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『酢豆腐』にまつわる、いろいろ‐『榎本版 志ん朝落語』より。

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  『榎本版 志ん朝落語』(ぴあ)

 榎本滋民さんの『榎本版 志ん朝落語』は、雑誌『落語界』に連載した内容から十九作品を選んで書籍化したものである。
 この“十九”という数字が、なんとも切りが悪いのだが、それについては私はこう思う。十八番として十八に絞ると、私が何度か“古今亭十八番”の選出で苦労(勝手にしてるんだけどね^^)しているように、「あれがない!」とか、「これはどうした!」ということになる。
 要するに、古今亭にしても志ん朝にしても、十八には絞れないのだ。だから、「十八番ではないよ、たまたま選んだ作品で、他にもあるよ」というメッセージだと、思っている。
 しかし、この本は榎本さんが亡くなってから二年後の平成17(2005)年の発行なので、きっと編集者か発行人が、私のような発想で選んだのかと思う。
 いや、あとがきを書いた、山本文郎さんの考えだったかもしれない。
 その「あとがき」の冒頭部分をを少しだけご紹介。

あとがき                          山本文郎

 今から24年前のこと。ラジオのインタビュー番組で雑談中に「貴方が担当している深夜の落語番組は良いですね。とくに榎本さんとの対談がなんとも言えない雰囲気があって楽しいな。あの人の江戸時代の考証はたいしたものですよ」。
 作家の吉行淳之介さんに褒められたことがある。


 さすが分かる人には、分かるということだろう。このあと、山本さんは榎本さんと1972年から1999年まで、「落語特選会」で二十七年間お付き合いしたと振り返る。その山本さんも旅立った・・・・・・。

 さて、この本には『酢豆腐』も含まれていて、このネタについて、榎本さんならではの興味深い噺の背景が解き明かされている。「はなしの来歴」から、ご紹介。

「やかん」同様、題名が通語になっているほど知られたはなしである。宝暦三年(1753)版『軽口大平楽』所収の小ばなしあたりがもとになり、江戸で練り上げられた。
 明治・大正期の名人三代目小さんの弟子小はんの改変による演出が大阪に移植され、『ちりとてちん』の題名で伝わっている。
 『酢豆腐』は、廓遊びが過ぎて脳脊髄梅毒症にかかり、白内障で失明し、しまいには腰まで抜け、弟子に背負われて高座に上がったほどでありながら、陰惨な印象をいささかも与えず、素枯れた陽性な味わいをたのしませたという初代柳家小せん(大正八年没・三十六歳)が得意とし、八代目桂文楽(昭和四十六年・七十九歳)が洗練を加えて十八番としたほか、六代目三遊亭円生(昭和五十四年没・七十九歳)も小せん直伝のものを継承した。
『ちりとてちん』のほかに、豆腐を石鹸にした改作で、初代三遊亭円歌(昭和二年没・五十三歳)の『石鹸(シャボン)』と四代目橘家円蔵(大正十一年没・五十九歳)の『あくぬけ』があるが、おかしみの質は『酢豆腐』に遠く及ばない。
 文楽がこのはなしを自家薬籠中のものとする上には、若旦那のモデルにした人物があった。三代目三遊亭円橘(大正五年没・五十二歳)門下から二代目三遊亭小円朝(大正十二年没・六十七歳)門下に転じた落語家三遊亭円盛で、低い背を高く見せようと、晴れた日にも高下駄をはき、羽織にはりつけた紙の紋が雨ではがされないようにと、夏でもインバネス(とんび)をはおって細身のステッキをつき、頭には安物の髪油とハッカ水をべたべたとふりかけ、両手の指六本にメッキの指輪をはめていたという。
 言動ことごとく二枚目きどりで、なんとも鼻もちならず、いかが立ち泳ぎをしているようだというところから、いか立ちと呼ばれていた。いかの立ち泳ぎとは、いかにもまざまざと姿態が思い描ける形容で、噺家のあだ名のつけかたは全くうまい。


 このあと円生の若旦那のモデルはラシャ問屋の主人であったと書かれている。
 しかし、榎本さんは、彼らよりも、黄表紙・洒落本などの戯作文学作品で半可通ぶりを発揮する遊冶郎(ゆうやろう)が元々のモデルと考えられる、と流石の考証ぶり。

 ただし、文楽が“いか立ち”の円盛に若旦那に通じる姿を見たのも事実だろう。
 この円盛は、志ん生が二代目小円朝に入門する前、天狗連の頃の師匠として志ん生の経歴に名を残している。

 榎本さん、志ん朝の高座については、次のように評している。

 後段の若旦那のくだりは、まだ文楽との間に径庭があり、前段の一座のくだりは、なお円生に一籌を輸するとしても、中段の半公のくだりは、すでに志ん朝は両大先輩をしのいでいる。



 この部分を読んで、「さて、榎本さんが、先日の志ん輔の高座を聴いていたら、どんなことをおっしゃるだろうか」、などと考えてしまった。

 この本を読むと、私は「落語特選会」での榎本さん山本さんの会話を思い出す。

 山本さんの「あとがき」は次のように締めくくられている。

 志ん朝師匠。榎本滋民も山本文郎も貴方の大ファンでした。「文七元結」はもう最高!その二人とも先に逝くなんて、なんでなの?・・・・・・合掌。


 きっとあちらの方では、志ん朝を囲んで、榎本さんと山本さんが、落語談義で旨い酒を飲んでいることだろう。しかし、肴は「酢豆腐」、ではありえないな^^
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by kogotokoubei | 2014-08-12 10:27 | 落語のネタ | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛