噺の話

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成田屋のこと。

十二代目の市川団十郎が亡くなった。

 成田屋については、海老蔵の事件の後に記事を書いたことがある。
2010年12月10日のブログ

 その記事では、談洲楼燕枝が九代目団十郎の贔屓であったこと、燕枝は同じように成田屋の贔屓だった烏亭焉馬に憧れていたのだろう、ということ。その烏亭焉馬は五代目の贔屓で、六代目が夭逝した後は七代目の後見役であったことなどを書くとともに、海老蔵事件について、かつて成田屋を贔屓にしていた“三升連”のような後援者たちはいないのか、いるならどうしているのか、というようなことを書いた。

 十二代目の訃報に関連するニュースに次のような記事があった。ZAKZAKの該当記事

「海老蔵には長生きしてほしい」と、語るのは成田屋の古い贔屓(ひいき)筋。

 成田屋には代々を遡ると、米国のケネディ家のような悲しき因縁がある。超人的な勇者が活躍する「荒事」芸を歌舞伎に取り入れた江戸時代の初代團十郎が、45歳のとき舞台で刺殺された。自殺や早死など不幸に見舞われた先代もいる。


 もはや、メディアも海老蔵のあの事件のことを蒸し返すことはしないようだ。表には出ないものの、やはり三升連の支援も、きっとあるのだろうと思う。

 この記事にある「悲しき因縁」という言葉に、ちょっと違和感を覚えたので、少し調べてみた。

 成田屋のサイトには代々の団十郎の系図があり、各代のプロフィールを確認することができる。
「成田屋」サイト内の「家系図」

 こういう時に、こんなことをすると歌舞伎を愛する方からは“不謹慎”と叱られそうだが、歌舞伎界の名門成田屋の各代の生年と没年を、眺めてみたい。

横軸が西暦の尺度。各代の生存期間と、( )内は没年の満年齢である。

  1650   1700   1750   1800   1850   1900   1950   2000

初代 1660--1704(44)
二代目   1688-------1758(70)
三代目*    1721-1742(21)
四代目*   1711-------1778(67)
五代目        1741-------1806(65)
六代目            1778-1799(21)
七代目               1791---------1859(68)
八代目                 1823--1854(31)
九代目                   1838----------1903(65)
十代目*                        1882----------1956(74)
十一代目*                       (56)1909--------1965
十二代目                            (67)1946-----------2013


 「*」は、先代から血のつながりのない養子を意味する。よって、団十郎の歴史は、必ずしも純粋な血筋の系譜ではない。そういう意味でも“ケネディ家”を引き合いに出すのは、不適切ではなかろうか。

 早世したのは六代目と八代目。六代目は五代目の実子。十四歳で団十郎を襲名し、これから、という時に風邪をこじらせて亡くなった。
 八代目も七代目の実子。十歳で団十郎を襲名し、三十一歳の時、大阪で謎の自殺をとげている。

 たしかに、この二人は夭逝と言えるし、何らかの“因縁”を感じないわけでもない。二人に共通するのは、幼くして団十郎を襲名したこと。やはり、幼い子どもにとってこの名の重さが、夭逝と関係している気がする。

 この二人以外は、八代目までは江戸時代に活躍した人なので、「人生五十年」と言われていた時代と考えれば、決して短命とは言えないだろう。
 九代目は「劇聖」と言われた人だが、六十五歳まで生きている。十代目の七十歳に比べて十一代目の五十四歳は、たしかに天寿とは言えないだろう。そして十二代目の六十六歳も、今日の平均寿命から比べると、早すぎると言える。

 ちなみに、亡くなった十二代目の父は、昭和15(1940)年から昭和37(1962)年までの二十二年間、海老蔵を名のり、九代目没後五十九年ぶりに団十郎を襲名した三年後に没している。その養父であった十代目は生前五代目市川三升を名のり、没後に団十郎を追贈されている。

 しかし、この十二代を辿ってみて、紹介した記事のような“米国のケネディ家のような悲しき因縁”という表現は当たらないと思う。
 ただ、成田屋の系図から、一つの“傾向”として指摘できるとすれば、「若くして団十郎を襲名した場合には、長生きできないかもしれない」ということだろうか。

 しかし、次の記事のように、成田屋が比較的早世と報道されているが、他の名跡はどうなのか・・・・・・。
朝日新聞のサイトの該当記事

 初代団十郎から350年余。不思議と早世の多い代々で、父の十一代目団十郎も襲名3年半後に、56歳で亡くなっている。



 ちなみに、中村勘三郎をたどってみると、生年不詳の人が二人いるが、他の十六名については、初代以降、次のような没年齢になる。Wikipedia「中村勘三郎」
61、27、29、51、35、70、58、58、20、(十代目生年不詳)、63、51、67、77、67、(十六代目生没年不詳)、79、そして昨年亡くなった十八代目が57歳だった。

 中村屋は本来は座元の家系なので比較するのは筋違いかもしれないが、同じ歌舞伎界の家系として比べた場合、必ずしも成田屋のみが早世とは言えない気がする。あくまで六代目と八代目が特別、ということではなかろうか。やはり襲名時期が早すぎたのかもしれない。

 もっとも長命だった十代目が、没後に団十郎を追贈されたことを考えると、紹介した記事にあるようにご贔屓(三升連?)が、「海老蔵には長生きしてほしい」と祈るなら、海老蔵は、できるだけ団十郎襲名を先延ばしにしたほうがよいのかもしれない。

 とはいえ、七代目も九代目も襲名後三十年は名前を維持し、父も二十七年間団十郎を堅持した。

 海老蔵が大名跡を継いだ場合に彼の人生がどうなるのかは、今から分かりようはない。しかし、成田屋に継承される「荒事」は、舞台の上だけにしてもらいたいものだ。

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by kogotokoubei | 2013-02-04 23:43 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

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by 小言幸兵衛