噺の話

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同期会ことや、余興の落語の顛末など。

 先週土日と一泊二日で京都での同期会。

 還暦過ぎの男女の同期会のことや、宴会における余興の落語の顛末などについて、備忘録代わりに記しておきたい。

 宿泊地は、京都市内中心部にある、江戸時代天保年間創業という、老舗の日本旅館。
 幹事に感謝。
 紅葉の時期でどこもいっぱいなのに、よくぞ確保できたものだ。

 あいにくの雨ではあったが、土曜午後からの企画は予定通りに自分たちが卒業した大学キャンパスのツアー。
 一年先輩が母校に勤めている関係での企画。
 在学時代にも何かとお世話になったこの先輩は、宿泊はしなかったものの、旅館での夕食、二次会にも特別参加。

 先に同じ学校法人の女子大の校舎を、現役の女子大生に案内していただいた。
 新築中や改装中の校舎も多かったが、その中に明治時代の古い由緒ある校舎も残っていて、新旧混在した有り様は、なんとも不思議な印象を与える。
 その後、大学のキャンパスに移り、先輩自らが、詳しくツアーガイド役を務めてくれた。改装費用の額に、やや驚く。

 四十年前に通っていた、あの古かった校舎はどこも綺麗に改装され、アスファルトだった地面は、すべて煉瓦敷きに改装されていた。
 新たに出来た校舎のコンピュータールームなどの最新設備などは、ホテル並みかそれ以上、という印象。

 ここまでするか、との思いもないではなかった。
 しかし、オープンキャンパスなどで親子して大学を訪れて志望校を決めたりするようだし、大学のブランド力の戦いも過酷なのだろう。
 しかし、ハードウェアである建物も大事なのだろうが、果たして建学の精神など、ソフトウェアの方が今はいかがなものなのだろうか、などど思いながら歩いていた。 

 さて、キャンパスツアーも無事終了し、旅館へ。

 ひとっ風呂浴びてから、宴会場へ。

 宿泊者は男が六名、女性陣が四名計十名なのだが、宴会場での夕食には、宿泊しない人が先輩を含め四名いるので、総勢十四名。

 この宴会場には、立派な舞台があるのだった。高さは1メートル位ある。

 幹事の説明によると、旅館での夕食後の二次会用に、生バンドによるオールディーズの演奏のあるお店(“K”が頭文字)を予約しているとのこと。
 宿泊しない四名は、その二次会でお別れとなる。

 いつもは、宿の一室に集まっての会話の隙間で、私の下手な落語をご披露するのだが、このスケジュールで考えた。

 二次会の後に帰る四名にも、せっかくなので(?)落語を聴いてもらいたいし、立派な舞台もある。

 幹事と相談して、夕食の時間で一席披露することにした。六時から始まった、懐石料理コースに二時間飲み放題セットをオプションで加えた夕食。ほぼ料理も出そろって、あちらこちらで数名づつの輪が出来て会話が盛り上がっている最中の七時半頃、舞台に座布団を敷き、旅行では欠かせない携帯音楽プレーヤー用小型スピーカーで出囃子「一丁入り」をかけ、高座に登場。

 さて、ネタは・・・・・・。

 古典と新作を一席づつと想定していたが、古典は、前座噺の中で今まで演じていなかった『子ほめ』(談志の音源が元)にしようか、『藪入り』(三代目金馬が元)にしようか、決めかねていた。

 稽古は『子ほめ』の方を中心にしていたが、新幹線の中で、『藪入り』を二度聴き、なんとか出来そうな感触だったので、この噺に決めた。

 さて、その高座はどうだったのか・・・・・・。

 舞台は、結構高い。客席(?)まで、少し距離がある。
 これまでの、至近距離での高座とは、まったく勝手が違うのである。
 会場全体が見えすぎてしまう、というのもあまり良くないねぇ。
 まだ会話が続いている人の輪もあり、ざわついている様子が一目で分かる。

 話し始めると、ざわつきも収まり皆よく聴いてくれたが、皆、久しぶりに話したいことは、山ほどあるだろう。
 心の中で、「長講はまずいな、なんとか縮めて早めに切り上げなければ」と思ったものの、素人の赤坂見附(?)で、少し焦りが出た。
 明治の昔は、義務教育などなく、可愛い子には旅をさせろ、ということで奉公に出した。今では、「忠孝」という言葉はほとんど死語になっているが、主人への「忠(義)」、親への「孝(行)」ということが大事だと言われていた頃のお噺で・・・という私なりに追加した内容もまくらで説明したところまでは良かったのだが・・・サゲにつながる肝腎な内容を飛ばしてしまった。
 それは、昔の奉公先の丁稚の仕事の中に、ランプ磨きなどのほかにネズミ取りがあって、ネズミを捕まえて交番に届けたら巡査が紙をくれて、それを郵便局に持って行けば一銭くれた。ペストだ、となれば二銭・・・だから、バイキン・・・五円、十円、十五円と当たる懸賞もあった、という地で説明すべき内容が、すっかり飛んだのだ。
 やはり、稽古不足は、否めない。
 もはや『子ほめ』に替えることもできない。
 腹を決めて、本当に“高い”高座で、頑張ろうと思ったのだった。
 亀に三年ぶりに会える喜びで熊さん夫婦が眠れずに、明日は亀に何を食べさせようか、どこへ連れてってやろうか、などどの会話は、それなりに出来たが、この場面で、地でネズミやペストのことは入れにくい。
 結局、湯屋から帰って亀が、父親の熊から財布の中の十五円について詰問され、それはネズミの懸賞で当たったものだ、と自ら説明風に語る、ということで筋書き的にはなんとか補完した次第。でも、これはまくらで仕込んでおかなきゃ。
 熊さんの科白、「ご主人を大事にしなよ・・・これも忠(チュウ)のおかげだ」、でさげたが、やはり仕込みが十分ではなかったから、唐突な印象を与えたのは間違いない。
 それでも皆律儀に拍手はしてくれたが、私としては、忸怩たる思いで舞台を降りた。
 『子ほめ』にするんだった・・・・・・などと思ったが、素人の余興、許していただこう。

 さて、気分を替えて夕食後は、オールディーズの生バンドのお店“K”へ。
 幹事のこの企画、大成功。
 東京や横浜にもあるようだが、初めて行った。
 一時間に一度のライブタイムを、結局三度楽しむことができ、大いに盛り上がった。
 懐かしの曲で、ほぼ全員が他のお客さんと同様、ステージ前に出て踊っていた。
 一番激しく踊っていたのは、あの先輩(^^)
 それにしても、バンドのレベルが高かった。アメリカの60年代、70年代ポップスなどに加え、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」など、ギターはドン・フェルダーばりに聴かせる。また、オリジナルはサム・クックの曲で、映画「刑事ジョン・ブック 目撃者」でお馴染み「Wonderful World」なども見事だった。エルビス・プレスリーの「Can't Help Falling In Love」では、還暦の男女同志でチークダンス!
 私が知っている曲が多く、歌いっぱなしで、翌日は、声が嗄れていた(^^)

 二次会に満足して十二時過ぎに旅館に戻り、本来は十二時までの入浴なのだが、旅館の方のご厚意でお風呂に入ることもでき、広い男六人が寝る部屋に全員集合しての三次会。結局二時過ぎまで続いたかな。
 懐かしい話題などで盛り上がったし、やや酔いも回ってきていることに加え、年甲斐もなく二時間余り汗をかいて騒いだ後なので、とても一席務めることはできそうになく、小咄を三つほどご披露した。

 数名から、『藪入り』より小咄の方が良かった、の感想には、果たして喜んでいいのかどうか(^^)
 来年の幹事から、次は『天狗裁き』、などと言われているが、とてもとても。

 翌日曜日は、京都市内のお寺を訪ね、三十半ばで亡くなった同期のお墓詣り。
 実は、十年ほど前この同期会が始まったのは、彼女のお墓詣りが主目的でもあった。
 帰り際、お寺の玄関に住職が挨拶に来られた。どこからかご覧になっていたのだろう、我々が誰のお墓詣りをしたかご存知で、ご家族の近況を聴くことができた。
 「こうやって、皆さんが来られて、さぞかしご本人も喜ばれているでしょう」の言葉に、少し目が潤んだ。
 こういうお寺で供養されている彼女は、幸せなのだと思う。

 その後、今回の幹事の地元である宇治まで行き平等院を見学。
 途中から一人が順番を取りに出かけ、甘味どころとして有名なお店Nに、一人ではまずしないことだが、一時間待ちで入った。「きつね茶そばセット」は、なかなか旨かった。最近はぜんざいなどの甘味も、結構好きになってきた。
 お店自慢の抹茶のシフォンケーキをお土産に買い、新幹線の時間も迫っていたため、皆に別れを告げて近くのJR宇治駅から京都駅へ。
 京都駅では、お決まりの漬物を買って、帰ったのであった。
 
 なんとも充実した、そして楽しい時間があっと言う間に過ぎた二日間。

 同期の皆は、それぞれ精一杯に生きている。
 介護で大変な人もいるし、子供の悩みが続く人もいる。
 私を含め会社員だった者も、さまざまな第二の人生を歩んでいる。
 京都で商売をしている来年の幹事は、後継者である息子さんや奥さんとの見解の相違などもあり、順調そうな見かけでは分からない苦労も多いようだ。
 
 月曜の今日、いまだに、携帯には「楽しかった」「来年も、また」などのメールが飛び交っている。

 今になって、あらためて、学生時代に得た友人たちが貴重であることをしみじみ思う同期会だった。

 体育会だったので遠征費用などがかかり、仕送りで親にも苦労をかけた。
 部活動のオフシーズンには、いろんなアルバイトをして過ごした四年間。

 ゼミなどの授業での友人は出来なかったが、運動部での四年間で、貴重な友人を得ることができた。

 最初は一年おきだった同期会は、数年前から毎年開催になった。
 子育てが落ち着いた、ということもあるし、五十歳の声を聞くと、何かと昔を懐かしむようになるような気がする。
 早い話が、皆に、会いたいのだ(^^) 


 余興の落語は結局一席だった・・・さて、もう一席予定していた、新作とは何だったのか・・・・・・・。

 それは、今月末のテニス仲間との合宿で披露しょうか、などと思っているので、そのご報告までお待ちのほどを(誰も待っていないか^^)。

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Commented by saheizi-inokori at 2015-11-16 21:30
こういう話を読むと私も同期会に出た方がいいかな、とおもう、ちょっとだけ。
もっとも大学の同期会なんてあるのかどうかも知りませんが。
高校の同期会は必ず案内がきます。
Commented by kogotokoubei at 2015-11-17 08:43
>佐平次さんへ

勉強(ゼミなど)の関係ではなく、同じサークル活動の友人で、試合の遠征や合宿などで、文字通り「同じ釜の飯を食べた仲」、ということが、今も続く交流の背景だと思います。
たとえば、シーズン前の晩冬の御所でのトレーニングの締めくくりは、御所から三千院への往復マラソンでした。同期の仲間が途中で走れなくなるのを励ましたり、逆に励まされたり。
そういった心身ともに限界に近い状況で、お互いの生身同志の付き合いをした仲間です。
四年間にわたり、実に濃い関係を作ってきたので、会えば、すぐに四十年前に戻ってしまいます。
何物にも替えられない財産だと思います。
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by kogotokoubei | 2015-11-16 12:51 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛