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歴史を抹殺する権力者-昭和19年の幻の地震などについて。

夜9時のNHKニュースで、戦争のさなかに情報が抹殺された昭和19年の東南海地震のことが紹介されていた。
 
 兄弟ブログ「幸兵衛の小言」に残っているが、平成11年の8月の記事で、この地震や昭和20年の三河地震の記録が見つかったという毎日新聞の記事を紹介したことがある。2011年8月13日のブログ

 すでに、毎日の記事はリンクが切れているので、引用した以前の記事を再度紹介したいと思う。その後の内容も平成11年8月の記事を土台にしている。なぜなら、戦争や震災などの真実は、権力者の都合によって抹殺されることもあるという状況に変わりはないからである。

 まず、戦争中に隠された地震の記録が発見されたという、毎日の記事。

「隠された」地震:昭和東南海地震と三河地震の詳細記録
2011年8月13日 15時0分

 太平洋戦争末期に近畿・中部地方に大きな被害をもたらした昭和東南海地震(1944年12月7日)と三河地震(45年1月13日)の詳細な被災状況が、「帝国議会衆議院秘密会議事速記録集」に記載されていることが分かった。二つの地震は、報道管制によって「現存する資料がほとんどない隠された地震」とされており、速記録集を入手した兵庫県立大学の木村玲欧准教授(防災教育学)は「被害の全体像を把握できる唯一の資料ではないか」と評価している。

 45年2月9日に開かれた決算委員会秘密会で、木村准教授は政府関係者から速記録集を入手した。

 それによると、政務次官に次ぐ内務参与官が2地震の被害状況を報告。東南海地震の規模を「関東大震災より大きい」とし、静岡、愛知、三重、和歌山など2府14県で死者977人、負傷者1917人があったと明かした。橋梁(きょうりょう)172カ所、道路773カ所、堤防351カ所の損壊に加え、工場全壊1731棟、同半壊1281棟、流失81棟があったと報告。「重要軍需工場の被害が非常に多い」と懸念を示した。

 三河地震については死者2652人と報告。未明の発生で「人的被害が非常に大きかった」とした。

 報道管制のため、当時の大手新聞は昭和東南海地震を最終面などで小さく報じただけで、12月8日の太平洋戦争開戦記念日の記事を大々的に掲載した。被害を小さく見せて国民の戦意喪失を回避し、敵国への情報漏えいを防ぐ狙いがあったとみられる。

 木村准教授は「被害実態が公表されず、各県は適切な対応ができなかったのではないか。関東大震災と違って各地からの義援金も全く集まらず、結果的に被害の拡大を招いたと思う」と指摘している。

 2地震の被害について、これまでの研究では各地に残された記録などを集計し、東南海地震(マグニチュード7.9)の死者・行方不明者は計1223人、三河地震(同6.8)は死者2306人とされている。【山下貴史】



“報道管制のため、当時の大手新聞は昭和東南海地震を最終面などで小さく報じただけで、12月8日の太平洋戦争開戦記念日の記事を大々的に掲載した。被害を小さく見せて国民の戦意喪失を回避し、敵国への情報漏えいを防ぐ狙いがあったとみられる”という状況を、過去のこととして見過ごすことができないのが、現在の状況じゃないかと思う。
 選挙前に、安倍政権はテレビに対して“恫喝”に近いメッセージを送っている。自分達の都合で真実を抹殺しようという権力者の姿勢は、現在も“大本営”時代と基本的に同じだと、私は思う。

 三年余り前に記事を書いた頃に見たテレビ番組で、三河地域の軍需工場に勤労学徒(学生、ではない)として動員された方が、三河地震で工場が倒壊し、多くの小学生が圧死したという辛い過去を回想している場面を見た。軍需工場の被害を敵国に知らせてはならない、という理由から、そういった記録も隠された。戦争の怖さは、こういうところにもある。 

 “国策”であった戦争、そしてこれまでの原発政策。都合の悪い情報が隠匿されることは共通している。しかし、戦争には国家としての“勝ち負け”が背景にある。原発は、あくまで原子力村の利害しか背景には見えない。
 昭和東南海地震と三河地震のことが、もっと早く明るみに出ることで、もしかするとこの度の大震災への備えが強化された可能性だってある。情報は隠すものではなく明るみに出して生かすことが優先すべき時代のはずだ。

 以前の記事を書いた頃のTBS「報道特集」で、ベトナム戦争中に沖縄の米軍基地で「核兵器」の訓練が行われていて、海兵隊員が被曝していた事実が、本人へのインタビューやアメリカの公文書による裏づけなどで明らかにされていた。
TBSサイト「報道特集」の該当ページ
 「核抜き、本土なみ」という、歌の文句のようなスローガンがさかんに言われていたあの時、こういった事実を暴露するメディアは皆無だったし、当時そういったメディアの動きには、国から大きな圧力もあっただろう。

 3.11以降、数多くの事実が未だに隠匿されているはずだ。それらの情報が、また数十年後にしか明らかにならないのであれば、この国の未来が明るいとは言えないだろう。

 そして、3.11から三年以上を経過した日本は、また同じ歴史の過ちを繰り返そうとしているように思えてならない。原発は、あらためて“国策”に戻ろうとしている。
 大手新聞やテレビの状況を考えると悲観的にならざるを得ないが、心あるジャーナリストと草の根の活動、ネットメディアとの連携などによって、大事な歴史が抹殺されないよう一人一人が心すべき時代なのだと思う。

 「昭和19年 幻の地震」などと検索して、拙ブログの記事によって真実を知る方が一人でも増えるのなら、それも悪くないと思っている。本当は、大手メディアの詳細な情報ページがアクセスできるべきだと思うのだが、新聞社の記事のリンク切れは早く、また権力者に都合の悪い情報ほど、ネットからの退却が早いような気がしてならない。
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by kogotokoubei | 2014-12-05 21:56 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

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