噺の話

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昭和39年「第15回 紅白歌合戦」のこと、など。

 昨日、紅白歌合戦の出場者や司会者が発表され、誰が当選したとか、なぜ誰は落選したのか、といった選挙のような記事がメディアを賑わわせている。

 紅白を見なくなって久しいし、今年の出場者の過半数を知らない。

 懐かしさもあって、昔の顔ぶれを調べようと思った。

 東京オリンピックが行われた昭和39年の第15回が、カラー放送開始の回でもあったようだ。小学生だった私は、間違いなく家族で見ていた、はず。

 Wikipediaにお世話になり、第15回のことを部分的に引用したい。
Wikipedia「第15回 紅白歌合戦」

 まず、司会者。

  紅組司会:江利チエミ
  白組司会:宮田輝アナウンサー

 なるほど。なんとなく、思い出す。

 司会について、次のような記述がある。
両軍司会は2年連続で江利チエミ・宮田輝(3年連続)が担当。
前回好評のコンビがそのまま続投となったが、江利は当初「『1回でやめておけば良かったのに』、などと言われたら・・・」という気持ちに苛まれ再三断っていた。「私のPRをしてくれない」「自分ばかり売り込んで」という周囲の声にも悩まされ、憂欝になったという。本人曰く「ダーリン(高倉健)もあんな疲れる仕事はもうしない方がいいって言っていたんです」とのことだが、結果的に熱心なNHKのラブコールに折れる格好で続投を決意した。だが、江利は今回の司会で神経疲れから胃を壊してしまい、翌1965年・第16回は「もうコリゴリ」と紅組司会3連投を辞退している(紅組司会は今回の審査員でもある林美智子に交代)。そして、これが江利の生涯最後の紅組司会担当となった。
 まだ、江利チエミと高倉健は夫婦だったんだね。

 江利チエミの曲紹介は美空ひばりが行ったようだ。

 小学生だったあの頃、次のなぞなぞ問答が流行ったのを思い出す。
 「江利チエミの好きな県は?」
 「・・・高倉健!」
 今思うと・・・何ともつまらない(^^)

 この年の落選者の話題について。
この年デビューした都はるみが出場歌手選考時において、有力候補に挙がっていたが、惜しくも落選となる。都は翌年の第16回で初出場を果たしている。

 Wikipediaつながりで都はるみを調べると、この年に「困るのことヨ」で、デビューし、「アンコ椿は恋の花」がミリオンセラーになる大ヒット、第6回日本レコード大賞・新人賞を獲得。それでも、選ばれなかった。
 林家しん平と仲がよく落語とも縁のある“ももクロ”が今年選ばれなかったどころではない、不思議ではないか(^^)
 
 NHKの出場者の選定基準は、(1)今年の活躍、(2)世論の支持、(3)番組の企画・演出、ということらしいが、私が初めて聞く出場者って、私以外の「世論」の支持を得ている、ということなんだろうねぇ。

 さて、昭和39年に戻る。第15回ということで、特別企画による出演者もいたようだ。
15回目を記念して、創世記の紅白の看板歌手である藤山一郎、淡谷のり子、渡辺はま子、伊藤久男が再出場し、それぞれ自身の代表曲である「長崎の鐘」(藤山)、「桑港のチャイナ街」(渡辺)、「別れのブルース」(淡谷)、「イヨマンテの夜」(伊藤)を披露した。藤山の「長崎の鐘」の際には、当時の若手「四天王」である橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦、三田明がコーラスを担当し、同曲を盛り上げた。
 なんとも懐かしい名前が並ぶ。

 
 次に審査員の顔ぶれ。
長沢泰治・NHK芸能局長
大林清(作家)
北葉山英俊(大相撲・大関)
林与一(俳優。この年の大河ドラマ『赤穂浪士』の堀田隼人役)
古賀忠道(恩賜上野動物園初代園長)
春風亭柳橋(落語家)
岩下志麻(女優)
司葉子(女優)
長谷川町子(漫画家)
林美智子(女優。この年の連続テレビ小説『うず潮』のヒロイン・林フミ子役)
吉屋信子(作家)
坂井ゆき子(東京オリンピック開会式の聖火リレー最終ランナー坂井義則の母)
地方審査員のみなさん16名
 
 おや、柳橋が入っている。なぜかは、分からない。
 地方審査員は、かすかな記憶だが、何世帯かの家族が審査員を任せられたのではなかろうか。
 応募制だったのかどうかは、記憶にないなぁ。

 聖火リレー最終ランナーの坂井義則さんは昨年亡くなられたが、ランナーとして選ばれた理由は、昭和20年の8月6日、原爆投下の日に広島で生まれたことだった、という話は、結構知らない人も多いのではなかろうか。
 あれから、日本はオリンピックができるまで復興しました、という象徴でもあったわけだ。しかし、2020年の五輪で、3.11や原発事故の被災者などが聖火リレーで選ばれるだろうか・・・・・・。
 オリンピックどころではない状況が、まだ続いているだろうし、オリンピックのせいで、復興が遅れ、もろもろの費用がかさむという構造になっているのではないか。

 さて、昭和39年、出場者たちと曲はどうだったか。
 少し見づらいのは、ご容赦のほどを。出演順で、( )内の数字は出場回数。

     紅組                               白組
朝丘雪路(7) 夜の八丈島                  北島三郎(2) ソーラン仁義
仲宗根美樹(3) 午前0時のブルース           田辺靖雄(2) 二人の星を探そうよ
伊東ゆかり(2)・園まり(2)・中尾ミエ(3) 夢みる想い  芦野宏(10) ほゝにかゝる涙
渡辺はま子(8) 桑港のチャイナタウン           藤山一郎(9) 長崎の鐘
坂本スミ子(4) マラゲーニァ             デューク・エイセス(3) A列車で行こう
九重佑三子(初) ウェディングドレス            三田明(初) ごめんねチコちゃん
畠山みどり(2) 浮世街道                   春日八郎(10) ロザリオの島
岸洋子(初) 夜明けのうた                  立川澄人(2) オー・ソレ・ミオ
梓みちよ(2) リンデンバウムの歌       ボニー・ジャックス(2) 幸せなら手をたたこう
二代目コロムビア・ローズ(初) 智恵子抄         克美しげる(初) さすらい
西田佐知子(4) 東京ブルース               アイ・ジョージ(5) 紅子のバラード
こまどり姉妹(4) 女の恋                 新川二朗(初) 東京の灯よいつまでも
島倉千代子(8) ふたりだけの太陽             村田英雄(4) 皆の衆
江利チエミ(12) 木曽節                    三橋美智也(9) また来るよ
ペギー葉山(11) ラ・ノビア                  フランク永井(8) 大阪ぐらし
弘田三枝子(3) アレキサンダーズ・ラグタイム・バンド      植木等(3) だまって俺について来い
青山和子(初) 愛と死をみつめて              西郷輝彦(初) 十七才のこの胸に
倍賞千恵子(2) 瞳とじれば                  舟木一夫(2) 右衛門七討入り
淡谷のり子(9) 別れのブルース               伊藤久男(11) イヨマンテの夜
五月みどり(3) 温泉芸者               和田弘とマヒナ・スターズ(6) お座敷小唄
越路吹雪(10) サン・トワ・マミー              森繁久彌(6) 戦友
雪村いづみ(7) ショウほどすてきな商売はない     ダーク・ダックス(7) アンジェリータ
吉永小百合(3) 瀬戸のうず潮                 橋幸夫(5) 恋をするなら
ザ・ピーナッツ(6) ウナ・セラ・ディ東京            坂本九(4) サヨナラ東京
美空ひばり(9) 柔                         三波春夫(7) 俵星玄蕃

 北島三郎が二回目の出場で、トップバッターだったんだ。

 新川二朗の「東京の灯よいつまでも」は、結構、印象が残っているなぁ。好きな歌だ。
 060.gif雨の外苑、夜霧の日比谷~、だね。
 曲のイメージは、井沢八郎の「ああ上野駅」に近くて、連想するのは、上京、出稼ぎ、集団就職、などの言葉。
 三橋美智也の「哀愁列車」も、同じような範疇に入るだろう。

 映像のイメージは、「三丁目の夕日」だなぁ。


 青山和子の「愛と死を見つめて」を、しみじみを聴いたのことは、結構鮮明に覚えている。
 あの年にテレビドラマにもなったし、映画化もされたことは、田舎の小学生だって、知っていた。

 デューク・エイセス、ボニー・ジャックス、ダーク・ダックスといった男性ボーカルグループも、懐かしい。

 デュークの曲もそうだが、ジャズなど洋楽の名曲も結構あるねぇ。

 白組のトリは、落語愛好家にはお馴染み(?)、三波春夫「俵星玄蕃」。

 紅組は、美空ひばりの「柔」。

 このトリ二曲、なんとも重厚。

 ノスタルジーに浸るが、やはり、昔の曲は良い!

 昭和39年とほぼ50年後の今日では、流行歌の変遷、音楽業界の変貌、テレビを取り巻くメディア環境の違い、など様々な環境の違いがある。

 その違いを百も承知で言うのなら、昭和39年の紅白の顔ぶれには、時代を経ても存在感を失わないだけの名前が並んでいるように思う。歌手の名前と曲名から、その当時を振り返ることができる。

 では、今年の若い紅白出場者について、同時代の若者が、50年後にも彼らの名前や曲を覚えている人が、果たしてどれだけいるだろうか。

 ジャニーズ系やAKB系(?)が多く出演するのは、若者の歓心を買いたいからだろうが、果たしてその効果はあるのだろうか。
 
 若者に無駄に迎合しているような気がするなぁ。

 昭和39年の第15回は、対照的な構成だ。

 その年にデビューし、ミリオンセラーを記録した都はるみを落選させ、記念企画として創世記の看板歌手を揃えた。
 
 当時の紅白は、基本的には大人を対象にしていたのだと思う。だから、大人の鑑賞に耐える内容を模索したのではないか。

 今は、テレビの前に、割合的にはもっと多くの大人がいる。しかし、聞いたこともないグループや、やたらメンバーの多い複数のグループが登場し、どのグループの曲やら区別のつかない、いわば個性のない合唱を聞かせるが、それらはテレビの前の大人の鑑賞には耐えないだろう。

 それで思い出したが、朝のドラマ「朝が来た」の主題歌「365日の紙飛行機」は、AKB48となっているが、メインで歌っているのはNMB48のメンバーらしい。どういう仕組みになっているのか、私には分からない。
 
 大晦日の大人の鑑賞、で連想する番組がある。
 紅白がもっと視聴率を取っていた頃から、裏番組で大人向け歌番組づくりに頑張ってきたのが、かつての東京12チャンネル、現在のテレビ東京の「年忘れにっぽんの歌」。
 以前は関東圏でしか見ることはできなかったが、今ではBSジャパンで全国で視聴可能。
 しかし、今年で第48回を迎える「年忘れにっぽんの歌」は、会場などの関係もあるようだが、ついに生放送ではなくなった。
 せっかく、大人が楽しめる番組なのに、録画放送では視聴者も興味がそがれるのではなかろうか。


 メディアも、視聴者も、世の中は高齢化が進んでいるのに、質量とも低年齢化する、この矛盾・・・・・・。

 昨日の出場者発表から、つい、昔を振り返って、こんなことを考えていた。

 トシだねぇ。

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Commented by saheizi-inokori at 2015-11-28 10:45
名前にはほとんど聞き覚えがありますが、番組は見なかったような気がする。
大学最後の冬休み、うちに帰ったとは思うけどうちにはテレビがなかったし。
Commented by kogotokoubei at 2015-11-29 17:42
>佐平次さんへ

今ほど、テニスの合宿から帰ったところです。

そうですか、学生時代に東京五輪だったのですね。

昨夜は夕食後のカラオケで、新川二朗、井沢八郎、三橋美智也の曲を歌い、結構盛り上がりました。
その後の部屋での余興で落語二席。まあまあの出来でした。「子ほめ」はサゲが分かりにくいとの評価でしたが、喬太郎の新作「夜の慣用句」が大受けでした(^^)
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by kogotokoubei | 2015-11-27 21:54 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛