噺の話

kogotokoub.exblog.jp
ブログトップ

『名人長二』(2)—森まゆみ『円朝ざんまい』などより。

さて、『名人長二』のついて、森まゆみ著『円朝ざんまい』を中心にご紹介する第二弾の始まり。

 前回も紹介したように、雲助は三カ月連続での口演。「らくご街道 雲助五拾三次」を主催されている「いたちや」さんのサイトに、それぞれの回の題目が書かれている。
「いたちや」さんサイトの該当ページ
11月18日 仏壇叩き 湯河原宿 谷中天龍院
12月24日 請地の土手 清兵衛縁切り
 1月15日 お白洲 大団円



 私の二回目、題をつけるなら、「谷中天龍院 幸兵衛とお柳」とでもなるだろう。

森まゆみ著『円朝ざんまい』から、まずはご紹介。

e0337777_11074105.jpg

森まゆみ著『円朝ざんまい』(文春文庫)

 湯河原から帰って、さっそく谷中の天龍院が登場。そして、事件の香りが漂ってくる。

 湯河原で出生の秘密を知った長二は、実の親達の無慈悲を嘆き、養父の供養をと、谷中三崎(さんさき)の天龍院へまいり、和尚に特別の回向をたのむ。丹精をこらして経机、磐台(きんだい)をつくって本堂に納め、両親の命日には、雨風をいとわず墓参りをする。
 その経机に目と止めた檀家の男、

   年の頃五十一二で、色の白い鼻準(はなすじ)の高い、眼の力んだ
  丸顔で、中肉中背、衣服は糸織藍万の袷に、琉球紬の下着を袷重ねに
  して、茶献上の帯で、小紋の絽の一重羽織を着て、珊瑚の六部球の
  緒締に、金無垢の前金物を打つた金革の煙草入は長門の筒差といふ、
  賤しからぬ拵へです・・・・・・

 浅草鳥越の亀甲屋幸兵衛は屋敷家業、というのはお武家の用を足し繁昌している商人のことをいうのだが、これが長二に客火鉢を二十に煙草盆を五、六対拵えてもらいたいという。「桐でも桑でも構いません」。ここが事件の発端。


 
 円朝の衣装に関する詳細な描写、ある意味で歴史的な価値があると思う。そして、こういった内容を古今亭志ん生は、楽しそうに語ってくれるのだが、生涯着物で通した志ん生だけに説得力があるんだよね。

『円朝ざんまい』の著者は相棒のぽん太と谷中天龍院を訪ねている。

 連休の谷間の一日、私はぽん太を伴い、こんどは谷中天龍院を訪れた。ご住職の北折玄昭和尚(当時)は寺が、「指物師名人長二」の舞台とはご存知なかったが、快く「お上がりください」と案内してくださった。
「うちは臨済宗妙心寺派に属する禅寺で、寺号は海雲山といいましてな、これは谷中三崎が大昔は海の入江であったことからついたものでしょう。私は昭和三十六年(1961)からここに縁があっております。
 もともと神田の北寺町あたりにありまして、慶安のころ焼けて谷中に移りまして、ここに来てからも彰義隊の上野戦争で焼けております。ですから『名人長二』のころ、文化文政の資料などはないのです。象潭(ぞうたん)和尚という方が寺を再興され、少しあいて明治三十八年(1905)、実厳(じつがん)和尚のときにいまの本堂を建てましたが、この方も早く亡くなってしまいました。指物師の檀家や豪商の旦那がいたかどうかは確かめようがない」


 寺に歴史あり。そして江戸時代に頻繁に発生した火事が、そういった歴史的遺産をどれほど焼き尽くしてきたのだろうか、とも思う。

 本書にも天龍院の外観と訪問時のご住職の写真が掲載されているが、天龍院のサイト(だと思うのだが?)から写真を拝借。
谷中「天龍院」のサイト
e0337777_11103464.jpg

 場所は円朝の墓がある、あの全生庵のすぐ裏。まぁ、どっちが表でどっちが裏かは何とも言えないが。
 円朝も当時の天龍院の住職と面識があって、作品に登場させたのだろうと思っていたら、しっかりこの本にも書いてある。

 物語の和尚様はよほど親切な方と見える。円朝は三崎あたりで育ち、天龍院の目の前の全生庵に明治二十年代によく来ていたわけで、その象潭・実厳和尚もじっさい知っていたのではあるまいか。


 
 さて、話は天龍院の檀家で、長二に指物の注文を出した亀甲屋幸兵衛のことに戻る。私と同じ幸兵衛という名なのだが、残念ながら亀甲屋は私と違って(?)悪い奴だった。

亀甲屋は四月も末、深川不動の開帳の帰り、柳島の別荘に帰る途中、平清(ひらせい)の折り詰料理を持って、妻お柳をつれて長二の仕事場へ寄る。平清というのは、深川佐賀町にあった料亭で、山谷の八百膳にまさるとも劣らないといわれたが、明治三十年代に廃業している。

   お柳の装(なり)は南部の藍の子持縞の袷に黒の唐繻子の帯に、極微塵
  の小紋縮緬の三紋の羽織を着て、水の滴(たれ)るやうな鼈甲の櫛笄(く
  しかうがい)をさして居ります。年は四十の上を余程越して、末枯れては
  見えますが、色ある花は匂失せずで、何処やらに水気があつて、若い時は
  何様(どん)な美人であつたかと思ふ程でございますが、・・・・・・

 お柳は長二の顔を見るなり蒼くなって肩で息をし、そこそこに引き上げる、と紙入れを忘れていった。長二がそれを届けに行くと入れちぎに亀甲屋の手代が、こんどはこれも有名な料亭、橋本の折りと柳の手紙を届けてくる。これを見て、

   衣食住と云つてな着物と食物と家の三つア身分相応といふものがある
  と、天龍院の方丈様が云つた、職人ふぜいで毎日店屋の料理なんぞを
  喰つちア罰があたるア、貰った物にしろ毎日こんな物を喰つちア口が
  驕つて来て、まづい物が喰へなくなるから、実ア有がた迷惑だ、職人
  でも芸人でも金持に贔屓にされるア宜(い)いが、見やう見真似で万事
  贅沢になつて、気位まで金持と気取つて、他の者を見くびるやうになる
  から、己ア金持と交際(つきあ)うことア大嫌えだ。・・・・・・

 樋口一葉は歌塾萩の舎(や)の貴婦人たちのお供で向島に梅見に行った帰り、「橋本屋の鯉こくは何うまかるべき」と書いている。長二と共通した意地といえよう。


 歌川広重の「名所江戸百景」で「柳しま」に描かれているのが、料亭橋本である。Wikipedia「名所江戸百景」から画像を拝借した。Wikipedia「名所江戸百景」

e0337777_11103567.jpg


 原作から引用されている、“贅沢になつて、気位まで金持と気取つて、他の者を見くびるやうになるから、己ア金持と交際(つきあ)うことア大嫌えだ”、という言葉、円朝の本音なのか、それとも自省の言葉なのか。
 
 さて、長二は、幸兵衛・お柳の柳島の別荘を訪れて身の上話をするうちに、自分の背中の傷を二人に見せることになる。その場面、青空文庫の原作から、少し引用したい。この場面でも料理は橋本から取り寄せている。
 *コピペすると、ルビがそのまま漢字のあとに続いてしまい若干読みにくさもあるかと思いますが、ご容赦のほどを。
青空文庫「名人長二」

 長「へい私わたくしの実の親達ほど酷むごい奴は凡およそ世界にござい
  ますめえ」
 とさも口惜くやしそうに申しますと、お柳は胸の辺あたりでひどく動悸どうきでもいたすような慄ふるえ声で、
 柳「何故だえ」
 長「何故どころの事こっちゃアございません、私わたくしの生れた年
  ですから二十九年前めえの事です、私を温泉のある相州の湯河原の
  山ん中へ打棄うっちゃったんです、只打棄るのア世間に幾許いくらも
  ございやすが、猫の死んだんでも打棄るように藪ん中へおッ投込ぽり
  こんだんと見えて、竹の切株が私わっちの背中へずぶり突通つッと
  おったんです、それを長左衛門という村の者が拾い上げて、温泉で療治
  をしてくれたんで、漸々よう/\助かったのですが、其の時の傷ア……
  失礼だが御覧なせい、こん通りポカンと穴になってます」
と片肌を脱いで見せると、幸兵衞夫婦は左右から長二の背中を覘のぞいて、互に顔を見合せると、お柳は忽たちまち真蒼まっさおになって、苦しそうに両手を帯の間へ挿入さしいれ、鳩尾むなさきを強く圧おす様子でありましたが、圧おさえきれぬか、アーといいながら其の場へ倒れたまゝ、悶え苦くるしみますので、長二はお柳が先刻さっきからの様子と云い、今の有様を見て、さては此の女が己を生んだ実の母に相違あるまいと思いました。


 うすうすは察していた長二だが、これでお柳が実の母親であると確信した。

 それから半年後、幸兵衛とお柳が長二の家にやって来た。ここで、長二は、募る思いを吐き出した。この場面、『円朝ざんまい』では要約されて紹介されているが、ここは今松、雲助の高座でも重要な見せ場になるはずなので、原作から引用したい。

 柳「これは少いが、内儀さんを貰うにはもう些ちっと広い好いい家うちへ
  引越さなけりゃアいけないから、納とってお置きなさい、内儀さんが
  決ったなら、又要るだけ上げますから」
と長二の前へ差出しました。長二は疾とくに幸兵衞夫婦を実の親と見抜いて居りますところへ、最前からの様子といい、段々の口上は尋常ひとゝおりの贔屓でいうのではなく、殊に格外の大金に熨斗を付けてくれるというは、己を確かに実子と認めたからの事に相違ないに、飽までも打明けて名告らぬ了簡が恨めしいと、むか/\と腹が立ちましたから、金の包を向うへ反飛はねとばして容かたちを改め、両手を膝へ突きお柳の顔をじっと見詰めました。
 
 長「何です此様こんな物を……あなたはお母っかさんでしょう」
 と云われてお柳はあっと驚き、忽ちに色蒼ざめてぶる/\顫ふるえながら、逡巡あとじさりして幸兵衛の背後うしろへ身を潜めようとする。幸兵衛も血相を変え、少し声を角立てまして、
 幸「何だと長二……手前何をいうのだ、失礼も事によるア、気でも違っ
  たか、馬鹿々々しい」
 長「いゝえ決して気は違ちげえません……成程隠しているのに私わっち
  が斯う云っちア失礼かア知りませんが、棄子の廉かどがあるから何時
  まで経っても云わないのでしょう、打明けたッて私が親の悪事を誰に
  云いましょう、隠さず名告っておくんなせえ」
 と眼を見張って居ります。幸兵衞は返答に困りまして、うろ/\するうち、お柳は表の細工場さいくばの方へ遁にげて行きますから、長二が立って行って、
 長「お母さん、まアお待ちなせえ」
と引戻すを幸兵衛が支えて、
 幸「長二……手前何をするのだ、失礼千万な、何を証拠に其様そんなこと
  をいうのだ、ハヽア分った、手前てめえは己が贔屓にするに附込んで、
  言いがゝりをいうのだな、お邸方やしきがたの御用達ごようたしをする
  龜甲屋幸兵衞だ、失礼なことをいうと召連訴めしつれうったえをするぞ」
 柳「あれまア大きな声をおしでないよ、人が聞くと悪いから」
 幸「誰が聞いたッて構うものか、太い奴だ」
 長「何で私わっちが言いがゝりなんぞを致しましょう、本当の親だと明して
  おくんなさりゃアそれで宜いいんです、それを縁に金を貰おうの、お前め
  えさんの家うちに厄介やっけいになろうのとは申しません、私は是まで
  通り指物屋でお出入を致しますから、只親だと一言ひとこと云っておくん
  なせえ」
 と袂に縋すがるを振払い、
 幸「何をするんだ、放さねえと家主いえぬしへ届けるが宜いか」
と云われて長二が少し怯ひるむを、得たりと、お柳を表へ連れ出そうとするを、長二が引留めようと前へ進む胸の辺あたりを右の手で力にまかせ突倒して、
 幸「さア疾はやく」
 とお柳の手を引き、見返りもせず柳島の方かたへ急いでまいります。



 実の親だと名乗って欲しい長二と、過ちを暴かれたくないお柳・・・・・・お柳と幸兵衛には、他にも知られたくない過去があるのだ。

 それにしても、この葛藤の場面、見せ場でしょう!

 特に、お柳がくれようとした金を見て、“何です此様(こんな)物を……あなたはお母っかさんでしょう”の科白と、その言葉に、“はあっと驚き、忽ちに色蒼ざめ”るお柳の姿、
今松、雲助、どんなふうに演じてくれるのか、大いに楽しみだ。

 この後、長二は、お柳が置いていった五十両を返そうと二人を追うのだった。先回りして長二が幸兵衛とお柳を待つのが「請地の土手」。

 さて、長二を待ち受ける運命とは・・・・・・次回をお楽しみに。
[PR]
Commented by 小畠 at 2013-08-30 15:01 x
噺の話 管理人様


はじめまして!
突然のご連絡、申し訳ございません。
株式会社ウェスポーランドの小畠と申します。


弊社サイトと管理人様のサイトの相性が合いそうだったので
広告掲載のお願いでご連絡させていただきました^^


私どもの会社では、婚活支援サイトを運営しており、
貴サイト様以外にも、現在200社弱程度のサイト様と
月極広告契約や年間契約を結んでおり、700社以上の広告契約の実績がございます。


弊社は世にあるような「騙し」や「いいかげんな」講座を行う会社ではございません。
ナンパテクニック等の制作しておりますが「中身のある」商品です。


広告掲載の件、ご相談可能かメールにてご連絡いただけますでしょうか?


ご返信いただく際にはお手数ながら運営されている
サイト名
サイトURL
を表記の上、ご返信下さいませ。
サイト名・URLのみの返信でもかまいません。


料金算出の際に必要なため
直近1か月のアクセス解析のキャプチャ画像も
お送りいただければと思います。

もし解析が無い場合はご相談下さい。


前向きにご検討いただけますようお願いいたします。
それでは今後ともよろしくお願いいたします^^


株式会社ウェスポーランド 小畠

名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by kogotokoubei | 2013-08-28 19:11 | 落語のネタ | Comments(1)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛