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大岡昇平の50年前の主張-『証言その時々』より。


 政治がらみのことは、兄弟ブログ「幸兵衛の小言」として分けたのだが、今の状況において、どうしても紹介したい本なので、ご容赦をいただきたい。

 昨日の国会前デモに、瀬戸内寂聴さんが駆けつけてくれた姿は、私を含め多くの人の心に深く伝わるものがあったように思う。

 瀬戸内さんは大正11(1922)年生まれ。私の父と同じ、犬年生まれだ。

 瀬戸内さんより、ほぼ一回り上の明治42(1909)年生まれの作家、大岡昇平の本から紹介したい。

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大岡昇平『証言その時々』(講談社学術文庫)

 『証言その時々』は、昭和62(1987)年に筑摩書房から単行本が発行され、昨年、講談社学術文庫から再刊された。
 さまざまな本、雑誌などに掲載された大岡昇平の文章を集めたもの。

 その中から、昭和40(1965)年の『潮』8月号に掲載された文章を引用する。



二十年後                          
                               『潮』1965年8月号

 二十年前の八月十五日夜、私はレイテ島の俘虜収容所にいた。仲間といっしょに私は少しばかり泣いたが、祖国の将来について絶望していなかった。一度失われた艦隊は再建出来ない。日本はもう一等国とか、極東の覇者とかになることはあるまい。同時に明治初年以来の、極東を侵略する富国強兵政策は捨てなければなるまい。
 われわれはとても小さくなるだろうが、そのために罪悪感から免がれることが出来るだろう。文化的にも小さくなるだろうが、片隅の幸福を享受することが出来るだろう、というようなことを考えた。
 再建にかかる時間はまず十年だろう、というようなことを、俘虜の友人と話し合った。
 十年経った。アメリカとの単独講和を結んだが、アメリカの軍隊はまだ日本領土にいて、日本の主権は三分の二ぐらいしか返っていない感じだった。トランジスターラジオと造船によって、祖国は繁栄の道を歩み、朝鮮、ベトナムで、アメリカが生み出している戦争状態に協力していた。週刊誌は性的に無軌道な若い世代を謳歌していた。
 二十年経った。政府はアメリカと軍事同盟を結び、ベトナムにおける同盟国の拡大戦争の冒険に加わろうとしている。これは道義的不正であるだけでなく、祖国を核攻撃を受けるリスクにさらす危険な政策である。
 昭和二十年、私は歩兵一等兵続いて俘虜であった。それまではフランス文学の翻訳家にすぎなかった。戦後私は作家になった。そしてジャーナリズムの習慣により、こんな政治的な文章を書いている。
 しかし私は一人の日本人として、日本の将来について心配している、私自身と家族の安全と幸福を願っている。アメリカと手を切れば、真空状態が生じ、共産主義に侵される、とアメリカを礼賛する者はいう。しかしそれは不確な将来に属することにすぎない。戦後アメリカの支配を脱したという理由によって、悲惨に陥った国の例はない。
 ところが現にアメリカの従属国に甘んじることにより、重大な危険が生じているのである。従って少なくともアメリカがアジアで起した戦争に参加しないと宣言することは、さし迫った不孝を避ける唯一の道ではないか。
 私は二十年前、一兵卒として南方に送られ、戦争の惨禍を多少経験した。その経験を語ったこともある。現在作家として、アメリカに追随することによって生じた一時的繁栄の恩恵を受けている。しかし現に私と同じ国に生れ、同じ皮膚と眼の色を持った若い同胞が、同じ恩恵を受けることにより危険な戦場送られるのを見ていられない。
 二十年前、私は祖国がこういう事態に追い込まれようとは思いも及ばなかった。痛憤極りないといえば大袈裟であるが、幸い意見を述べる機会があるから、黙っていないのである。

 読んでいて、とても、五十年前に書かれた文章とは思えないのだ。

 昭和40(1965)年には、次のようなことが起った年だ。
 
  2月 7日 アメリカ軍による北ベトナム爆撃(北爆)開始
  2月21日 アメリカの黒人運動指導者マルコムXが暗殺される
  4月24日 小田実らが「北ベトナムに平和を市民・文化団体連合」(ベ平連)
       を結成

 たしかに、歴史的に大きな節目の年であったが、では、平成27年はどうなのか。

 ‘アメリカの従属国に甘んじることにより、重大な危険が生じているのである。従って少なくともアメリカがアジアで起した戦争に参加しないと宣言することは、さし迫った不孝を避ける唯一の道ではないか’ という主張は、北爆のことを非難しているのだが、50年前のこの主張は、今でも通用する。
 
 戦争法案が通ってしまえば、‘アメリカがアジアで起した戦争’に参加する危険性が増えることいは言うまでももない。
 いや、戦争法案の成立は、起きなくてもよいアジアの戦争を引き起こしかねない。

 大岡昇平は、終戦を俘虜収容所で迎えた時、‘われわれはとても小さくなるだろうが、そのために罪悪感から免がれることが出来るだろう。文化的にも小さくなるだろうが、片隅の幸福を享受することが出来るだろう’と考えた。
 残念ながら、‘小さい’ながらも、罪悪感のない、片隅の幸福を享受する道を、日本は選ばなかった。
 戦後の日本の歴史を大雑把に言うなら、武力ではなく経済の大国となることを、アメリカを教師として突っ走ってきた70年、と言えるかもしれない。
 そして、現在、今後の十年、二十年につながる岐路に立っている。
 今度は、ふたたび、武力で大国を目指す、完全な‘逆コース’が選択肢となっている。

 アメリカは、もはや教師ではなく、‘反面教師’なのだ。
 もう、大きくなることも、アメリカに追従することも、きっぱりやめる時だ。

 今が、正念場であることを、多くの方が認識している。
 行動する若者も現れている。
 まだまだ、捨てたもんじゃないよ、この国は。

 デモなどの直接行動には、なかなか参加できないが、ちっぽけなブログでも、できることを模索したい。

 戦争体験者によって語られてきたさまざまな言葉を掘り起こすことも、その一つではなかろうか。

 戦争に巻き込まれては、とても落語どころではなくなる。

 落語などを含め芸能は、平和な生活があるからこそ、楽しめるのではなかろうか。

 マクラで政治ネタをする噺家さんも、昨今は増えてきた。それは、本来、落語が庶民の側、長屋の側にある芸能であるので、決して不思議ではない。
 
 落語に登場する言葉を使うなら、テレビのニュースに映る安部首相を含む閣僚の面々、まさに‘丸太ん棒’に見えてしょうがない。
 戦争をできる国にしようとしている人々であり、若者を戦場に送り込むことを厭わない野蛮人には、血も涙も流れちゃいない。


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by kogotokoubei | 2015-06-19 22:38 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛