噺の話

kogotokoub.exblog.jp

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

柳家小満んの会 関内ホール(小ホール) 7月17日

柳家小満んが、横浜は関内ホール、東京はお江戸日本橋亭で定期的に独演会を開いていることは、以前から知っていたのだが、これまではなぜか縁がなかった。ようやく、横浜の会に行くことができた。 通算123回目らしい。

 六時半開演には少し間に合わなかった。地下の小ホールの受付には、奥様らしき方ともうお一人の女性がいらっしゃって、木戸銭二千円と引き換えに、チケットと一緒に、“可愛い~”と表現したくなるようなプログラム-ネタとトリネタに因んだ川柳、そして次回予定が書かれた紙片-をいただく。

e0337777_11124656.jpg

 これがその、可愛いプログラムの一部。見えている部分は縦6センチ、横9センチ位で、この大きさの見開きの表裏に、川柳など、いろいろ書かれているわけだ。

 ロビーで開口一番の高座のモニターを眺めながらコンビニで買ったおにぎりを食べ、少し落ち着く。私だって、落ち着けば一人前なのだ(なんのこっちゃ)。

 地下鉄関内駅からほど近い関内ホールは、2012年2月の、さん喬・喬太郎親子会以来。その前が2009年6月の談春と喬太郎の会。これまではそういう巡り合わせの場所だったのかもしれないが、今後は来る機会が増えそうだ。実は今月はもう一度来る予定があるが、それとは別に、終演後、この会には今後もぜひ来たいと思った。
 ちなみに、過去はいずれも一階と二階合わせて1,000席を超える大ホールだったので、小ホール(264席)は初めて。落語会するなら、こっちでしょう。

 開口一番の林家けい木『強情灸』が、意外に笑いをとってサゲたのをモニターで確認し会場へ。お客さんの入りは五割程度だったろうか。一週間ほど前に電話をしたところ、事前予約を取らないけど、入れます、とのことだったが、なるほど。

 小満んの三席の順番は次の通り。
-------------------------------
柳家小満ん 『たらちね』
柳家小満ん 『有馬のおふじ』
(仲入り)
柳家小満ん 『大山まいり』
-------------------------------

柳家小満ん『たらちね』 (33分 *18:46~)
 この人の高座が好きな理由は、まずはそのマクラの味わいの良さ。この噺なので「縁は異なもの味なもの、と申しますが」とふってから、川柳などを交えた噺にしっかり道筋をつけるマクラが結構なのだ。「帆立貝 またハマグリと めぐり会い」なんて、いいよね。一度別れ別れになったものの、鍋の中で再会(貝)!
 本編も寄席では聴けない省略なしの内容。
 たとえば、八五郎が大家が嫁さんを連れてくるまでに、「茶漬けの稽古」→「喧嘩の稽古」→「七輪の口が逆」→「海苔やの婆さんが下駄と雪駄と片方づつ履いて家の前を通過」→「女乞食来訪」と続く。
 大家が帰って嫁さんが紙に書いてくれた名前(の由来)を読上げてお経になる場面、噺家さんによっては、早い段階からお経風に替えてしまうのだが、「それは幼名」あたりから、次第に緩やかになる。これ位が良いのだ。
 せっかくもらった女房が亡くなって、その新盆で位牌の中から・・・というサゲは初めて聴いた。
 元ネタ上方の『延陽伯』には後日譚で『つる女』というネタがあるらしいが、この噺も、続編があったら楽しいかもしれない。しかし、この夫婦の子どもの名が寿限無になったら、八五郎さん家族の名を呼ぶだけで日が暮れそうだ^^
 やや擦れた声、途中に少し言いよどみがあるのは、この人のいつものことで、それも味になるから不思議。しかし、好みは分かれるかもしれない。聞きづらい、と思う方もいるだろう。私は全体が醸し出す江戸の雰囲気などを含め、この人は好きだなぁ。
 マクラから本編まで、独演会でしか聴けない『たらちね』、結構でした。

柳家小満ん『有馬のおふじ』 (22分)
 下手からすぐに再登場。期待していた初めて聴くネタ。
 富士信仰のことから、しっかりサゲにつながる麦わら製の蛇のことを解説。たしかに、今ではサゲが分からなくなったことも、小満ん以外にネタにしている人は皆無かと思われる理由だろう。
 江戸時代に富士信仰が盛んで、富士山の溶岩を持ち帰ってあちこちに小さな富士(富士塚)をつくって祀る浅間神社ができたこと、浅草浅間神社なども賑わい、「むぎわらじゃ」あるいは単に「じゃ」と言う麦わら製の蛇が参詣の代表的な土産であったこと、などを丁寧にふって本編へ。
 この噺を珍しいネタにしている、もう一つ大きな理由は、妻妾同衾(同居)がテーマであるからだろう。旦那が上方に行っていた間に、北の新地で、有馬のおふじと呼ばれる芸者に惚れ込んで、浅草馬道近くに囲った。このことを、権助の口から女房が知ることになる。権助が江戸にいないはずの魚を持ち帰ったヘマをしたのかどうかは不明^^
 しかし、「悋気は女の慎むところ」という、素晴らしい(?)昔の教えに則り、女房が「不経済だから、一緒に住みましょう」と旦那に提案。妾を隠していた引け目もあり、旦那が馬道の妾宅へ行き説明し、嫌がったおふじも最後は承諾。
 さて、妻妾が一つ屋根の下で暮らすのだが、おふじが気を遣ってならないからと上方へ帰ってしまう。旦那も、毎日「どっちに行こうか」と神経をすり減らしていたので、ほっとする。これは、女房の作戦大成功、ということだろう。
 しかし、六月の晦日、権助と一緒に出かけた旦那だけが戻らない。
 女房が「旦那はどちらへ」と権助に聴くと、「馬道のおふじさんへ」と答えたから、「あら、上方へ帰したというのは嘘で、まだ浅草に隠していたのかい!」と怒り心頭、怖い形相で権助を睨みつける。
 権助が、「何言ってるでぇ、今日は六月の晦日、浅草のお富士さんにお詣りしてるだよ」と女房の勘違いを正す。
 「あ~ら、そうだったのかい」と勘違いをしていたことを恥じ入り旦那には内緒にしてくれと権助に頼む女房。
 そこで権助が、「言やぁしませんが、おっかねえもんでがすな。おふじさんの話をしたら、おめさんの顔が蛇のようになった」でサゲ。
 小品と言えるネタなのだが、この噺、私は好きだ。トリネタと同様、山岳信仰という日本人特有の文化が背景にあるし、旦那、本妻、妾の三角形を巡る男女の駆け引きなども、ほどよく艶っぽくて楽しい。
 浅間神社では、今でも山開きの7月1日の前日、「大祓神事」がある。神社のサイトからご紹介。浅草浅間神社サイトの該当ページ

大祓神事
大祓とは

1年もしくは半年の内に、自分自身が知らず知らずのうちに犯した罪や過ちまた心身の穢れ(けがれ)を祓い清め、本来の清浄な心身に戻り日々の生活を営むための神事です。


 ねぇ、こういうお祓いに旦那が行っていたのを、まだ妾を囲っていると勘違いしたのだから、女房は赤面状態なわけだ。
 サゲは、同居作戦が成功して妾を上方へ追い返した女房へのちょっとしたお仕置き、という感じがしないでもない。
 浅草浅間神社のサイトには、麦藁蛇について、次のように解説がある。
浅草浅間神社サイトの該当ページ

麦藁蛇

 麦藁細工の蛇は、宝永年間(約250年前)駒込の百姓喜八という人が夢告により、疫病除け、水あたりよけの免府としてひろめてから、霊験あらたかと評判になり、浅草でも出されるようになった。.

e0337777_11124620.jpg



富士土産舌はあったりなかったり

 雑踏で麦藁蛇についている赤塗りの附木で出来た舌をどこかに落としてしまったという意味の句で、参詣者のにぎわいがわかる
昭和初期頃までは境内において植木市の風物として頒布されていたが、戦後には姿を消してしまった。

そもそも蛇という生き物は、古来日本において水神である龍の使い(仮の姿)であると考えられ、水による疫病や水害などの災難から守ってくれると信仰されていた。
水は人間の生活に決して欠かせない命の源であり、蛇をモチーフにした麦藁蛇を水道の蛇口や水回りに祀ることにより、水による災難から守られ、日々の生活を無事安泰に過ごせるとされている。

この度、この失われかけた風習・文化を保守し、後世に継承していくことを目的として、麦藁蛇を浅草富士浅間神社の御守りとして再現する運びとなった。5月6月の植木市と、元旦から1月3日までの間に頒布をおこなっている。


 その噺の背景に、江戸の文化やその時代の人々の生活、慣習などがふんだんに物語られているネタは大事にしたいと思う。
 また、この噺を聴いて、上方の『お文さん』を思い出した。やはり、妻妾同居という設定。しかし、同居は旦那の計略によるもので、サゲは、仏教の経文を土台にしている。
 NHK Eテレ「落語でブッダ」の参考書として紹介した関山和夫著『落語風俗帳』の引用を含めて、以前に書いた記事から、引用。2014年1月15日のブログ
--------2014年1月15日のブログ-------------------------------------

 大阪船場の「万両」と称する大きな酒屋へあらわれた男が赤ん坊を小僧(丁稚)に預けて立ち去る。(中略)息子夫婦に子供がないので、喜んで育てることにする。さっそく手伝いの人の又兵衛に乳母をさがさせる。又兵衛は喜んで、お文さんという女を乳母として連れてくる。実はこの赤ん坊は若旦那とお文との間にできた子であった。


 こういう設定は、若旦那と又兵衛の関係が、『山崎屋』の若旦那と番頭との関係にかぶって思える。若旦那の色恋のしくじりを又兵衛の悪知恵でなんとか解決しよう、という筋書なのだ。あまり、褒められた行動とは言えまい。

 この乳母、お文さんが堂々と万両に住み込むのだが、計略を知っている丁稚が、つい「お文さま」と呼ぶので、バレてはかなわんと若旦那が「決してお文に“さま”をつけてはならん」言う。下女のお松(これがなかなか結構な助演女優(?)で塩鯛も好きだと言っていた^^)が気づいて若旦那の女房に告げ口をする。その後、サゲまでを本書から引用。

 問いつめられた小僧は、お文さんのことを告白する。
 「して、今、若旦那は・・・・・・」
 「奥の間でお文を読んでいらっしゃいます」
 「同じ屋根の下で住みながら、文をとりかわすとは・・・・・・」
 女房が奥の間へ入ると、若旦那は、お仏壇にお灯明をあげて蓮如上人の『御文』(『御文章』)を拝読していた。
 「これ、あれは御文章、お文さまというものですよ。お文さまなら、なぜ『さま』をつけないのですか」
 「お文に『さま』をつけたら、私が怒られます」


 ちなみに東京版は若旦那ではなく、大旦那の浮気相手に子供ができるという筋書になっているようだ。
-----------引用ここまで-------------------------------
 妻妾同衾ネタと、信心、女房の勘違い、など相通じるものがあるよね。

 さてこの噺、ぜひ小満ん以外の噺家さんにもかけて欲しいものだ。短縮して寄席でも可能なネタになると思う。いいねぇ、こういう噺を聴かせてくれる噺家さんって。蘇って欲しい落語、という思いも込めて、今年のマイベスト十席候補としたい。

柳家小満ん『大山詣り』 (36分 *~20:30)
 仲入り後は、ふたたびお山のネタだが、これはツクというよりも、あえて旬な噺として並べたのだと思う。雲助の五拾三次的なお題にするなら「夏の山」とでもなるだろうか。
 冒頭は、志ん朝のような、昨年熊が暴れて、それでも行きたいなら決め式をつくる、という設定ではなく、いつも喧嘩になるので先達を嫌がる吉兵衛さんを、長屋の者が決め式(喧嘩したら二分、飲んで暴れたら坊主)をつくったから大丈夫と言って重い腰を上げさせる、という設定。聴いたことはないが、これが小さんの型なのだろうか。その後は、無事にお山が済み、帰りの神奈川の宿で事件勃発、という筋書き。
 神奈川宿では全員に鯛の尾頭と二の膳が付いたとのこと。なぜ千人もの客が泊る宿でアツアツの鯛を供することが出来たのか、その秘策を明かしてくれた。なるほど。
 熊と他の者との風呂場での喧嘩では、熊は屁をこかない。これも古今亭と柳では違うのだろう。私はどちらかと言うと古今亭、なかでも志ん朝のこの噺が大好きで、相当前だが志ん朝版を元にネタの記事を書いたことがあるので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2008年7月25日のブログ
 坊主にされ宿に置き去りにされた熊が早や駕籠で仲間を抜いて一人長屋に戻り、海難ネタをでっち上げ他の女房を坊主にしてしまう場面、なかなか楽しいクスグリが散りばめられていた。
 最初の犠牲者(?)みぃちゃんが、井戸に飛び込もうとするのを熊が止めるのだが、みぃちゃんが旦那の半公について、「あの人は私が患った時に腰巻まで洗ってくれた」と泣くところが妙に可笑しいし、ご一行が長屋に戻り、熊の家で百万遍が唱えられているのを聞いて中を覗くと、中には赤ん坊を背負った女房もいて、「赤ん坊背負った尼も珍しい」にも、くすっとくる。
 これは好みの問題で、私は志ん朝版のように、冒頭に熊が昨年暴れたことに釘を刺される設定の方が、坊主という罰則との整合性も高くなるし、風呂場でも屁はかまして欲しい^^
 終演時間のこともあるので、少し端折ったような気がしないでもないが この人らしい上品な高座と言えるだろう。


 終演後、我らがリーダー、佐平次さんと居残り会だ。
 馬車道駅方面を向かって、何気なく二人が気が合って入ったお店で、私は最初は生ビール、佐平次さんはいつに変わらず熱燗で、まずは乾杯。酒は高清水だった。基本は洋食屋さんなのかと思わせるお小奇麗なお店なのだが、鯵たたき、するめイカの造りなども悪くなかった。佐平次さんに、お借りしていたカレン・ダルトンと与世山澄子のCDをお返しした。小三治が薦めていたので佐平次さんは与世山澄子のCDを買ったらしいが、私はこの素晴らしい日本のジャズボーカリストを知らなかったのだ。まだまだ、ジャズも落語も修行が足らんなぁ。
 私も熱燗に替え、さぁ、どんな話題がどう発展したり脱線したものか。途中で外人さんが入ってきたのをマスターが日本語がしゃべれないなら、と断った・・・・・・。私は一瞬、「なんと国際感覚の低いことか!」と思ったが、佐平次さんの韓国での経験談などをお聴きすると、たしかに、お品書きも日本語だけだし、相手も楽しめるかどうかを考えると安易に迎えるのも問題かもしれないなぁ。
 気が付くと、いつものように熱燗徳利が相当空いていた。締めはモルツでビール本来の味を楽しむ佐平次流。
 地下鉄横浜駅で佐平次さんとは別れ、相鉄~小田急にて、日付変更線を越える寸前で帰還。連れ合いが4チャンネルの獣医のドラマなどを見ていたので、そのまま風呂へ入り、「花子とアン」の録画も見ず爆睡。

 それにしても、良い落語会だった。もっと早くに行っていれば、とも思うが、今後の楽しみが増えたとも言える。

 ぴあなどのメールの案内で、笑点メンバーが多数出演する富山あたりでのとんでもなく高い木戸銭の落語会のことを知ると、200名位の会場で、その噺家さんを聴きたいお客さんばかりの空間で、珍しいネタを交え江戸の香りと情緒たっぷりに芸達者による手作りの落語会との、大きな落差を感じる。

 あの小さなプログラムの裏面に、次回の案内が書かれている。

e0337777_11124688.jpg

 なんとか行こうと思っている。そして、また居残りかな^^
[PR]
Commented by 佐平次 at 2014-07-18 17:55 x
ぜひ居残りましょう^^。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-07-18 18:14 x
こちらこそ、ぜひ!
それにしても「小満んの会は、混まん」なんて地口を言ってもしょうがないのですが、もう少しお客さんが入ってもいいのに、と思いました。
チケットが取りにくくなっても困りますが、七割位の入りはあって不思議はないでしょう。
居残りメンバーには、強く薦めたいと思います。
「皆さ~ん、これ読んでますか?」

Commented by 彗風月 at 2014-07-28 14:25 x
以前お話しした荒木町での会が
実にしっとりとして結構でした。
小満ん師は芸風同様、客もあっさりと
聴くのがスタイルなのかもしれませんね。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-07-28 14:49 x
橘家さんの会ですね。
こじんまりした客席で、マイクがなくても聞こえる距離感、がいいのでしょうね。『猫久』なんか良かったんでしょうねぇ。
そのうち、と思いながら未だご縁がありません。きっと、そのうち^^

手づくりの味がある落語会、そして寄席、最近はそういった席ばかり選っています。
どうも大きな会場の会には行く気になれない今日この頃です。

名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by kogotokoubei | 2014-07-18 05:52 | 落語会 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛