らくご街道 雲助五拾三次 ~惨劇~ 日本橋劇場 8月2日
2013年 08月 03日
仕事の関係で、開演には間に合わなかった。会場に着いたのは七時半過ぎ。暗い場内の最後列にそっと座った。
暗いはずである、舞台、雲助の左右に百目蝋燭が灯るだけで場内の照明は消してある。その昔の寄席の光景を再現する試みなのだろう。『髪結新三』の時のつけ打ちといい、なかなかこの会は工夫を凝らしているなぁ。
まだ殺人発生の前で、新助が秀英の妻を騙して毒薬を手にする場面から聴くことができた。
開口一番はなかったようなので、次のような構成だったことになる。
緑林門松竹 『新助市』 (75分 *19:00~)
(仲入り)
緑林門松竹 『おすわ殺し』 (35分 *~21:05)
これは、円朝初期のこの作品の前半に当る。
円朝作品について非常に参考になるサイトがある。「はなしの名どころ」と言って、作品の舞台である土地や、筋書きなど、厖大な情報が満載である。
同サイトによると、この噺は、大きく次のように章立てできる。
「はなしの名どころ」サイトの該当ページ
(1)新助市、譽石を奪う
(2)またかのお関
(3)平吉 天城に乗り込む
(4)田舎の惨劇
(5)按摩幸治
雲助のこの日の噺は、この中の第一章に相当する。同サイトから第一章の概要解説を引用。
新助市 譽石を奪う
新助,七軒町の医者,秀英のお供.毒薬の在りかを聞き出す−秀英の妻に一つ目の妾宅のことを話し,毒薬譽石を出させる.妻を殺害−妻が間男していると偽り,秀英を連れ出して毒殺−妾のおすわ口説き.下女のお定殺す.捜索の手が入り両人逃亡する/新助の茶店に周伯堂親子が訪れる−周伯堂を毒殺−お時を吉原へ売る.お時は常磐木となる−留守中,おすわは息子の新太郎に仇討を吹きこむ−しかし,新太郎とおすわは新助に返り討ちにあう−再び手入れ
実際の雲助の高座がどうだったのか、筋書きの一部と感想を記したい。
五街道雲助 緑林門松竹『新助市』
私が聴けたのは、新助が秀英から毒薬の在りかを聞いて秀英宅に戻ってから秀英の奥方と会話をしている場面の途中から。すでに秀英に妾がいると奥方に告げた後。激情した奥方を匕首で殺し、鍵を開けて毒薬を持ち出し、また妾宅に戻る新助。今度は秀英に奥方が若い男を家に引き込んでいたと嘘をつき、七軒町に秀英と一緒に帰る。「すでに逃げたようだ」と新助は告げるが、秀英は「着物も金も持ち出していない。おかしい」と訝しげ。「喉がかわいたろう」と新助は毒薬入りのお湯を秀英に飲まし、これで殺人二人目。
また妾宅へ戻る新助。今度はおすわの下女を匕首で殺し、追っ手が来たので、おすわと子供新太郎を引き連れて逐電するまでで仲入り。
最後列だったので、暗い会場では雲助の表情もよく見えない。しかし、新助の不気味さ残虐性は伝わる。ともかく、たくさん殺す噺である。
五街道雲助 緑林門松竹『おすわ殺し』
仲入り後は自分の座席から、よく雲助の表情も分かる。新助とおすわが営み茶店に周伯堂親子がやって来る。この周伯堂を毒薬で殺し、悪人仲間が娘を吉原に売りとばすのでが、このへんがこの噺に筋書きとしては、どうしてもしっくりこない。もちろん、新助とおすわが秀英宅から盗み出した金を元に茶店を営み、二人仲良く暮らしましたとさ、では円朝の芝居噺とはならないのだが、新助の悪事、たとえば『髪結新三』などの劇的な物語性に欠けるのだ。円朝二十代の作品。まだ作家としてはこれから、ということなのだろう。
雲助の熱演は伝わるが、最後におすわのみならず、新太郎までも残虐に殺め、追っ手が来たところで締めた。蝋燭の芯を打ち、文字通りの“芯打ち”として高座を終えたが、噺自体の後味は良いとは言えない。しかし、これはもちろん雲助の責任ではない。
この噺、音源は円生のものがセットの企画もので発売されているが、残念ながら持っていない。
ちなみに、後半の『またかのお関』については、度々お世話になる「落語の舞台を歩く」のサイトに、円生の速記とともに詳しい紹介があるのでご参照のほどを。
「落語の舞台を歩く」の該当ページ
そして、私が今回事前に参考にさせていただいた音源は、私のブログにもよくコメントを頂戴するhajimeさんの「はじめのブログ」に掲載されている正蔵版である。六回に分けて掲載されており、感謝である。
「はじめのブログ」の該当ページ
雲助は、正蔵版とは、細かい点、たとえば秀英の妻を殺す場所などで筋書きの違いはあるが、大筋に影響はないだろう。
終演後は、楽しみにしていた居残り会分科会。リーダーSさんは不在だったが、YさんIさんといつもの蕎麦屋の三階へ。ここは座敷で靴を脱いであがるのだが、せっかくYさんがポリ袋に靴を入れるという模範を示したくれたのに、「大丈夫だろう」と油断した私はそのまま靴を脱ぎ捨てて上がってしまった。これが、後で悲劇(?)を生むのだった^^
三人でビールにホッピー、シシャモやマグロ、何より落語や野球などの話を肴に盛り上がった。雲助は、五拾三次の長丁場、こういうネタへの挑戦も悪くない、と一同その了見を良しとすることで合意。それにしても、なぜ好企画なのに、客が半分位しか入らないのか、という怒りでも合意。
さて帰ろうとしたら、私の靴が見当たらない。その代わり、ポリ袋に入れてある靴が、さっきまでお隣で飲んでいたお客様のテーブルの脇に、ポツンと置いてある。見事に他のお客さんが私の靴を間違えて履いて行ったのだ。残された靴のサイズは、私とほぼ同じ。それにしても、別人の靴を履いても違和感なくお帰りになった方、相当酩酊されていたのだろう。
まるで『鰻の幇間』だが、私の靴と残された靴、たぶん似たような価格と察するし、お土産まで我々の勘定に付け替えられることはなかった。お店の方に事情を説明すると、間違えたと思しきお客様ご一行は、お店の近くの会社のご常連の方々らしい。それなら少なくとも月曜には店に取りに来るだろうし、私の靴も戻るだろう。ということで、お店のサンダルをお借りして帰宅したわけだが、このちょっとした騒動もあったので、帰り着いた時は日付変更線を越えていたのだった。
何とも最後に情け無いサゲが待っていたが、仲入りでは、私のブログに度々コメントを頂戴しお会いしたかったNさんと会うことができた。雲助が、“芯を打つ”高座を見ることもできた。桐の下駄を盗まれたわけでもなく、芝居噺を聞いた後で自分自身の笑い話もつくった、なんとも充実した一日だった^^
もう昨年の記事になって仕舞いました。
酔って靴を間違える方っていらっしゃいますよね。あれ違和感無いのでしょうかね?
私の店でたまにあります(^^)
へぇ、たまにいらっしゃいますか?!
よほど、間違えられたであろう方の靴を履こうかと思いましたが、やはり靴だけに“二の足”を踏みました^^