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スーパークールビズ反対—アロハシャツより、大事なものがある!

クールビズは、さらに、スーパークールビズになるらしい。
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スーパークールビズ、本格始動 節電狙い、アロハもOK

 暑い日が続く中、職場での軽装を促すクールビズをさらに強化した「スーパークールビズ」が2日、中央省庁などで本格的に始まった。温暖化対策の一環として過度な冷房を控え、節電に取り組むのが狙いで、期間は1日から9月30日まで。

 強い日差しが照りつけた東京・霞が関の環境省では、5月に始まったクールビズで認めているノーネクタイや半袖シャツに加え、ポロシャツやアロハシャツ、スニーカーも“解禁”となった。

 クリームをベースに色とりどりの模様のアロハを着た女性職員(34)は「シャツをスカートやズボンの中に入れなくていいので楽だし、いろんなデザインが楽しめる」と話した。

2014/06/02 11:10 【共同通信】



 環境省では、5月に始まったクールビズで認めているノーネクタイや半袖シャツに加え、ポロシャツやアロハシャツ、スニーカーも“解禁”・・・・・・。

 ノーネクタイや半袖シャツは、すでに当り前になっているが、ここまでやるのか、と私は疑問を感じる。

 アロハとスニーカーの職員のいる役所には、あまり行きたくない。旅行代理店の窓口じゃあるまいし、役所がなぜ“アロハ”なのか。

 私は、クールビズが最初に提唱された時は、結構好意的に考えていた。しかし、ここまでくると“やりすぎ”“行き過ぎ”の感が強い。節電対策→アロハ(?)、とても直接つながるようには思えない。

 ちなみに、私は仕事場ではクールビズを言われても、カジュアルウェアで仕事はしない。あくまで自分の精神衛生上の理由。そもそもスーツの方が選ぶ手間がなくて楽だ。元来ファッションに興味がなく、同じシャツやズホンを十年以上愛用(?)するのが平気な男なのだ。

 また、いわゆる“OnとOff”の切り替えが大事だと思っている。家に帰って着替えた時や、仕事が終り、さぁこれから落語会と言う時にネクタイをはずすと、気持ちもくつろぎモードになれる。だから、同じカジュアルウェアで職場でも家でも通す人は、気持ちの切り替えがよく出来るものだと感心する。

 さて、官庁や環境省のこと。もし、クールビスでカジュアルウェアにするにしても、高温多湿の日本には、ポロシャツやアロハなどに頼らなくても世界に誇るべき伝統の衣類があるだろう。

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樋口清之著『完本 梅干と日本刀』
 樋口清之の名著と言われる『梅干と日本刀-日本人の知恵と独創の歴史-』だが、私は未読だった。深川の桂米二の落語会の前に、会場近くのお気に入りの古本屋さんで、状態の良い『完本 梅干と日本刀』を入手することができ、最近読み終えたところだ。
 昭和60年に上・中・下の三分冊で発行され、平成12(2000)年に完本として発行された。
 この本については別途紹介したい部分がたくさんあるのだが、まず、アロハでスーパークールビズを唱える霞ヶ関の役人たちに読ませたい部分を紹介。

 「3章 日本人は“独創性”に富んでいる」から引用。

 石器・縄文時代の土偶や埴輪を見ると、当時の日本人は、中国服のようなズボンを穿き、詰襟のような上衣を着ていたと考えられる。これは北アジアの草原性衣服の特徴と合致する。
 このような服装だった日本人が、どうして、現在の着物を創り出したのか。この歴史を見ることをとおして、日本人の外来文化に対する知恵を調べてみよう。
 中国服のような服装が、最初に変化を見せた契機が稲作の伝来による影響である。稲作技術といっしょに、東南アジア系の貫頭衣(かんとうい)が入ってきたのである。つまり、北方系の筒袖にズボンという密着衣服と、南方系の布に穴をあけて、頭を入れるような貫頭衣が日本で接触するわけである。これが第一段階であった。
 稲作を始めた日本人にとって、湿気が高く、膝まで泥につかって労働するには大きな袖は不便であったはずである。通気性のある貫頭衣が、稲作労働のしにくい密着衣服を駆逐したとしても不思議はない。
 ところが、日本人が南方系の衣服を原型のまま残したのは、フンドシと腰巻(サリー)だけである。それ以外は、すべて便利なように変形させてしまった。上衣についても、袖を全部不要にするのではなく、北方系と南方系の衣服の折衷形である袖付き貫頭衣を創り出した。これが着物原型ともいえる小袖である。


 北と南の服装を、日本独特の衣類として創られたのが、着物の原型と言える小袖なのである。そして、日本人はどんどん自分達の環境に適合させるよう小袖を進化させた。

 湿度の高い日本では、この皮膚をおおう衣服の通気性に、とくに注意しなければならない。それが“身八口”の発想で、衣服そのものに通気孔を創るなどというのは、世界で唯一のアイデアである。
 こうして衣服の変化は、少しずつ変わっていったわけだが、この小袖が完成したのは、意外と早く、五世紀ごろの古墳時代である。



 いわゆる和洋折衷は、恥ずべき安易な物真似などではない。良い物を取り入れて、それを日本の環境に適合させた結果なのであって、素晴らしい発明と言ってよいだろう。

 もちろん、浴衣でもよいし、動きにくけりゃ作務衣や甚平などもある。日本好きの海外からの観光客が、和服を着て感激している場面などをテレビで見ることもあるが、それこそ、日本の伝統的な知恵と美が継承されてきた衣服があるのに、なぜ日本人がアロハであり、ポロシャツでスニーカーなのか私には不思議でならない。それこそ、役所はカジュアルウェア会社の回し者かと思ってしまう。もし応援するなら、日本の伝統的な着物や小物を扱うお店にして欲しい。

 また、今日6月2日は、旧暦で5月5日、端午の節句、あるいは菖蒲(しょうぶ)の節句。今まさに、あちこちで花菖蒲が咲く季節なので、旧暦の方がどれだけ生活に密着しているか実証している。ただし、この時期に咲く花菖蒲、同じ菖蒲と書く“あやめ”、そして“かきつばた”は微妙に違うし、菖蒲の節句の菖蒲とも違うものであるらしいが、ここでは、その違いについて深くはふれない。

 “節句”に込めた先人の知恵について、『梅干と日本刀』の「2章 驚くべき“自然順応”の知恵」から引用する。

 先述したように、日本人は薬草を薬品か食品か区別できないほどに、食生活の中に混ぜ込んで摂取している。食生活がそのまま健康保持のための食餌療法であり、病気予防法だった。
 だが、私たちの祖先はそれだけで終わらず、さらに健康体を維持するために、年中行事という形で、健康管理をスケジュール化していくのである。
 それが“五節句”である。
 一月一日—年の暮れに男の手を借りて餅を搗いて、年が明けると、正月休みという休養をとるわけだが、正月のおせち料理というのは、ふだんは食べない、高カロリーの動物性蛋白だとか、先に述べたごぼうや、こんにゃくといった薬に近い野菜を食べて体力を整える。餅はひじょうに高カロリー食品だし、中国から来た屠蘇(とそ)は忍冬(にんどう)、甘草(かんぞう)、百合根(ゆりね)、桂皮(けいひ)、桔梗(ききょう)、茯苓(ぶくりょう)などの薬草が入っていて、これは血圧の低下や健胃、強心のための薬酒である。
 これを健康のための科学をいわず、魔を払う酒として飲むことを習慣づけるという知恵は、日本の古代人の独創的な発想である。
 (中 略)
 こうして、体力をつけて、一月七日の七草には、ナズナやハコベラなどの解毒性の強い薬草の粥を食べ、食べ過ぎや飲み過ぎなどによる胃腸の酷使を調整して、重労働の稲作開始に備える。
 三月三日—の桃の節句は、本来は桃の種の中にある胚乳を食べる節句で、杏仁湯(きょうにんとう)を飲む。杏仁湯は血圧低下と強心健胃作用を持った薬である。これが後に、桃の花を活ける風習になって残っているのである。
 五月五日は菖蒲の節句で、これも菖蒲の根を干して煎じたものを飲む節句だ。これも強壮解毒剤である。だから元来は、菖蒲のお風呂に入るというものではない。菖蒲はその発音がたまたま武を尊ぶ“尚武”と同じだから、男節句になり、女節句を三月に渡したのである。


 本来は、電力の無駄遣いをなくし暑い夏を乗り越えるために、アロハシャツやポロシャツやスニーカーなどに頼る必要はない。
 日本人の独創性が生んだ着物の伝統に沿った衣類を着用してはどうだろうか。そして、今日の菖蒲の節句なども含め、この国の大先輩たちが伝える食餌療法による予防の知恵なども省みることの方がすっと重要なのではなかろうか。

 別に役所に鯉のぼりを揚げる必要はない。できるものなら、旧暦五月五日が、菖蒲の根を干した煎じ薬を飲む日であることや、先人たちがそういった節句の儀式で何を伝えようとしたかを振り返るための活動をすることこそ、日本のお役所の仕事ではないのだろうか。その方が、アロハなんかより、ずっと“クール”だと、私は思う。
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by kogotokoubei | 2014-06-02 19:30 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

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by 小言幸兵衛