噺の話

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昭和39年の東京五輪を、“悪夢”と振り返る経済人もいた!

官民マスコミ揃ってもろ手を挙げて2020年東京オリンピック開催を喜んでいる中、資生堂の名誉会長である福原義春が、なかなか良いことを言っている。

 「日経ビジネス」サイトから、引用。
「日経ビジネス」サイトの該当記事

東京五輪?あれは悪夢みたいだった
『銀座にはなぜ超高層ビルがないのか』と街づくり
2014年3月17日(月)

 「この前の東京オリンピックはどうでした?」と編集長に聞かれた。

 冗談じゃない。あれは悪夢みたいな出来事だ。それ以前に突然のように父を亡くし、その頃は結婚したばかりで、会社では課長になったかならないかの働き盛りだ。ところがそこへ持って来て全く思いもよらない体験の最中で、オリンピックどころではなかった。

 オリンピックの開催が決定して、世の中はすっかりはしゃいでいた。東京都の知事はそれに備えるように東龍太郎知事となり、新聞にはオリンピックのニュースが満載だ。

 その中にオリンピックのためのインフラとして高速道路網を整備するという記事があって、その地図を見るとどうも僕の家のあたりを通ることになりそうなのだ。

 悪い予感がしたが、手を廻して予定線の地図を見せてもらうことが出来た。あろうことかやはり僕の家のあたりが高速道路二号分岐線の予定になっているのに間違いなさそうだ。

 それまで僕の家は白金の自然教育園に接していたので、まさかそんなに無謀な計画を立てるとは思えなかった。

有り得ないと思っていたのが甘かった

 今は文部科学省の所管になって自然教育園になっているが、かつては松平讃岐守の下屋敷、それからは海軍火薬庫になったり、宮内庁の御用地になったりした武蔵野の面影を残す緑地であった。しかも古く中世豪族の邸跡とも伝えられ、それが故に白金長者の邸とも言われ、また目黒区中丸から品川区長者丸という豪族の居城の跡とも言われた。

 その出城を連なる土塁には樹齢数百年のスダジイが並木になっていた。

 また松平の下屋敷になっていた間に、そこに平賀源内が出入りし、そのせいかどうか、この辺には有り得ない珍しい植物が自生するように生えているのだった。

 いくらオリンピックと言ったって、こんな珍しい東京の中の自然環境をめちゃくちゃにするなんて有り得ない、と思っていたのが甘かった。

 オリンピックのための高速道路予定線は、この自然教育園のスダジイ並木の一部をかすめて私の家の上を斜めに通るのだ。

 やがて道路公団の、見るからにベテランらしい慇懃なおじさんが会社に電話をかけて来て「お会いしたい」という。こうなると大蛇に睨まれた蛙のようなものだと本能的に思った。

 日曜日に会うと、「こうこう、こういうわけでお宅は立ち退いてもらわねばなりません。期限は一年後、更地で明け渡すこと、一木一草、庭石までも残さないこと。一切の経費は負担しますから安心して下さい」と言う。何が安心なものか。



 経済人で、昭和39年の東京五輪を批判的に語る人は少ないように思うが、この人は実体験を元に、あの時の“破壊”の実態を隠さない。

 福原の家は、「あと二、三十年もすればそれこそ文化財級の建物」らしかったが、「道路公団氏はちっとも動ぜず、どこへでも移築されれば、移築費用も全部お持ちしますよ」、と何を言っても歯が立ちそうにない。

 そんな状況において、ご近所が結束する。

 間もなく近所の人たちが反対同盟を作るから加入してくれと言う。何でも会長は三、四軒先のふだんは出て来ないおじさんで、日本刀を取り出して来て、この次公団が来たら叩き斬るぞと言っているらしい。さあ困った。国を挙げてのオリンピックの計画を変更するなんて多分難しいことだし、いつまで反対していても意味がないということだ。僕のおじいさんは常に父に官に逆らうことは止めなさいと言っていたらしい。

 そこで僕は反対同盟にも署名し、一方でひそかに休日ごとに東京中で売地を探してまわることにした。一週間働いて日曜ごとに物件を見て回るだけでも大変だ。結局七十か八十の売地を探したが、最後にこんなに難しいことはないと悟るようになった。第一に家の土地を売る値段と買う値段が等価でないと課税される。第二に隣近所に高層マンションが出来るような所は温室の植物のためにならない。第三にその頃東京の住宅地にありがちだった夏場の断水があると困る。

売りに出ている土地にはみな「問題」が 
 
 すばらしい見晴らしの高台の端にいい土地があった。ただ高台だから夏場の断水は仕方ないという。ところがその土地に立ってみると正面に大きな煙突があるではないか。聞いて見ると火葬場だという。



 この記事は、銀座に高層ビルを建てさせない活動のことにつながるのだが、前半部分の福原の回想は、一人の日本人として、あの時“開発という名の破壊”の実態を振り返る貴重な記録だと思う。

 次のオリンピックで、昭和39年の“開発という名の破壊”で、高速道路に頭を塞がれた日本橋の頭(老朽化した首都高)を取り除こうという計画もあるらしい。しかし、この計画には、「また東京が破壊される!」という批判を、前もって防ごうとする意図的な動きを感じる。「東京オリンピックは、古き街の再現にもなる」と言いたいのではなかろうか。しかし、そんな嘘は、すぐばれる。コンクリートを壊したって、江戸時代の伝統や文化が戻るはずもない。 

 五輪の度に頭に帽子を被せられたり、外されたりする日本橋は、もう「こりゴリ(五輪)」と言っているのではなかろうか(お粗末)。
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Commented by 佐平次 at 2014-03-18 10:30 x
日本橋の老舗の旦那衆に「あんたたちは身体をはって高速道路の日本橋破壊に抵抗すべきだった」といったことがあります。
「しょうがないでしょう、オリンピックなんだから」、そういった人が今高速道路の地下化に動いています。
土建屋たちは待ってました!ですね。

Commented by 小言幸兵衛 at 2014-03-18 10:47 x
地下化は難しい面もあるようですね。
五輪までに首都高撤去も現実的ではないでしょう。
しかし、利権で今後どう動くか分かったものじゃない。
「空を失った東京」という、日本人の愚かさを象徴する記念碑にしてはどうでしょうか。
「東京には空がない」と、誰かが言いましたね^^

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by kogotokoubei | 2014-03-17 19:10 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛