噺の話

kogotokoub.exblog.jp
ブログトップ

志ん朝の十三回忌、いろんなことを考えた末に、古今亭十八番を改訂。

 今年の10月1日は、古今亭志ん朝の十三回忌である。

 志ん朝本人のことについて書く前に、最近のブログを読んで気になった、ある弟子の近況から。

 この日が近づいたせいでもなかろうが、還暦を迎えた古今亭志ん輔の日記風ブログで、ネタに苦悶する表現が続いた。

 9月27日は、本来は三代目桂春団治との落語会だったが、三代目の体調が思わしくなく、代わりに鶴瓶の代演となった「東へ西へ」の後の日記。
「志ん輔日々是凡日」の9月27日の記事

19時45分「居残り佐平次」志ん輔
20時30分 終演したがこの手の噺は思い入れとリズムの兼ね合いが難しい。人物描写に重点をおき過ぎるとテンポがわるくなる。テンポを重視し過ぎると薄っぺらな噺になってしまう。毎回そのも課題にぶつかる。来年よりよくするのに数々の課題が見えた落語会になった。



 翌28日は、お江戸日本橋亭での「気軽に志ん輔」の高座を振り返った記事。
「志ん輔日々是凡日」の9月28日の記事

14時「出来心」半輔「唖の釣り」志ん八「小言幸兵衛」志ん輔 仲入り「付き馬」志ん輔「小言幸兵衛」のような噺にどうしてもこれで行くという方針が定まらない。この大きな課題が見つかったのはだいぶ前だが他の課題を解決するのに12年かけてしまった。いよいよこの辺りに手を付ける時が来たようだ。



 志ん輔という人は、短い表現ながら、ここまで心情を吐露しているのでブログを見逃せない。真摯に落語と取り組んでいる姿が察せられて、弟子の半輔の着実な成長もこの師匠だからこそ、と思っている。

 『小言幸兵衛』で思い出したのだが、ここ数年、命日を機にさまざまな志ん朝の過去の音源や映像が発売されるのだが、今年はSonyから以前にセット企画として発売された作品がバラ売りされるらしい。『小言幸兵衛』も入っている。古今亭のお家芸では『搗屋幸兵衛』なのだが、志ん朝は両方演っている。

Sonyのサイトから引用。
「Sony Music Shop」サイトの該当ページ

不世出の名人「古今亭志ん朝」の至芸、全25席のCDが登場!

2009年に発売されたTBSラジオ秘蔵音源をCD化した12枚組CDBOX「志ん朝初出し」の1枚ごとの分売です。10月~12月の3カ月連続発売。今なお愛され続ける志ん朝師匠の素晴らしさを、ぜひこの機会に。



明日10月2日に4枚、11月6日に4枚発売されるネタがすでに公開されている。

実は、セット売りの案内のページがサイトにまだ残っている。「Sony Music Shop」サイトの“志ん朝初出し”のページ

“志ん朝初出し【完全生産限定盤】”という企画、こんなうたい文句であった。

■TBSラジオが全面協力!幻の音源25席を初蔵出し!!TBSラジオが秘蔵していた音源が、初めてCDになって登場します。収録音源はすべて初出し。この中には、既に発売されているソニーミュージック音源全60席には含まれていない、CD初登場演目が13口演。更に、DISC9には貴重なインタビューも収録されています。 志ん朝ファンのみならず、全落語ファンが待ち望んだ全集の登場です。
■2001年10月1日に没した師の、1966年から1995年までの口演を収録。特に、30~40代の, 若く油の乗ってきた時代の名演を中心にセレクション。2002年の12タイトル発売以来、ソニーミュージックから7年振りの新音源リリース。



同サイトから全CDの内容をご紹介。この度のバラ売りは、10月2日発売が①~④、11月6日が⑤~⑧である。

【収録内容】*=CD初出し演目:13席
DISC①
*水屋の富(1967年 TBSラジオまわり舞台)
*五人廻し(1969年 TBSラジオまわり舞台)
DISC②
*犬の災難(1968年 TBSラジオまわり舞台)
三枚起請(1968年 TBSラジオまわり舞台)
DISC③
火焔太鼓(1960年 TBSラジオまわり舞台)
坊主の遊び(1970年代)
DISC④
*ちきり伊勢屋(上)(1974年)
崇徳院(1974年)
DISC⑤
火焔太鼓(1974年)
鰻の幇間(1974年)
DISC⑥
大山詣り(1974年)
*小言幸兵衛(1976年 TBSラジオ「ラジオ寄席」)
DISC⑦
*宮戸川(1970年代)
*片棒(1977年 TBSラジオ「ラジオ寄席」)
*野晒し(1978年 TBSラジオ「ラジオ寄席」)
DISC⑧
*幾代餅(1986年 TBSラジオ「ラジオ寄席」)
*紙入れ(1979年 TBSラジオ「ラジオ寄席」)
DISC⑨
*四段目(1987年 TBSラジオビアホール名人会)
*風呂敷(1985年 TBSラジオビアホール名人会)+インタビユー
DISC⑩
へっつい幽霊(1990年 TBSラジオラジオ寄席)
酢豆腐(1995年 TBSラジオおはよう名人会)
DISC⑪
*妾馬(1994年 TBSラジオビアホール名人会)
厩火事(1988年 TBSラジオビアホール名人会)
DISC⑫
三年目(1992年 TBSラジオビアホール名人会)
火焔太鼓(1992年 TBSラジオビアホール名人会)



 今回のバラ売り、私はセットで買っていなかったのでうれしくもあるが、売り出してまだ4年でというのは、果たしてどうなのだろうなぁ・・・・・・。「生産限定」は4年で解除され、バラでガンガン売ろうということか。立派な“二番煎じ”商売だ。「東横落語会」(小学館)、「大須独演会」(河出書房新社)も、近い将来バラ売りされるのだろうか。そんな気はしないなぁ。小学館ならありえるか・・・・・・。
 Sonyは、その小学館「昭和の名人」企画に過去発売していた志ん朝の音源を提供するなど、結構“二番煎じ”商売をしている。
 その小学館はSonyからも(たぶん相当安く)志ん朝ほかの過去の音源を仕入れて「昭和の名人」シリーズとして販売するという、結構目ざとい商売をしていながら、自分の会社が主催する「人形町らくだ亭」のサイトの方はなかなか更新しない。あの会社の落語に対する姿勢の一貫性のなさが、どうも腑に落ちない・・・・・・。


 閑話休題。
 
 弟子の志ん輔がネタとの格闘を経て、古今亭、そして志ん朝の十八番を自分のものとして磨き上げてくれることを期待したい。なお、私なりの古今亭十八番、そして志ん朝十八番については以前に書いたので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2012年2月3日のブログ

e0337777_11091214.jpg

『まわりまわって古今亭志ん朝』(志ん朝の仲間たち、文藝春秋)

 『まわりまわって古今亭志ん朝』。この本からは昨年の命日に大須演芸場の足立席亭の「志ん朝三夜の思い出」を紹介した。
2012年10月1日のブログ

 この本に柳家三三による「咄家の表通りと裏通り」という章がある。これがなかなか楽しい。師匠小三治が語った志ん朝の第一印象なども三三が語っているので、引用したい。ちなみに三三は平成5(1993)年の入門なので、入門当時、志ん朝は55歳。
 聞き役の岡本和明を相手に、三三は次のように語っている。

—小三治師匠から聞いた志ん朝師匠の話で、印象に残っているものはありますか?
三三 そうですねえ、志ん朝師匠が亡くなった時、僕は落語協会で作っていた『ぞろぞろ』って雑誌の編集員をやってたんです。で、馬風師匠とうちの師匠に志ん朝師匠の思い出を語ってもらいました。
 馬風師匠は誰が取材したか分かりませんが、うちの師匠は僕がインタビューをして、一時間くらい喫茶店で話を聞きました。その時の話の中に、新宿末広亭の楽屋の横にある細い通路で、志ん朝師匠と初めて会った時の思い出がありました。
—どんな話でした?
三三 うちの師匠が先代の小さん師匠のところに入門した頃、
「朝太っていう、すごい奴がいる」
 と先輩たちからは聞かされていたけれど、顔は知らなかったんだそうです。で、うつの師匠が前座になったばかりの頃・・・・・・うちの師匠は“小たけ”と名乗っていたんですが、ある日、楽屋に入ろうと思って、楽屋口の狭い通路へ入ったら、ちょうど楽屋から出てきた若い人がいた。それを見た瞬間、
「あっ、これが朝太だな」
 ってすぐ分かったんだそうです。
「つまり、そのくらい、他の人とは違うオーラがあった。本当のスターってえのは、ああいうもんだ。見て分かる」
 うちの師匠は言ってましたね。で、
「あの人をスターと言わずに、誰をスターって言うんだ?」
 とも言ってました。


 “スターのオーラ”ですねぇ、やはり。

 三三は、住吉踊りの稽古で太鼓さばきを志ん朝に褒められて浅草の夏の恒例行事で太鼓役を務めたらしい。ただし、踊るまでには至らなかったようだ。

 さて、私が勝手に“古今亭十八番”などとネタを並べたりしているが、三三が感じた志ん朝の“うちの噺”“一門の噺”へのこだわりの部分を含む文章を引用。前半の師匠と稽古、という逸話も楽しい。

—志ん朝師匠に噺の稽古をしてもらったことはありますか?
三三 ありません。
—教わりたいと思った噺はありますか?
三三 教えていただくチャンスがあれば全部教わりたかったくらいですよ。まあ、そういう機会はないと思っていたし、実際なかった。
—どうしてですか?
三三 僕より十年以上先輩の方が前座の時に、志ん朝師匠に稽古を頼んだらしいんです。そうしたら、その人の師匠に、
「ああいう忙しい人に、ホイホイ稽古を頼むんじゃねえよ」
 って、叱られたった話を聞いて、<矢来町に稽古はお願いできない>って思ったんです。僕、うちの師匠にも稽古をしてもらったことがないんです。うちの師匠も目白(五代目柳家小さん)に稽古をつけてもらったことはないらしいし・・・・・・。
—自分から稽古を頼んだことはないんですか?
三三 頼むと、
「○○師匠のところへ行け」とか、
「覚えたら聞いてやる」
 とかいうんですけど、結局、聞いてもらえない・・・・・・、そんなもんです。
—例えば、『青菜』は?
三三 二ツ目の頃、市馬兄さんに教わりました。でも結局、誰に教わっても、うちの師匠に似ちゃうんですよね。小三治の噺が自分の中にしみ込んでるから。
—『粗忽長屋』は?
三三 僕は粗忽者の噺はほとんど演らないんです。この間、ネタ出しちゃったので仕方なくてやりましたけどね・・・・・・。まあ、落語は、どれもそうなんですけど、特にああいう噺は向いてる人がやるんもんですね(笑)。
—一門の噺ですね。小さん師匠は、すごく難しい噺だとおっしゃってましたが。
三三 難しいですよ。実際に演ってみて。どうも粗忽者の噺はわざとらしくなるんです。<ここで、こういう段取りで間違える、こうボケる>みたいになっちゃう。だから僕は粗忽者の噺はほとんど演らないんです。
—志ん朝師匠、一門の噺へのこだわりを相当強く持っていたと思うんですが?
三三 そういうことをとても大事にしていましたね。『鮑熨斗』を演ったりすると、「これはうちの噺なんだから」
 って。ただ、志ん朝師匠の場合“うちの噺”ってのは、“古今亭の噺”というより、“美濃部家の”っていうニュアンスのような気がするんです。そうすると、僕なんか、なにも演る噺がないんですよ。
—どんな噺をやります?
三三 『付き馬』だったり『お若伊之助』だったり・・・・・・。『文違い』もそうですけどね。


 
 “うちの噺”“美濃部家の噺”か・・・・・・。


前述のように昨年2月に、“古今亭十八番”として次の十八のネタを並べた。

(1)火焔太鼓
(2)黄金餅
(3)幾代餅
(4)柳田格之進
(5)井戸の茶碗
(6)抜け雀
(7)おかめ団子
(8)替り目
(9)鮑のし
(10)搗屋幸兵衛
(11)疝気の虫
(12)宗珉の滝
(13)お直し
(14)ぼんぼん唄
(15)お見立て
(16)首ったけ
(17)化け物使い
(18)鈴ふり

 その記事について、多くの方からコメントをいただいた。『品川心中』が抜けている、『唐茄子屋政談』や『今戸の狐』、そして『富久』『寝床』は入らないの、というごもっともなご指摘をいただいた。

 よって、引用した三三の言葉も踏まえ、この場を借りて(?)“古今亭十八番”を改訂しておきたい。

-古今亭十八番改訂版-
(1)火焔太鼓
(2)黄金餅
(3)幾代餅
(4)柳田格之進
(5)井戸の茶碗
(6)抜け雀
(7)風呂敷
(8)替り目
(9)鮑のし
(10)搗屋幸兵衛
(11)富久
(12)品川心中
(13)お直し
(14)唐茄子屋政談
(15)お見立て
(16)文違い
(17)化け物使い
(18)今戸の狐


 前回から涙を飲んで外したのが『おかめ団子』『疝気の虫』『宗珉の滝』『ぼんぼん唄』『首ったけ』『鈴ふり』、その代わりに『風呂敷』『富久』『品川心中』『唐茄子屋政談』『文違い』『今戸の狐』が入った。『お若伊之助』も入れようと思ったが、外すネタが決められない・・・・・・。加えて、あの噺を私があまり好きではない、という個人的な判断で割愛させていただいた。あしからず。

 早い話が、十八に絞るのに無理がある、ということなのだけれどね・・・・・・。

 外したネタは、いわば“志ん生十八番”と言うのに近いかなぁ。他にも、志ん生を元にすると『二階ぞめき』なども入れたいのだが、『疝気の虫』と同様に、志ん生への憧憬が強かった談志から彼の一門に流れて行った噺、と言えなくもない。

 とにかく、改訂は何とか出来た。これでも、異論のある方はいらっしゃるだろうが、ご容赦のほどを。

 さて、これが志ん朝が“うちの噺”と言う内容に近いとは思うが、“美濃部家十八番”となると十代目馬生の得意な噺が他にもたくさんある・・・・・・。

 ここは、志ん生が演じて継承された噺ということで上記を、今のところの、“古今亭十八番”としたい。


 他にもいろいろ書こうと思ったことがある。たとえば先日県民ホール寄席300回記念で小三治の見事な高座に出会った『付き馬』。この噺の志ん朝と小三治との違いなどを、書こうと思っていた。三三が入門した平成5(1993)年の11月、大須での『付き馬』など、楽しいマクラとともに大変結構なのだ。
 もちろん若かりし頃の「志ん朝の会」の音源もスピーディでウキウキする。小三治も良かったが、志ん朝のこの噺もやはり良い。男が妓夫太郎を騙す手口の鮮やかさや、時折はさむクスグリの可笑しさ、などは別の機会に書こう。

 十三回忌にいろいろ考えながら“古今亭十八番”改訂までで、本日はお開きとさせていただきます。

[PR]
Commented by 佐平次 at 2013-10-02 09:26 x
決定版が出るまでなんども改定されるかもしれませんね。
選考基準はネタ自体の力ですか。
志ん輔がとんでもない名演をしたら、それが入選するかも^^。

Commented by 小言幸兵衛 at 2013-10-02 10:38 x
おっしゃる通りで、噺も時代とともに生きていますから、改訂はエンドレスかもしれません。
“古今亭百噺”にしたら、ほぼ固定できると思います^^
志ん輔、今後どんな高座を聴かせてくれるか、楽しみですね。あれだけ葛藤しているんですからね。

Commented by hajime at 2013-10-03 09:12 x
「志ん朝初出し」とか大須のCD等は私の知り合いの方は都内の図書館で借りて聴いてるみたいですね。
皆さん大人買いしたけど……という状況なのだと思います。

「初出し」も「大須」もいいですね。特に「大須」は寄席で聴いていた感じで思い出して仕舞いました。

-古今亭十八番改訂版-
納得ですね。お見事だと思います。
私だったら「搗屋幸兵衛 」の代わりに
馬生師もやっていた「王子の狐」を入れたいですね。まあ全く個人的な好みです。すいません(^^)

Commented by ほめ・く at 2013-10-03 11:24 x
力作ですねぇ。こういう企画が出来るのは幸兵衛さんしかいないです。
その上で勝手なことを言わせて貰えるなら、初代志ん生が創作した「お初徳兵衛」と、それを改変した「船徳」の両方を高座にかけたのは志ん生と馬生、そして現役の雲助だけです。古今亭十八番には欠かせない気がします。
「寝床」も入れたいですね。
志ん生十八番なら「強情灸」「お化け長屋」と「欠伸指南」は落とせないでしょう。
でもどれを落とせと言われたら、落とせるものは無いですね。

Commented by 小言幸兵衛 at 2013-10-03 20:10 x
そうですが、図書館という手がありますよねぇ。
そろそろ、私も“占有欲”を捨てるべき年齢であることを感じておりますが・・・・・・。

古今亭十八番は、難しいです。
「らくだ亭」の志ん輔を聴くと『紙入れ』を加えたくなる^^
志ん生のギャグが活きてましたからねぇ。

今後もエンドレスで改訂することになると思いますので、よろしくお願いします。

Commented by 小言幸兵衛 at 2013-10-03 20:15 x
『寝床』や『船徳』も、結構悩みました・・・・・・。
今回の改訂ではこういうところで、何卒お許しください^^

こういうことをやる“ヒマ人”が、他にはいないんでしょうね。

それにしても、志ん輔の『紙入れ』は良かった。次回はこの噺も考えなきゃ、となるとどれを外せばいいのでしょう。
こんなことで悩んでいるのは、たぶん私だけでしょうね。

Commented by 山茶花 at 2013-10-06 21:54 x
お邪魔します。

志ん朝さん、大阪が結構お好きでした。関西ローカルの番組「痛快エブリディ」という桂南光さんとKTV女子アナ関純子氏司会の情報番組(以前は笑福亭松葉さんも司会の一員でした。が、お亡くなりになったので、2人体制)月曜日「男が喋りでどこが悪いねん」に時々ゲストで出演されていました。ざこば、南光、きん枝、中田ボタン、大平サブローのレギュラーに加え、祝日の月曜日によく出演されていたのが志ん朝さんでした。

粋で軽快な話し方から「一度生の高座を見たい」と思いながら、日程が合わずでした。そして、訃報を知った時愕然としました。「聞ける時に聞いておかないと」と思い知らされました。

実は今日3代目桂文之助襲名公演に行ってきました。大阪サンケイブリーゼにて。昔は、毎年10月第一土日は「枝雀独演会」を旧サンケイホールにて行われていて、毎年私は楽しみに行っておりました。奇しくもその日に3番弟子の雀松さんが文之助を襲名されたのは、偶然ではないでしょう。

口上には、上方落語協会会長という事で、三枝改め六代文枝も並んでいました。五年前、同じホールで米團治さんが襲名された時には、三枝ではなく四天王の1人春団治師が座っておられました。やはり三枝(私の中では今も三枝)では、軽すぎ。

雀松さんの時代から、上方講談の旭堂南左衛門さんや故吉朝さんたちと一緒に勉強会をされ、気象予報士の免許も取った雀松さん。新作も古典も出来、20年以上前から私は注目しておりました。枝雀寄席やサンケイホールでの一門会での大喜利では、司会を務めておられ人を纏めるのが上手です。

一緒に口上の席に座ったのは、米朝一門代表でざこば、上方落語協会副会長鶴瓶、枝雀一門から兄弟子南光、司会は弟弟子文我。

噺家の襲名口上ですから、笑いを取るのは当然です。米團治さんの時には、こぶ平(正蔵と呼びたくない)と小朝の元義兄弟が出て「金髪ブタ野郎」というのが口上挨拶でも出てきて、同じブリーゼホールは爆笑でした。

三枝の口上挨拶では、新作落語の事を「創作落語」と言うし、「私の襲名披露公演がまだ来年の三月迄残っています」と自分の宣伝。私は心の中で「おいおい、まだ襲名披露公演する気か」と呆れておりました。

最後の締めでは「大阪締めは最後が合わないので三本締めで」という興ざめ。自分が出来ないだけの話。そんなに難しい〆じゃない。
http://www.youtube.com/watc
Commented by 小言幸兵衛 at 2013-10-06 22:21 x
貴重な情報をありがとうございます。

志ん朝は上方が本当に好きだったんですねぇ。

上方の文之助という名跡は、必ずしも文枝の一門とは言えないように思いますが、私も勉強不足なので、少し調べてからブログで書くことにします。
先代は『動物園』の作者らしいですね。

三枝の文枝襲名披露、まだやってるんですか?!
呆れますね。

渋谷での披露興行の情報、ありがとうございます。
雀松時代から生の高座は聴いていないので、何とか行きたいと思いますが、宮仕えの身、どうなることやら。

また。お立寄りいただき、貴重な情報をお願いします。

名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by kogotokoubei | 2013-10-01 00:18 | 落語のネタ | Comments(8)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛