噺の話

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『名人長二』(1)—森まゆみ『円朝ざんまい』などより。

円朝の命日に、11月に同じ一門の雲助と今松が『名人長二』を高座にかけることを紹介した。
2013年8月11日のブログ

 私は雲助が予定している三回全てには行けそうにないが、どれか一日か二日と今松の会に行くつもりである。それで、このネタの予習をしておこうと思った次第。

 円朝の命日のブログでは、永井啓夫『三遊亭円朝』から次のようなネタ成立の背景を引用した。


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永井啓夫著『新版 三遊亭円朝』(青蛙房)


 明治二十五年、大阪より帰京後、怪我をした円朝が湯河原で湯治中創作にとりかかった作品である。
 題材は、有島武夫人幸子から教えられたフランスの小説家モーパッサンの小説『親殺し』(Un parricide、1884年作)を翻案、作話したといわれている。
 有島武(1840-1914、有島武郎、生馬、里見弴の父)が横浜で税関長をしていた頃、部下にフランス文学の研究者があり、その人から聞いた話を有島夫人幸子が書きとめて円朝に送ったのである。これに対する円朝の礼状が、有島家に所蔵されている。
 モーパッサンの作品がわが国で始めて翻訳紹介されたのは、明治三十三年「帝国文学」に掲載された「ゐろり火」である。翻案にしても、円朝がその八年前にモーパッサン作品を手がけていることは注目すべき事であろう。
 ストーリーは翻案とはいえ、主人公の指物師長二は、本所割下水に住んでいた名人気質の指物師で、円朝とも親交のあった長二をモデルにしている。
 円朝の弟子一朝が若い頃、夜店で八銭ほどの赤間硯を買って来て円朝に見せたところ、「よい硯だから、長二さんに蓋を作って貰って上げよう」と頼んでくれた。二ヵ月ほどで良い蓋が出来て来たが、手間賃は二円だったという。二ヵ月も、三ヵ月も遊んでいて、いざ仕事にかかると夜の目も寝ずに仕上げるという名人肌で、女房をはじめ他からは奇人として見られていたらし

 近所にいたモデルとなる職人さんと、モーパッサン作品との融合、円朝ならではの仕事である。横文字になってしまうが、“イノベーション”とは、無から有を生み出すのではなく、既存の複数のものの融合で新たな価値を創造することであると考えると、円朝は、とんでもなくイノベーティブな人物だったと思う。




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森まゆみ著『円朝ざんまい』(文春文庫)

 もう少しこのネタの予習をするなら、参考書として森まゆみ著『円朝ざんまい』をはずすわけにいかない。

 この本は原作の紹介のみならず、その舞台を著者が“ぽん太”こと編集者山本明子と一緒に訪問する道中の話が楽しい。
 
 雲助は三カ月連続での口演だが、「らくご街道 雲助五拾三次」を主催されている「いたちや」さんのサイトに、三回それぞれの回の題目が書かれている。
「いたちや」さんサイトの該当ページ
11月18日 仏壇叩き 湯河原宿 谷中天龍院
12月24日 請地の土手 清兵衛縁切り
 1月15日 お白洲 大団円


 私も『円朝ざんまい』を中心にこの噺のことを何回かに分けて書こうと思う。回数は四回位になりそう。よって、粗筋を知らないままで雲助や今松の高座を聴きたいという方は、ネタバレになりますので、お読みにならない方がよいでしょう。知りたい方は、少しダラダラと書きますが、よろしくお付き合いのほどを。

 この第一回のお題をつけるなら、「仏壇叩き 湯河原の捨て子」というところか。
 
 円朝の原作そのものにご興味のある方は、「青空文庫」をご覧のほどを。この原作からも少し引用するつもり。
青空文庫『名人長二』

 それでは、『円朝ざんまい』で前から三つ目のお題となっている「指物名人長二」-江戸屈指の男ぶり<本所・湯河原・谷中>、より引用。


 次は江戸屈指のいい男をお目にかけよう。
 長二、東両国大徳院前の親方清兵衛の弟子で、本所〆切というところで一本立ちし、腕を磨く指物職人だ。
 長二は此時二十八歳の若者で、眼がきりりとして鼻筋がとほり、何処<となく苦味ばしった、色の浅黒い立派な男でございますが、酒は嫌ひで、他の職人達が婦人の談(はなし)でもいたしますと怒るといふ程の真面目な男で、只腕を磨く一方にのみ身を入れて居りますから、外見(みえ)も飾りもございません。

 いまどきいませんよ。こんなガタイの良さそうな、なりも気にせず、どこへ行くにも仕事着のまま、膝の抜けかかった盲縞の股引に、垢染みた藍の万筋の木綿袷の前をいくじなく合せて、縄のような三尺を締め、袖に鉤裂のある印半纏を引掛けていて、動くたんびにどこからか鋸屑がこぼれる・・・・・・う~ん、母性愛が刺激されちゃう。


 この本、こういった“森節”とも言える文章が楽しい。

 とにかく、いい男なのだよ、長二は。こんな職人長二の噂を聞いたお金持ちが、彼に注文をするようになる。

 面白い職人もあるものだ、と噂をきいて、浅草蔵前の坂倉屋助七が購(もと)めておいた三宅島の桑板で、先祖の位牌を入れる仏壇を指させようと丁稚に呼びに遣わす。ふつうならご大家の主人をお得意様にと飛んでくるところ。「己ア呼付けられてへいへいと出て行くような閑な職人ぢゃアねえ」と鉋屑の中へ寝転んで煙草を呑んでいる。「火の用心の悪い男ですねえ」と語り手の円朝が、客をここでちょっと笑わす。

 さて、この坂倉屋からの仕事、これがこのネタの一つの聞かせどころだろう。雲助の第一回目「仏壇叩き」に関した内容は次の通り。

板を預けたはいいが出来あがったのは七ヵ月目。「手間賃は百両」との長二の言に、坂倉屋は余りに法外とのけぞった。「それだけ手間がかかったのです。素人衆には分かりますまいよ」「嘘だと思召すなら才槌で打擲(ぶんなぐ)ってごらんなせい」・・・・・・長二の言葉の一つ一つがカッコ良い。シビレル。
 売り言葉に買い言葉、高慢をいうにもほどがあると助七、才槌で続けざまに仏壇を打つが「止口釘締(とめぐちくぎじめ)は少しも緩みません」。

 この部分、青空文庫の円朝の原作では、このようになっている。


「旦那……高言か高言でねえか打擲(ぶんなぐ)ってごらんなせい、打擲って一本でも釘が弛(ゆる)んだ日にゃア手間は一文も戴きません」
「ムヽ面白い、此の才槌で力一ぱいに叩いて毀れなけりゃア千両で買ってやろう」と才槌を持って立上りますを、先刻から心配しながら双方の問答を聞いていましたお島が引留めまして、
「お父(とっ)さん……短気なことを遊ばしますな、折角見事に出来ましたお仏壇を」
「見事か知らないが、己には気にくわない仏壇だから打毀(ぶちこわ)すのだ」
「ではございましょうが、このお仏壇をお打ちなさるのは御先祖様をお打ちなさるようなものではございませんか」
「ムヽ左様(そう)かな」
 と助七は一時(いちじ)お島の言葉に立止りましたが、扨(さて)は長二の奴も、先祖の位牌を入れる仏壇ゆえ、遠慮して吾(われ)が打つまいと思って、斯様(かよう)な高言を吐(は)いたに違いない、憎さも憎し、見事叩っ毀して面の皮を引剥(ひんむ)いてくりょう。と額に太い青筋を出して、お島を押退(おしの)けながら、
「まだお位牌を入れないから構う事アない……見ていろ、ばら/\にして見せるから」
 と助七は才槌を揮(ふ)り上げ、力に任せて何処という嫌いなく続けざまに仏壇を打ちましたが、板に瑕(きず)が付くばかりで、止口(とめぐち)釘締(くぎじめ)は少しも弛(ゆる)みません。助七は大家(たいけ)の主人で重い物は傘の外(ほか)持った事のない上に、年をとって居りますから、もう力と息が続きませんので、呆れて才槌を投(ほう)り出して其処(そこ)へ尻餅をつき、せい/\いって、自分で右の手首を揉みながら、
「お島……水を一杯……速く」
 と云いますから、お島が急いで持ってまいった茶碗の水をグッと呑みほして太息(おおいき)を吐(つ)き、顔色を和(やわら)げまして、
「親方……恐入りました……誠に感服……名人だ……名人の作の仏壇、千両でも廉(やす)い、約束通り千両出しましょう」
「アハヽヽ精神(たましい)を籠めた処が分りましたか、私(わっちゃ)ア自慢をいう事ア大嫌(だいきら)いだが、それさえ分れば宜(よ)うがす、此様(こんな)に瑕が付いちゃア道具にはなりませんから、持って帰って其の内に見付かり次第、元の通りの板はお返し申します」
「そりゃア困る、瑕があっても構わないから千両で引取ろうというのだ」
「千両なんて価値(ねうち)はありません」
「だって先刻(さっき)賭(かけ)をしたから」
「そりゃア旦那が勝手に仰しゃったので、私(わたくし)が千両下さいと云ったのじアねえのです、私(わっち)ア賭事ア性来(うまれつき)嫌いです」


ねぇ、カッコいいでしょ、長二。

『円朝ざんまい』に戻ろう。

 助七は感服して林大学頭(はやしだいがくのかみ)にその始末を認(したた)めてもらい、傷のついて仏壇の由緒として子々孫々の家宝とする。この話が江戸市中の評判となって長二の名が高まる、とここまでが話の前段。
 さて仕事が一段落した長二は、足の疵で痛む兼松を連れ、自分も背中にぽっかりあいた旧疵(ふるきず)が痛むので湯治に出かける。円朝、ここまでに伏線を蜘蛛の巣のように張りめぐらしている。


 このあと、円朝原作の湯河原の描写の紹介になる。この湯河原で、長二は自分の出生の秘密を知ることになるのだ。長二と兼松が逗留した藤屋の給仕の婆さんとの会話から、長二の秘密のベールが次第にはがされていく。

 「お前さんの方の病気は何だね」といわれて長二、「子供の時分の旧疵だ。右の肩の下のところに拇指(おやゆび)の入るくれえの穴がポカンと開いている」。
 河へ泳ぎに行って友達に馬鹿にされ、母に問いただすと、「その疵の事は云ってくれるな」と涙ぐんだ。と聞いて婆さん、しげしげと長二の顔を見、「若(も)しかお前の母様(かかさま)はおさなさんと云わねえか」「ああ左様だ」「父様(とつさま)はぇ」「長左衛門さ」「アレエ魂消(たまげ)たねえ、お前さん・・・・・・長左衛門の拾児(ひろいっこ)の二助どんけえ」。
 はじめてあかされる長二出生の秘密。
「二十七八年前のこんだ、何でも二月の初(はじめ)だった、孩児(ねねっこ)を連れた夫婦の客人が来て、離家に泊って三日ばかりいたのサ・・・・・・」
 婆さんはそのときから働いていた。女は赤ん坊がお前さんの胤に違いないといい、男は一月違うから己(おれ)の児じゃないといい、いさかいして赤ん坊を投げ合う。あくる日、土地の者長左衛門が山へ箱根竹を伐りにいった帰り、竹藪で赤ん坊が火のついたように泣いているのを見つけた。かわいそうに竹の切株が肩のところに突刺っている。長左衛門は抱いて帰って、妻のおさなと、吉浜の医者を呼ぶやら、湯に入れては疵口をなでて看護したら、「大(でけ)え穴にはなったが」疵口が癒(なお)ってしまった。それで名主の伊藤様へ行ってこの子を自分の子にし、夫婦二人で助けたのだから「二助」と名付けた。それが長二にまちがいない。

 私は持っていった「指物師名人長二」を読みながら、湯の疲れが出たのか、うつらうつらと眠ってしまった。

 私も、一杯呑みながら書いているので、そろそろ、うつらうつらなのだが、この場面の婆さんとの会話、円朝の原作を青空文庫から少しだけ引用。


「何処の人か知んねえが、私わしが此家こっちへ奉公に来た翌年あくるとしの事こんだから、私がハア三十一の時だ、左様すると……二十七八年前めえのこんだ、何でも二月の初はじめだった、孩児を連れた夫婦の客人が来て、離家はなれに泊って、三日ばかりいたのサ、私イ孩児の世話アして草臥くたびれたから、次の間に打倒うちたおれて寝てしまって、夜半よなかに眼イ覚さますと、夫婦喧嘩がはだかって居るのサ、女の方で云うには、好いい塩梅あんべいに云いくるめて、旦那に押おっかぶして置いたが、此の児こはお前めいさんの胤たねに違ちげい無ねいというと、男の方では月イ勘定すると一月ひとつき違うから己の児じゃア無ねい、顔まで好よく彼奴あいつに似ていると云うと、女は腹ア立って、一月ぐれえは勘定を間違まちげえる事もあるもんだ、お前めえのように実じつの無ねいことを云われちゃア苦労をした効けいがねい、私わしイもう彼あの家うちに居ねい了簡だから、此の児はお前めえの勝手にしたが宜ええと孩児を男の方へ打投ぶんなげたと見えて、孩児が啼なくだアね、其の声で何を云ってるか聞えなかったが、何でも男の方も腹ア立って、また孩児を女の方へ投返すと、女がまた打投げたと見えてドッシン/\と音がアして、果はてにア孩児の声も出なくなって、死ぬだんべいと思ったが、外の事こッてねえから魂消ているうち、ぐず/\口小言を云いながら夫婦とも眠ねてしまった様子だったが、翌日あくるひの騒ぎが大変さ」
「フム、どういう騒ぎだッたね」
「これからお前めえさんの背中の穴の話になるんだが、此の前めえ江戸から来た何なんとか云った落語家はなしかのように、こけえらで一節ひときり休むんだ、喉のどが乾いてなんねいから」
「婆さん、なか/\旨うめえもんだ、サアこゝへ茶を注ついで置いたぜ」
「ハアこれは御馳走さま……一息ついて直すぐに後あとを話しますべい」

 おいおい、赤ん坊を投げ合うなよ、と言いたいが、最近は若い親による幼児虐待のニュースが多いことに思い至る。

 それにしても最後の方の婆さんの科白を読むと、円朝って、結構遊び心があるねぇ。

さて、円朝の原作の冒頭部分には、次のようなことが書いてある。
 世間でも長二という名人のあった事を知っている者が少のうございますから、残念でもありますし、又先頃弁じました名人競べのうち錦の舞衣にも申述べた通り、何芸によらず昔から名人になるほどの人は凡人でございませぬゆえ、何か面白いお話があろうと存じまして、それからそれへと長二の履歴を探索に取掛りました節、人力車から落されて少々怪我をいたし、打撲で悩みますから、或人の指図で相州足柄下郡の湯河原温泉へ湯治に参り、温泉宿伊藤周造方に逗留中、図らず長二の身の上にかゝる委しい事を聞出しまして、此のお話が出来上ったのでございます。

 ということで、最後に円朝が逗留した湯河原温泉の伊藤屋さんのサイトから、古い建屋の写真をご紹介。
湯河原温泉「伊藤屋」さんのサイト



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 ちなみに森さんとポン太は、『円朝ざんまい』の取材の際、上野屋に逗留。長二と兼松が湯治した藤屋のモデルは富士屋(その後廃業)と言われている。

 伊藤屋さんは、現在では大きく立派な旅館。円朝よりも島崎藤村が『夜明け前』の原案を練った宿として有名らしい。

 たまには、浮世を忘れて、こんな旅館に長逗留したいとは思うが、宮仕えの身ではなかなか・・・・・・。

 さて、第一回はこれにてお開き。出生の秘密を知った長二にどんな物語が待ち受けているのか、次回をお楽しみに。
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Commented by ほめ・く at 2013-08-28 11:23 x
ウ~ン、幸兵衛さんの解説と雲助の高座、読んでから聴くか、聴いてから読むか、それとも読んで終わりにするか、迷いますね。

Commented by 小言幸兵衛 at 2013-08-28 12:06 x
ほめ・くさんなら、すでに筋書きをご存知かと思います。
私の駄文は、斜めに読み流していただければ幸いです。
それにしても、なぜか「長二」ブーム(と言っても二人だけか^^)ですね。

Commented by 彗風月 at 2013-08-30 11:19 x
今までなぜか長二に当たったことがなく、この秋の同門両師による口演が大変楽しみです。早速予約をしてしまいました。

Commented by 小言幸兵衛 at 2013-08-30 15:05 x
私も“生”の長二は未体験です。
志ん生の音源と、ご紹介した森さんの本や青空文庫にある円朝の原作を読む位でした。
ここ最近、雲助一門での口演が多いようですが、まだ聴いていないので楽しみです。

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by kogotokoubei | 2013-08-27 19:25 | 落語のネタ | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛