噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

なぜ、日本人はお盆にお墓参りをするのか、など。

私のお盆休みは、記事でも書いたように、連れ合いの実家である越後の長岡で過ごした。その実家のすぐ近くが寺であり墓地がある。そこに、彼女の母親の生家の墓がある。
 私たちの結婚披露宴には、その墓で眠るお婆ちゃんも叔父さんも参列してくれた。十三日には蝋燭と線香を持って墓参り。気持ちとしては、同時に私の先祖へのお参りもする。とは言っても、父方の祖父も祖母も記憶にはない。母方の祖母には可愛がってもらった。夏休みに帰って大学に戻る際、お婆ちゃんが千円札と一万円札を間違えて五万円のお小遣いをくれたことがあった。後で母から下宿に電話があり、間違えたけどあげるとお婆ちゃんが言っていたので大事に使え、と言われ、嬉しかった。そのお婆ちゃんの最後は母がわが家に引き取って看取った。だから、お婆ちゃんの冥福も祈った。

 連れ合いも私もお互いの両親が、いろいろと大小の病気はありながらも、健在なのが何よりだ。

 都合で十五日には帰宅することになり、関越自動車道の渋滞に、見事にはまった。ただし、行きには渋滞していた圏央道は帰りは空いていたのは助かった。
 
 ここで、素朴な疑問。
 なぜ、私も含む日本人は、渋滞にもめげず(?)お盆の墓参りをするのだろう・・・・・・。

 会社に中国生まれの社員がいるので、たまに中国の風習のことなどを聞くことがある。

 日本のように中国ではお盆に休みをとったりお墓参りをする風習はないらしい。
 中国では、二十四節気の清明に「清明節」として、お墓詣りをする。旧暦では二月下旬から三月、新暦では四月初旬だ。法定の休日である。七月や八月にお墓参りする風習は、中国にはないようだ。ただし、台湾や河南地方には、道教の「中元」という風習が旧暦七月十五日にあるらしいので、そういった風習も日本に影響したのだろう。

 なお、清明の風習は沖縄には残っていて、「シーミー」と言い、親戚一同で集まるらしい。昨年の清明の日に書いたので、ご興味のある方はご覧のほどを。2013年4月4日のブログ

 なぜ、沖縄以外の日本では、八月の「お盆」にお墓参りなのか・・・・・・。

 最近、日本人と宗教について不勉強だったので、本を何冊か読んでいる。

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『日本の神々と仏』(岩井宏實監修)
 
 そんな中の一冊が、『日本の神々と仏』である。青春出版社の新書で、副題は「信仰の起源と系譜をたどる宗教民俗学」となっている。

 神社と寺の共存の歴史的背景など、日本人と宗教に関する入門書的な内容で、私は結構勉強になった。

 この本で「お盆」について、次のように解説がある。

・お盆 七月十三日~十六日、または八月十三日~十六日
 盂蘭盆の略である。日本で一番古くに行なわれたお盆は、西暦六五七年の七月十三日から十五日までの三日間、飛鳥寺においてであるという。
 盂蘭盆とは、サンスクリット語のウランバーナが語源といわれている。「逆さまに吊り下げられた」という意味だ。
 釈迦の弟子の目連の母が地獄に落ちたとき、彼女は逆さ吊りにされて飢えと渇きにもがき苦しみ、目連はその苦しみを救うため、七月十三日に供養したといわれ、これが盂蘭盆の起源であるという。
 このように飢えた先祖への供養であるから、お盆には食べ物を豊富に用意する。盆棚という棚には、位牌のほかに水鉢、野菜、果物を供える。素麺や白玉団子、氷菓子などもそえる。キュウリやナスに麻幹(おがら)をさして馬や牛を作るのは、馬は精霊の乗り物であり、牛は荷物を運ぶからだ。
 日本には、仏教とは別系統で現在の八月半ばに一族が集い、収穫物を祖先に捧げる先祖祭りの風習があった。その習わしが仏教の盂蘭盆と習合し、現在のお盆ができあがったようだ。
 先祖の霊は、灯りを頼りに家に戻ってくるという、そこで十三日の夜には庭先で麻幹で火を焚く。迎え火である。仏壇や精霊棚の前には盆提灯や盆灯籠を灯す。そして十六日には、祖先の霊が帰っていくので、また火を焚く。これを送り火という。

 
 収穫物を祖先に捧げる先祖祭りは、神道の“自然信仰”を背景にしていると思われるので、“お盆”は、まさに日本的な神仏習合の産物なのだろう。

 八百万の神を信仰する神道の国であった日本に大陸から仏教が伝わったのは六世紀頃のことらしい。この仏教が生き残るためにも、神仏習合が進む。

 そして、日本で仏教が生活に密着する契機は、江戸時代の檀家制度である。同書では次のように書かれている。

 檀家制度とは、どの家も必ずどこかの寺の檀家になるという制度である。すべての家に所属する宗派や寺を決めさせ、寺が転居や結婚、就職や旅行のときの身分証明となる「寺請け証文」を発行した。つまり、お寺の証文がなければ、個人は社会生活を営めないしくみになっていたのである。
 この制度が生まれたのは江戸時代のはじめ、幕府は信仰心に篤いキリシタンの存在に悩まされ、「宗門改役」という役所を設置した。この役所を使って個人の宗派を管理して、キリスト教徒を根絶しようとした。そしてすべての人を寺に帰属させる檀家制度を進めたのだった。
 つまり日本の檀家制度の確立は、キリスト教禁止と表裏をなしているのである。



 葬式はもちろん、三回忌、七回忌、十三回忌・・・などの法要を檀家として菩提寺で行う風習が今も残っている。

 ちなみに、わが家では、かつて十七歳と十九歳で犬が亡くなった時に、それぞれ喪中ハガキを年賀状の代りに送り、三回忌、七回忌も行っている。家族なのである。

 檀家制度の歴史的背景を知ると、今の時代ではお寺を儲けさせるだけの旧弊ではないか、などと思わないでもない。
 江戸時代のように、キリスト教弾圧という目的もなく、旅行するための証文を必要ともしない現在、檀家制度の実態は希薄になり、儀式のみが残った。

 とはいえ、そういった儀式によって、心の平穏を得られることも事実だろう。それだけ江戸時代の檀家制度による風習が、今に至るまで日本人の心のあり様に奥深く残っているとも言える。

 そうなのだ。仏教と神仏習合による風習は、江戸時代の庶民の生活に深く根ざしていた。
 もちろん、「落語でブッダ」に関する記事でもご紹介したように、古典落語にも仏教は深く関係している。

 偶然にも、日本のお盆の期間は、あの敗戦の日と重なっている。お墓参りという風習によって、子供や孫が父母や祖父母と会い、世代を超えた会話の機会になり、祖先のことに思いを巡らし、そして、戦争のことを考えることにつながるのなら、このお盆の風習も悪いことではないように思う。

 それ相応の費用もかかるし、渋滞などの障害(?)も乗り越えているのだ。それぞれの田舎で、子供や孫が、良い意味でのカルチャーショックを体験する夏休みを過ごしてくれていたら、将来の日本の針路も、そんなに大きくぶれることもないように思うし、そうであることを期待したい。
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Commented by 佐平次 at 2014-08-19 10:03 x
夏休みに行ける田舎のある子供たちが少なくなってきました。
TPPなんかそれに拍車をかけそうです。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-08-19 11:34 x
田舎があっても、歴史のある町名がヘンテコな名に変ったり、都会と同じ郊外のチェーン店にばかりに人が集まって、駅前はシャッター通りになったり・・・・・・。
まだ、日本のお店ならましで、そのうち、アメリカン資本の店ばかりが日本全国を覆ってしまうかもしれません。
ファストフードの食材トラブルは、日本人への天からの警鐘ではないかと思っています。

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by kogotokoubei | 2014-08-18 06:14 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)

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