噺の話

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『業平文治漂流奇談』(1)-志ん生、原作、『円朝ざんまい』などより。


 九月に行われる、むかし家今松の独演会(国立演芸場)で、『へっつい幽霊』とともに、『業平文治漂流奇談』がネタ出しされている。

 一昨年、今松や雲助が同じような時期に『名人長二』を演じることを知って、拙ブログで、四回に分けてあの噺について書いた。ご興味のある方は、ご覧のほどを。
2013年8月27日のブログ
2013年8月28日のブログ
2013年9月2日のブログ
2013年9月3日のブログ

 2013年11月の今松独演会について書いた記事は、こちら。
2013年11月7日のブログ

 今回は、三回くらいにまとめてみようと思う。
 なお、九月の今松の独演会には、あえて筋書きを知らずに行きたい、という方は、ここから先は独演会の後にご覧のほどを。


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古今亭志ん生_業平文治漂流奇談

まず、音源として貴重なのがキングから発売されている、‘昭和の名人~古典落語名演集’『五代目古今亭志ん生(十二)』だ。
 このCDに入っている保田武宏さんの解説から引用。
 三遊亭圓朝作の長編人情噺の抜き読みである。原題は「業平文治漂流奇談」といい、明治十八年に速記本が刊行された。しかし、この速記には「漂流奇談」といっておきながら、漂流する部分がない。圓朝は最後の部分で「・・・・・・文治郎みずから名のって出て、徒罪を仰せつけられ、ついに小笠原島へ漂着いたし、七か年の間、無人島におりました、のち帰国のうえ、お町を連れて大伴蟠竜軒を討ち、舅の無念を晴らすという、文治郎漂流奇談のお話も楽でございます」と語っている。「楽」は千秋楽のこと。これで終わっているということは、近く続編を発表する予定だったからだが、それを果たせなかった。
 この続きの部分は、弟子の二代目三遊亭圓橘が口演し、「時事新報」に速記を載せた。明治三十六年一月十三日から、二月二十六日までの四十五回で完結している。この一回は、圓朝の「業平文治漂流奇談」の一回より短い。文治郎が、大伴蟠竜軒屋敷での大量殺人の罪を引き受け、三宅島へ流される。まもなく許されて帰国し、蟠竜軒を討つために新潟へ行ったが、船が遭難して小笠原の無人島で暮らし、帰国してお町とともに、舅の仇蟠竜軒を討つという噺になっている。この速記も、「業平文治漂流奇談」とともに、角川書店版『圓朝全集』第三巻に収録されている。
 今回使用した志ん生の音は、NHKラジオ昭和三十二年七月二十二日から二十六日まで、十五分番組で五回連続で放送されたものである。以前キングからLPレコードで発売されたときは、五席を一席につなぎ合わせたものだったが、今回原型に復元した。志ん生は東横落語会でも二回やっているが、音は残っていない。
 志ん生と同世代では、八代目林家正蔵がやっていたが、これも音が残っていないのは残念だ。
 ということで、音源としては、この志ん生のNHKラジオ版しか残っていない(はず)。
 この後、保田さんは、志ん生は圓朝原作の一席目、二席目と六、七席目の一部分を演じており、これは全十七席のうちのほんの一部分に過ぎないが、このネタを演じるには登場人物が複雑なままでは聞く者も理解できないので、単純化する必要が大いにある、と説明している。
 弟子の圓橘が、時事新報に書いた内容は『後の業平文治』と題されている。

 今松が、この大作をどうまとめてくれるのか楽しみだが、志ん生の音源が土台になるのは間違いないだろう。

 志ん生の音源の①から⑤では、二つの噺が語られている。

 どんな噺なのか、概要を知るにはうってつけの本がある。

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森まゆみ著『円朝ざんまい』(文春文庫)

 『名人長二』でもお世話になったが、やはり、森まゆみさんの『円朝ざんまい』が頼りになる。
 第十章のこの噺の副題が「きわめつき、すっきりしたいい男」となっている。
 ちなみに、『名人長二』の副題は「江戸屈指の男ぶり」だった。 

 本書の冒頭部分から、主人公文治とは、どんな男なのかを紹介したい。

 円朝を読む楽しみは、江戸前のすっきりしたいい男が出てくることである。きわめつきが、『業平文治漂流奇談』。明治十八年(1885)、若林玵蔵の速記法研究会から発刊されたが、これは、「侠客業平格子」という題で高座にかかっている。

    文治は年廿四歳で男の好(よろ)しいことは役者で申さば
    左団次と宗十郎を一緒にして、訥升(とつしょう)の品があって、
    可愛いらしい処が家橘と小団冶で、我童兄弟と福助の愛敬を
    衣に振り掛けて、気の利いた所が菊五郎で、確(しっか)りした
    処が団十郎で、その上芝翫の物覚えのよいときてゐるから実に
    申し分ございません。

 さぞかし江戸の町娘をキャアキャアいわせたでしょうねェ。業平文治、頃は安永年中(1772~80)、本所業平村にいた侠客、父は下谷御成街道の堀丹波守様の御家来で三百八十石頂戴した浪島文吾、仔細あって親諸共に浪人するが、本所業平に田地を買い裕福に暮らす。父亡きあとは母に孝行をつくし、剣術は真影流の極意をきわめ、力は七人力。悪人は懲らし、困っている人には恵んでやり、弱きを助け強きを挫くを地でいく。もちろん、

  名にしおはばいざ言問はむ都鳥
     わが思ふ人はありやなしやと


 という在原業平の歌を敷く。六歌仙の一人、業平もまた美男のきこえが高かったが、后に恋をして東下りを余儀なくされた。
 一貫した筋はなく、いってみれば「水戸黄門」か「必殺仕置人」か、次々と事件が起こっては文治が胸のすく活躍を見せる。

 補足すると、本名は浪島文治郎。あまりにいい男なので、業平文治が通称となった次第。
 この後、本書では五つの話の概要が紹介され、森さんと連れのぽん太さんは、この噺の舞台を巡っている。
 その五つの話は、次の通り。
  第一話 本所中の郷杉の湯の場
  第二話 天神の雪女郎
  第三話 柳橋芸者お村の話
  第四話 神田の勇亥太郎の話
  第五話 おあさ殺し

 志ん生の音源は、この中の第一話と第四話になる。
 15分づつの5回に分けて放送されたうち、一回目と二回目が「杉の湯」で、三回目から五回目が「亥太郎」。
 なお、音源は観客のいないスタジオで収録されたようで、拍手や笑いがない。
 また、毎回、文治のことを説明し、二回目からは前回の要約もするので、通しで演じる場合は、もっと短縮できるだろう。
 
 では、『円朝ざんまい』から、志ん生も演じている第一話について紹介。

 そのころ場末の湯屋は入れ込みで、小股が切れ上がった女が来るので、男たちは気になってしょうがない。

   左の方を見たいと思ふと右の頬ばかり洗って居りますゆゑ、片面
 (かたッつら)が垢で斑(ぶち)になってゐるお人があります。

 堺屋重兵衛という薬種屋(きぐすりや)の番頭九兵衛が、お尻をつねったりしてこの女にちょっかいをかける。女は悪党なので、得たりとばかり、もうもうたる湯煙の中、その手拭いをひったくって先に上がり、「私に悪戯をする奴があるよ。亭主もあるからそんな事をされては亭主に対して済みません。手拭いのない奴をここへ引きずり出しておくれ」
 この女は浮草のお浪といってまかなの国蔵の女房、お尻をつねるのは江戸では求愛のしるしだそうですが、このいたずらをいいがかりに、堺屋に掛け合って五十両ばかりゆすろうという魂胆。
 そこへ文治が登場する。
 「おいおい姉さん何だか悉(くわ)しい訳は知りませんが、成り替って私(わし)が詫びましょうから、勘弁してこの人を帰してください」
 と丁寧にわびるが、あんまりお浪が居丈高なので態度を変え、
 「これ、手前の亭主はお構い者で、聞けば商人や豪家へ入り、強請騙りをして衆人を苦しめるとは」
 とお浪をぶつ。

 ‘ぶつ’とあるが、文治は七人力である。原作も志ん生の音源でも二回ぶっており、七人力で二回、十四人力、と言っている。
 また、円朝の原作にはないが、文治に突き飛ばされたお浪はどぶに落ち、はい上がってきた時には、鼻から泥鰌が二匹ぶら下がっていた、という志ん生らしい創作がある。これでは、まるで『品川心中』の貸本屋の金蔵だ(^^)

 志ん生の音源の①は、お浪が家に帰ったが、夫の国蔵は帰っていなかった、というところまで。
 
 そして、音源の②において、冒頭で再び文治のことを手短に紹介し前回の要約をした後、お浪と国蔵との会話になる。事情をお浪に聞いた国蔵、文治から金をむしり取ろうと、お浪に膏薬を貼りまくって、文治の家へ。
 五十両よこせ、と迫るのだが、その後は、青空文庫の原作からご紹介。
青空文庫『業平文治漂流奇談』


「五十両でいゝかえ」
「宜しゅうございます/\」
 と云うと文治は座を正して大声(たいせい)に、
「黙れ悪人、其の方(ほう)は此の文治を欺き五十両強請ろうとして参ったか、其の方は市中お構(かまい)の身の上で肩書のある悪人でありながら、夫婦連(づれ)にて此の近傍(かいわい)の堅気の商家(あきんど)へ立入り、強請騙りをして人を悩ます奴、何処(どこ)ぞで逢ったら懲(こら)してくれんと思っていた処、幸い昨夜其の方の女房に出会いしにより打殺そうと思ったが、お浪を助けて帰したは手前を此の家(うち)に引出さん為であるぞ、其の罠(わな)へ入って能くノメ/\と文治郎の宅へ来たな、さア五十両の金を騙り取ろうなどとは申そうようなき大悪人、兎(と)や角(かく)申さば立処(たちどころ)に拈(ひね)り潰して仕舞うぞ」
 と打(う)って変った文治郎の権幕(けんまく)は、肝に響いて、流石(さすが)の國藏も恟(びっく)り致しましたが、
「もし旦那え、それじゃア、からどうも弱い者いじめじゃアありませんか、私(わっち)の方で金をくれろと云ったわけじゃアありません、お前(めえ)さんの方で懇意ずくになって金を貸すと云うから借りようと云うのだが、又亭主に無沙汰(ぶさた)で人の女房を打(ぶ)って済みますかえ、其の上私(わっち)を打殺すと云やア面白い、さアお打ちなせえ、私(わっち)も國藏だア、打殺すと云うならお殺しなせえ」
「不届き至極な奴だ」
 と云いながら、突然(いきなり)國藏の胸(むな)ぐらを取って、奥座敷の小間へ引摺り込みましたが、此の跡はどう相成りましょうか、明晩申し上げます。

 ということで、十七話の最初を、ここを切れ場としている。

 さて、原作の第二話から、文治の啖呵をご紹介。

「やい國藏、汝(われ)は不届な奴である、これ能(よ)く承われ、手前(てめえ)も見た処は立派な男で、今盛りの年頃でありながら、心得違いをいたし、人の物を貪(むさぼ)り取り、強請騙りをして道に背き、それで良いものと思うか、官(かみ)の御法を破り兇状を持つ身の上なれば此の土地へ立廻る事はなるまい、然(しか)るに此の界隈で悪い事を働き、官の目に留れば重き処刑になる奴だに依(よ)って、官の手を待たずして此の文治郎が立所(たちどころ)に打殺(うちころ)すが、汝(われ)は親兄弟もあるだろうが、これ手前(てまえ)の親達(おやたち)は左様な悪人に産み付けはせまい、どうか良い心掛けにしたい、善人にしたいと丹誠(たんせい)して育てたろうが、汝(わりゃ)ア何か親はないかえ、汝(われ)は天下の御法を破り、強請騙りを致すのをよも善い事とは心得まいがな、手前のような奴は、何を申し聞かせても馬の耳に念仏同様で益(やく)に立たんから、死んで生れ替って今度は善人に成れ、汝(われ)は下駄屋職人だそうだが、下駄を削って生計(くらし)を立てゝも其の日/\に困り、どうか旦那食えないから助けて下さいと云って己(おれ)の処へ来れば米の一俵位は恵んでやる、然(しか)るを五十両強請(ゆすろ)うなどとは虫よりも悪い奴である、汝(われ)の親に成代(なりかわ)って意見をするから左様心得ろ、人間の形をしている手前だから親が腹を立てゝ打(ぶ)つ事があろう、其の代りに折檻(せっかん)してやる」
 と云いながら拳骨を固め急所を除(よ)けてコーンと打(ぶ)ちました。
「あゝ痛(いた)た」
「さア改心しなければ立所に打殺(ぶちころ)すぞ、どうだ」
「どうか助けて下さいまし」

 志ん生は、今度は文治が五度拳固で国蔵をぶった、五七で三十五人分、とクスグリを入れた。

  『円朝ざんまい』から引用。

尽くした説教に、
「そりゃァきっと善人になりやす」
 下駄職人として真面目に生きることを誓うと、文治は二十両を恵み、
「うっかり持って往(ゆ)くな、香典にやるのだ、手前の命の手付にやるのだからそう心得ろ」
 このセリフがニクいね。杉の湯のあった「中の郷」の地名は信用金庫の名に残っていた。

 原作では、この後、『円朝ざんまい』における「天神の雪女郎」に続き、志ん生の音源は「亥太郎」に替わるのだが、今回は、これにてお開き。

 この噺、昨年九月の人形町での雲助独演会、私は行けなかったが、「杉の湯」の場を「発端」として演じたようだ。
 また、もっと以前には、雲助が「杉の湯」を「上」、当代の馬生が「亥太郎」を「下」として演じたという記録もある。
 今松も、志ん生の音源を元に、「杉の湯」と「亥太郎」を演じるような気がするが、さて、どうするのか。

 これは、あくまで個人的な希望なのだが、「天神の雪女郎」を聴きたい。この場面、季節は合わないが、文治の女房となるお町が登場する。
 また、圓橘が演じた「後の業平文治」から、「漂流奇談」の題を重視し、漂流の場に挑戦するというのも一興だなぁ。

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Commented by 彗風月 at 2015-07-10 10:45 x
こんにちは。今松師の業平文治は気になりますね。
行かれますか?私も考えようかな。ちょうど先日
DMが届いたばかりです。
Commented by kogotokoubei at 2015-07-10 11:12
> 彗風月さんへ

行くつもりですが、まだ、都合がどうなるか未定のため、チケットは押さえておりません。
たぶん、やりくりできると思います。
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by kogotokoubei | 2015-07-08 21:11 | 落語のネタ | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛