噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

NHK「花燃ゆ」に、中谷正亮が登場しない不思議。

もう・・・四年、まだ・・・四年、人によっていろいろな感慨のある日だ。

 大震災と原発事故という歴史上の大事件を、決して風化してはいけないだろうし、その歴史を偽造してもいけない。

 そんなことを思っていたら、また、あの大河ドラマのことを思い出した。
 NHKの「花燃ゆ」については何度か書いてきた。
 だから、もう小言を書くこともないだろうと、自分では思っていた。

 しかし、せっかく大河のおかげで観光客が増えるであろう萩市の観光協会のサイトを見て、また書きたくなった。

 萩市観光協会公式サイトの「ぶらり萩あるき」の「文と萩物語」から引用したい。
萩市観光協会公式サイト「ぶらり萩あるき」
「ぶらり萩あるき」の該当ページ

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【第4回】 松陰の愛弟子 久坂玄瑞との結婚と死別
2014年11月14日 文と萩物語 ≫

 文と松陰が暮らす杉家に、安政3年(1856)6月、久坂玄瑞が姿を現します。そして、安政4年12月5日、松陰は愛弟子となった玄瑞と文を結婚させます。このとき文は15歳、玄瑞は18歳という若さでした。

■久坂玄瑞と兄 松陰の出会い
 玄瑞は、天保11年(1840)、藩医 久坂良迪の三男として、平安古(ひやこ)に生まれます。幼少期に吉松淳蔵(じゅんぞう)の私塾に学び、のちに藩校明倫館で学びます。母、兄、父を続けて亡くし、15歳で孤独の身となります。
 17歳で九州に遊学した際、熊本で宮部鼎蔵(ていぞう)から松陰の人となりを聞いたことがきっかけで、帰国後、松陰との三度にわたる手紙での応酬を経て入門。やがて松陰から「防長年少第一流の才気ある男」と絶賛され、塾生の中心人物へと成長します。

■玄瑞と文 若き2人の結婚
 杉家の側にある松下村塾で学んでいた玄瑞と文は、お互いをよく知っていたと思われます。
 玄瑞の才に惚れ込んだ松陰は、塾生の中谷正亮(なかたにしょうすけ)の推薦もあって、玄瑞と文との結婚を画策します。
 玄瑞が文の容姿を気に入らず乗り気ではなかったが、中谷に妻を顔で選ぶのかと諭され、しぶしぶ受け容れたという逸話も伝わっています。



 久坂玄瑞と文との結婚で重要な役割をする中谷正亮は、吉田松陰の二歳年上で、松陰にとって大事な先輩であり、心を通じた友人であった。江戸遊学の際にも一緒だったし、野山獄に幽閉された松陰を度々訪ねたとも言われる。

 また、久坂玄瑞や高杉晋作を松下村塾に誘ったのも中谷だとされている。

 小生獄に坐しても首を刎ねられても天地に恥じ申さねばそれにてよろしく候。

 野山獄から松陰が中谷正亮に送った書簡にある言葉である。
 この二人の親密さは、この書簡からも十分にうかがい知れる。松陰にとって中谷は、小田村伊之助と同じ位、いやそれ以上に親密な仲だったかもしれない。

 その中谷正亮は、NHK「花燃ゆ」に、今のところ登場していない・・・・・・。

 桂太郎の叔父であり、松下村塾の最年長の塾生でもあり、塾の存続には欠かせない人物、なにより杉文と玄瑞の仲をとりもった中田正亮を亡き者(?)としてはいけないだろう^^

 松下村塾に、優秀な塾生が集った功労者は中谷であり、杉文のおにぎりが魅力だったからではない^^

 杉家の長女千代、そして、松陰と松下村塾にとって不可欠な人物である中谷正亮が登場しないドラマを見た人が萩市を訪れて、その存在を初めて知ったら、きっと不思議に思うだろう。「えっ、NHKに出てなかったよね?」と。


 テレビドラマなので、映像作品として相応しい脚色は必要だ。
 しかし、史実をないがしろにしてはならないだろう。
 特に、吉田松陰という人物の光が強すぎて、そのハレーションに隠れてしまうような立ち位置にいる人物を忘れてはならないと思う。
 杉千代や中谷正亮は、吉田松陰や松下村塾に関して、実に重要な人物であるにもかかわらず、NHKが公共の電波を使って、その存在を亡き者にすることは、許されることではない。

 ノンフィクションの仮面をかぶった歴史捏造フィクション・ドラマから、時代劇や歴史ドラマを長らく愛してきた視聴者が去っていくのは、当たり前のことだ。
 
 「花燃ゆ」の関係者は、萩市のこのサイトの内容を読んで、どんな思いをしているのだろうか。
 「過ちては改むるに憚ること勿れ」という論語の言葉は、松下村塾の塾生ももちろん知っていただろう。
 相当収録は進んでいるので、今さら杉千代や中谷正亮を登場させるのは難しいのだろうが、できるものなら、史実に近い内容への改善努力をして欲しい。

 安政五年、久坂玄瑞と中谷正亮は、京都で攘夷派の公家、大原重徳(しげとみ)に会うのだが、その場面は割愛してしまうのか、それとも玄瑞だけで行かせるのだろうか。
 
 文を主役にするために嘘をつくことで、その後の展開で嘘に嘘を重ねるようなドラマにはして欲しくないものだ。たとえ10%の視聴率だって、結構たくさんの人が視ることになるのだから、その影響力は小さくはない。
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by kogotokoubei | 2015-03-11 06:40 | 歴史ドラマや時代劇 | Comments(0)

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by 小言幸兵衛