので、同時代の資料には、幼名の弁丸、元服後の通称の源次郎、官職名の左衛門佐(さえもんのすけ)、そして信繁しか存在しない。

 このドラマ、もし「真田幸村」と呼んでいたら、ずいぶん気落ちしたと思うが、ほっとした。

 かつて侍の元服は、十四~十六歳くらいが多かったらしい。
 あくまで、通過儀礼。
 小正月である旧暦1月15日に行われるのが通例。
 だから、かつては成人の日が1月15日だったのだが・・・・・・。

 今日の通過儀礼を経験した新成人たちは、果たして自分の城(「○○丸」)を築けるのだろう。
 
 ぜひ、彼らが三十年、四十年後に自分の成人の日を振り返る時が、平和な世の中であって欲しいものだ。
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by kogotokoubei | 2016-01-11 11:04 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

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