噺の話

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露の新治『中村仲蔵』から思う「伝承」のこと、など。

 先月26日の人形町らくだ亭に関する記事で、露の新治の『中村仲蔵』は正蔵(もちろん八代目)の型を踏まえていると書いた。

 「露の新治」ホームページの過去の落語会の記事で確認できたが、この噺は、師匠露の五郎兵衛が正蔵から稽古をつけてもらったらしいので、当たり前と言えば当たり前。
「露の新治」ホームページの該当ページ

 とはいえ、少し、正蔵版とは違った箇所もあった。
 噺家さんなりに脚色や演出するのは当然で、まったく同じにはならないし、どこに個性を彩るかが見所、聴き所でもある。

 新治は、仲蔵が五段目斧定九郎役をしくじった、と勘違いして上方に行こうと決めて家を出たものの、つい足が中村座の方に向かってしまい、そこで、小屋から出てきた客が仲蔵を褒める言葉を耳にしてしまう、という設定。
 正蔵は、上方へ行く道すがらの魚河岸で、芝居を観てきた河岸の人たちの会話で、自分を褒める言葉を耳にする、という設定。

 私は先日の記事で、この設定の違いは大勢に影響がなく、大事なのは、「たった一人」でも褒めてくれる人がいたことを仲蔵が知ること、と書いた。

 「たった一人~」については、正蔵自身も大事な科白であると語っている。

 昨年、雲助のこの噺を聴いた後で、暉峻康隆『落語藝談』から著者と正蔵との対談を引用して記事を書いた。
2014年7月8日のブログ


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暉峻康隆『落語藝談』(小学館ライブラリー)

 昨年の記事と重複するが、正蔵の仲蔵のルーツの部分から、再度ご紹介したい。

正蔵 「中村仲蔵」は、あたしがどこで聞いたんですか、若いうちですが、天野雉彦先生という童話作家の大家がいましてね、あの方が徳川夢声さんのおじさんなんですってね。
暉峻 ああ、そうですか。
正蔵 その方が、「中村仲蔵」をやったのをどこで聞いたんだか、場所も年代も覚えちゃいませんのですが、聞きましてね、これはいい咄だなとおっしゃったんですね。それから、あたくしは、はなし家になって何十年かたってから、「仲蔵」をやってみたいと思ったんです。
 で、あたくしの「仲蔵」は、あらかたは根岸の文治さんなんです、先代の(八代目文治)。
あの方の「仲蔵」をやるんですが、「仲蔵」のはご案内のとおり、二通りありましてね。一つは「手前味噌」(三代目中村仲蔵の随筆)に頼ってるほうの「仲蔵」なんです。片っ方は先代小円朝さんなんかの演っていたような、夜逃げをしようってんで、道具屋がきているところへ迎えがくるわけですわね、道具の競り市の最中へ。文治さんのは偶然にも「手前味噌」のほうの「仲蔵」なんです。それですから、覚えはいいし、自分の好きなほうですから、そこでいっぺん聞いたんですが、すっかり覚えちまいました。
 文治師匠に小山内薫先生がおっしゃったんです。「柳島の妙見様へ取って返しておみくじをもらったらば、天地人の人人人てえのが授かった」んです。で、仲蔵が決心するわけですね。「手前味噌」と変わっているのは、百姓してる兄弟ところへ相談に行かないんですよ。自分独断でみんな呼んで、そこで決心のほぞを固めちまうわけなんです。そんなところは、咄のほうは簡略なんですけれども。
「仲蔵」の替え紋が、源氏模様の「人」という字が三つついているんですね。ですから、小山内先生の言われたのが事実なんですね。で、あたしは「仲蔵」好きなんですな。「仲蔵」でいちばん好きなのはね、仲蔵がまったくやりそこなったと思って、江戸をあとにするわけでしょう。それで魚河岸のなかを通ると、年寄りと若い者が会話をしていて、中村座の噂になって、
「中村仲蔵の定九郎、よかったよ!」
 という話を仲蔵が聞きましてね。
「ああ、ありがたい!広い世間にたった一人だけ、おれの芸をいいと言ってくだすった方がいる。この人の言ったことを女房に聞かせて、これを置き土産に江戸をたとう」
 というんで、自分の家へ帰ってくると。それで中村伝九郎のところからのお使者とぶつかるんですがね、あすこんところがあたしはいちばん好きで、「広い世間にたった一人・・・・・・」って、あたしどもの境遇では、それが真実ですからね。
暉峻 人ごとならず身にしみる・・・・・・。
正蔵 ええ。それと、このごろ「仲蔵」をやっていましてね、仲蔵が舞台でほめられないんで、これは失敗したと思いますね。と、たいていの芸人なら、そこで芸を投げるわけだが、「失敗をしたこの芸は江戸できょう限りだ。これが舞台の踏み納めだ」と、いっそ力を入れましょう、ね。あそこのところが仲蔵のえらさだと、そういうところを強調したいんです。
暉峻 そうですね。咄をする人の気持が、どこかで出てこなきゃいけないわけですね。はなし家自身の身にしみた気持をどこかに出していくということですかね。
正蔵 ええ。


 この「広い世間にたった一人でも褒めてくれる人がいれば、それでいい」というのが「真実」と言う正蔵の言葉は、芸人さんにとって重いのではなかろうか。

 無理に多くの笑いや拍手を求めない、自分の芸を精一杯演じて、一人でも分かってくれれば、それでいい。
 こういった心境には、なかなかなれないものだろう。

 また、正蔵がそういった境地になるまでに、どれほど厳しい客席の空気を感じる高座を体験しただろうか、と思う。

 そして、根岸の文治->正蔵という流れを、露の五郎兵衛が上方までつなぎ、今日、新治で聴くことができるのは、実に有難いことだ。

 こういった芸の伝承があってこそ、今日の落語が生命を保っている。

 三代目小さんや三代目円馬などが多くの上方の噺を東京に移してくれたからこそ、東京落語のネタが増えた。

 五郎兵衛は逆に江戸落語の代表作を上方に移してくれたので、弟子が継承することができた。

 そんなことを思いながら、先日のNHK新人落語大賞の柳亭小痴楽の高座に関する柳家権太楼の講評と審査結果のことを連想した。

 権太楼は小痴楽の高座が、彼の父、気っ風の良い啖呵で評価の高かった五代目柳亭痴楽に似ていると語っていた。
 これは、血の伝承、と言えるだろう。

 ちなみに、権太楼は、小痴楽が演じた『真田小僧』の金坊が、「十銭“分”だけ話す」と言うと噺がふくらんでいかない、という貴重な助言を与えた。
 まさにこれこそプロだから言えることであり、隣に座っていた文珍とは好対照な講評だった。
 そして、権太楼は、審査結果として小痴楽のみ満点の10点をつけた。

 これまた、権太楼から小痴楽への、一つの伝承の形ではなかろうか。

 今回は落語協会からの出場者はいなかったが、私は権太楼が十分に落語協会の代表として番組での存在感を示した、と思う。
 他の審査員とは一線を画していた。実際にはもっと他の出場者の高座についても、いろいろ講評したのだろうが、番組ではほとんどカットしたようなのが、残念。
 上方から東京へ、父から子へ、師匠から弟子へ、あるいは、先輩噺家から若手へ・・・伝承にもさまざまな形があるなぁ、と思う。

 露の新治には、二人会をよく開く柳家さん喬から稽古してもらったネタも増えているようだ。こういった交流は、実に結構だと思う。

 そして、小痴楽は、最近、父が十八番としていたネタを意識して演じているようだ。これまた、結構なことだろう。

 前者が「空間」をつなぐ伝承なら、後者は「時間」をつなぐものだろう。

 東京(正蔵)から上方(五郎兵衛)へ、そして師匠(五郎兵衛)から弟子(新治)へと空間と時間をつなぎ伝承されてきたのが、露の新治の『中村仲蔵』と言えるのだろう。

 「伝承」は、スポーツにだってあてはまる重要なことだ。

 たとえば、ラグビー日本代表チーム。

 ヘッドコーチだったエディー・ジョーンズが去ってからも、いかに、彼が植え付けようとした精神や練習を正しく伝承し、さらに発展していけるかが、2019年の日本開催ワールドカップの成績を左右する。

 今回の準決勝や決勝戦を見れば明らかだが、世界のトップチームに比べれば、まだまだ課題は多い。

 また、これまでのジャパンを支えてきたベテランの数名は2019年にはフィールドにいない。
 イングランド大会を経験した中堅選手がリードし、いかに若手を育てるかが大きな課題となる。

 メディアは、やたら五郎丸の個性的なルーチンのポーズやオーストラリアのスーパーリーグ入りなどを取り上げるが、日本代表の問題点や課題についてふれるメディアが、なんと少ないことか。

 2019年にベスト8に入るのは、生易しいことではない。

 なぜ、スコットランドに負けたのか・・・・・・。

 日程的な厳しさはあったとはいえ、他の強豪国も似たような日程をこなしていたのだ。

 ニュージーランドのバックローの強さやウィングのスピード力、オーストラリアのディフェンス力などを手本に、さらに一人一人の力とチーム力の両方を磨いていかなければならないだろう。

 アルゼンチンの変貌ぶりを見習う必要もあるだろう。
 
 また、イングランド大会の結果から、次の大会における各国の日本チームへの見方や戦い方も、変わってくるだろう。
 予選リーグを勝ち抜くには、今大会で得た経験と反省を元に、より一層たくましいチームに成長する必要があり、それは、「伝承」と「発展」にかかっていると思う。

 芸能もスポーツも、過去に歴史があり人がいる。
 そして、現在から未来にかけて、新たな人と歴史がつくられていく、ということかと思う。

 新治の『中村仲蔵』から、やや拡散しすぎかもしれないが、芸や技能、そして精神の伝承ということの重要性は、落語などの芸能とスポーツに共通しているはずだ。

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by kogotokoubei | 2015-11-05 21:45 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛