噺の話

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「昭和は遠くなりにけり」—大鵬の訃報で考えたこと。

昨日の大鵬の訃報を聞き、今日が大寒であることから、次の高浜虚子の句を思い出した。

  大寒の埃の如く人死ぬる

 昭和15年、高浜虚子が六十六歳の時の句。太平洋戦争開戦の前年、盧溝橋事件以降の日中戦争が泥沼になっていた時の句である。虚子の知り合いの死を想ってなのか、戦争の犠牲者を想定したのかは分からない。あるいは、一年でもっとも寒い季節ということが背景にあるのだろうか。

 私にとって大寒前日の大鵬の死は、ここ数年様々な芸能人の訃報とともに言われる「昭和は遠くなりにけり」の想いをもっとも強く抱かせる。

 大鵬の訃報に接し、何人かの力士のコメントを聞いたり見たりしたが、やはり白鵬の言葉が印象に残る。もはや、大相撲の精神は日本だモンゴルだと言う時期を過ぎたのかもしれない。

 「昭和は遠くなりにけり」で思い出すのは、最近読んだ諏訪哲二さんの『学校はなぜ壊れたか』(ちくま新書)の次の部分だ。

 学校が街と同じになった(実際、昼食にピザのお届けを頼んだ生徒がいた。おりから、昭和天皇の御不例中だったので、私は「来るピザ屋 昭和は遠くなりにけり」と軽口を叩いた)。

 
 そんなことを思っていたら、なぜモンゴル出身者の相撲取りが多いのか、ちょっとだけ分かった気がした。もちろん、一つのサクセスストーリーとして日本の大相撲が位置付けられているのだろうが、親方や兄弟子への服従など上下関係の厳しい世界で、日本の若者よりも彼らのほうが順応しやすい面があるのだろう。

 諏訪哲二さんが前掲書で指摘した、親や兄姉、近所の大人たちといった外部の世界との関係性を当り前として共同体の中の自己を位置づけてきた「農業社会的な子ども」が、高度経済成長により「産業社会的な子ども」となり、そして、「消費社会的な子ども」として、共同体の中に自己を位置づけることのできない、社会性の欠如した「個」を優先する子どもが多いと考えるなら、モンゴルには、少なくとも「工業社会的」な文化、あるいは未だに「農業社会的」な文化が存在しているのではないか。

 私は「産業社会的な子ども」の世代である。昭和16年生まれの諏訪さん達「農業社会的な子ども」のように、家の手伝いをすることで社会性を身につけていったり、我慢をすることが当たり前の時代に比べると、電化製品の普及などもあって家の手伝いをすることは少なく、経済的にも我慢をする度合いは、前の世代に比べると少なかった。しかし、先生や親、近所の大人たちと我々子どもとの関係を意識し、先生は敬うものであり、大人の言うことは聞くものであるという教えが生きていた。少なくとも共同体の中の個人、という意識があった。しかし、その後の世代には、学校に行くのは、自分が嫌なことを我慢するという投資に対してのリターンを求める、まさに「消費社会的」な感性が浸透している。かつ、他の人のことへの無関心、あくまで「個」の自分が大事であり、外部との比較を踏まえることなく、自分の思うことが正しい、のである。

 もちろん、諏訪さんも、この三段階の子どもたちは、混在していると言っているし、そんなに綺麗に世代交代したわけでもない。保護者にしてもそうだろう。しかし、大勢は、社会性の欠如した「個」、要するに自分を中心に何事も考え行動する「消費社会」的な子ども、そして保護者の時代になっていると言えるだろう。
 電車のドアが開いたら、真っ先に空席に向かっている親子や、優先席でスマホでゲームで遊びながら目の前にいる高齢者に席を譲ろうとしない若者。すべて「消費社会的」な人達である。

 私達の「産業社会的な子ども」までは、先生に叱られたり殴られたら、親は先生の側に立っていた。「叱られるお前が悪い」のである。
 現在は、「なぜウチの子が叱られるのか!」が大勢であり、ウチの子、そして自分達が正しいのである。他の家庭や、社会という外部との比較の元に自分や我が家を考える気風は、とことん薄れている。


 さて、相撲界に戻る。かつて貧しい生活から脱出するサクセスストーリーの文脈で語られた大相撲は、今や様相を変えている。何も、あんな苦しい稽古をしてまであの世界で頑張ろうとする若者は、「消費社会」では、激減していると言えるだろう。

 相撲界において、昨今問題になったような死に至らしめる体罰は論外だが、日常的な指導としての体罰を問題視したなら、あの世界は成り立たないかもしれない。「消費社会的な子ども」は、そういう世界に耐えることができにくいだろう。
 しかし、モンゴルには、相撲と似た競技があることに加えて、「農業社会的」な子どもが多いだろう。親や家族、親戚という共同体の中の自分が異国の地で頑張ることへの価値観があるのだろう。

 実は大相撲の「ウィンブルドン化」は、日本の社会の変化、価値観の変化と深く結びついているように思う。

 「相撲はモンゴルばかりじゃないか!」と言う人は多いが、なぜそうなのかを考える人は少ないだろう。

 あえて「モンゴル」という言葉に象徴させたが、他の国でも同様である。あの世界で生きるための「共同体の中」で自分を磨くという感性、文化に立脚し、体力や運動神経の土台のある若者が適合するのである。

 経済的に不自由することなく、少子化によって甘やかされてきた「消費社会的」な子どもは、自分の価値基準によって考え、辛いことには耐えられず、我慢が出来ないのでは、大相撲という特殊な世界で耐えることはできない。あの世界で頑張れるのは、まだ「農業社会的」あるいは「工業社会的」な子どもとして、共同体の中での自分を位置づけることのできる若者だけではないのだろうか。

 諏訪さんが指摘するように、キリスト教など“非合理”な神によって自己を形成することのない日本(ジャパンローカル)においては、「世間」という外部との葛藤の中から自己が形成されてきた。「だめなものはだめ」「ならぬものはならぬ」であり、世の中には合理性を持たないこともある、という社会性を帯びた価値基準を内面化した、共同体の中の「自己」が存在した。
 しかし、今日の「消費社会的な子ども」には、「ならぬものなどない」のであって、自分が「イヤだ」「うざい!」と思うことは、我慢してまでやろうとはしないだろう。その先に力士としてのサクセスストーリーがあると言ったところで、そんな苦労をしなくてもなんとかなる時代である。
 「世間の目」を気にすることについて否定的な指摘もあるが、宗教的な非合理性が、社会の中の個人という意識を形成することのない国においては、実に重要な自己形成の要因なのかもしれない。

 大鵬は樺太生まれだが、幼少期は私の故郷でもある北海道で育った。北海道出身者の力士が幕内の過半数を占めた時期もあった。ある意味、それは他の地域以上に「農業社会的」な文化を育んだ地域特性が背景にあったのだと思う。
 さて、今や角界には北海道どころか、幕内での日本国籍の力士が年々減っている。それは、あの世界への適性、言わば上下関係を含む共同体への適合を極端に求められる「農業社会的」あるいは「産業社会的」適性を日本の若者も親も失ってきたことと無縁ではないように思う。

 そう、昭和の時代には当り前にあったものがなくなってきたのだ。しかし、それは、もう取り戻すことは難しかろう。まさに、「昭和は遠くなりにけり」である。
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by kogotokoubei | 2013-01-20 18:45 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

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by 小言幸兵衛