噺の話

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映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』を観て、思うこと・・・・・・。

長岡に一時期住んだことがあり、連れ合いの実家もある。長岡時代には居酒屋で河井継之助や“米百俵”の小林虎三郎、そして山本五十六の話題を肴に飲むこともあった。河井に対しては、中には批判的な年輩の方もいらっしゃったが、山本五十六についての悪口はほとんど聞かなかったように思う。

 半藤一利と阿川弘之の本も読んでいたので、もうじき上映が終るらしく、後で観なかったことを後悔しないよう、昨日久しぶりに映画館へ行った。いわゆるシネコンなので、昔の映画館のような大きなスクリーンではないが、家でテレビで見るのとは違う。

---ここから先は、この映画のネタバレ注意です。これから観る方は読まない方がよいと思います。---


 上映期間最後の週末の土曜に、一回だけの上映にもかかわらず、観客は十数名。かろうじて“つばなれ”したような閑散とした館内・・・・・・。昨年末の封切り時点では結構観客動員も良かったように思うが、尻すぼみなのだろう。

 ポップコーンと飲み物を買い込んでほぼ真ん中の席で観た。果して2時間半の感想は・・・・・・。
 
 事前にこの映画の評価などは一切読まず、また、「そんなに期待するな」と自分に言い聞かせて行ったのだが、正直なところ、がっかりした。
 
 この映画で、監督他のスタッフは、いったい何を伝えたかったのか。

 監督以下のスタッフとキャストは次のような顔ぶれ。(Wikipediaからの引用。)
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監督 成島出
監修・原作 半藤一利
脚本 長谷川康夫、飯田健三郎
製作 小滝祥平
出演者 役所広司
主題歌 小椋佳『眦(まなじり)』
撮影 柴主高秀
編集 阿部瓦英
特別協力 山本義正
製作会社 「山本五十六」製作委員会
配給 東映
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主要キャスト
山本五十六(聯合艦隊司令長官) - 役所広司
堀悌吉(元・海軍中将。山本と海軍兵学校同期) - 坂東三津五郎
米内光政(海軍大臣) - 柄本明
井上成美(海軍省軍務局長) - 柳葉敏郎
三宅義勇(聯合艦隊作戦参謀)※架空(モデルは三和義勇) - 吉田栄作
山口多聞(第二航空戦隊司令官) - 阿部寛
宇垣纏(聯合艦隊参謀長) - 中村育二
黒島亀人(聯合艦隊先任参謀) - 椎名桔平
南雲忠一(第一航空艦隊司令長官 兼 第一航空戦隊司令官) - 中原丈雄
永野修身(軍令部総長) - 伊武雅刀
牧野幸一(山本と同郷の零戦パイロット。海軍少尉])※架空 - 五十嵐隼士
秋山裕作(「東京日報」記者)※架空 - 袴田吉彦
真藤利一(「東京日報」記者)※架空 - 玉木宏
草野嗣郎(「東京日報」編集長)※架空 - 益岡徹
宗像景清(「東京日報」主幹)※架空 - 香川照之
谷口志津(小料理屋「志津」の女将)※架空 - 瀬戸朝香
神埼芳江(「志津」の常連客のダンサー)※架空 - 田中麗奈
高橋嘉寿子(山本の姉) - 宮本信子
山本禮子(山本の妻) - 原田美枝子
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 いくつかの観点で、この映画への小言を書く。

(1)山本五十六の描き方が、浅い
 もし、“人間 山本五十六”を描きたかったのなら、愛人であった新橋芸者「梅龍」こと河合千代子とのことが一切登場しないのは、まったくもって片手落ちである。
 もちろん“主旋律”にはなりえないが、国を代表して軍縮交渉に臨んだり、海軍内の「艦隊派」と緊張感の続く戦いをする「条約派」のキーマンとしてのストレス、そして、開戦後の司令長官としての葛藤などの“主旋律”は、そういった過度の緊張をほぐすためでもある別の人間五十六の側面があってこそ、ハーモニーを奏でるように思うのだ。大食漢であったとか、ギャンブルが好きだったということに加えて、色街での五十六の姿は欠かせないのではないだろうか。

 半藤一利『山本五十六』から引用する。

 二人が深い関係になったのは昭和九年九月、山本がロンドンの軍縮予備交渉に海軍の主席代表として出発直前であった。詳しくは、当の元梅龍の証言に耳を傾けたほうがいい。沼津在住の医師・望月良夫先生が直接に、戦後は沼津に住んでいた彼女から聞き出した貴重なものである。
「お兄さん(彼女は山本のことを最後までこう呼んだ)と初めて会ったのが昭和五年、私が二十六のときです。何かの送別会だったと思います。威張ってむっつりとしているので、しゃくにさわって誘惑しようときめました。ところが、何回か顔を合わせているうちに、私のほうが参ってしまいました。お兄さんは、『お金がないから援助はできない。妹としてつき合って下さい』と言いました。ロンドン会議へ発つ前夜に結ばれました。そのあと。『妹に手をつけて済まぬ』と畳に手をついて詫びました。それから戦死するまで十三年間(実は八年余)愛人関係にあり、妹のように可愛がってくれました」


 また、阿川弘之の『山本五十六』には、連合艦隊司令長官に任命され、和歌之浦に停泊する艦隊に向かう昭和14年8月31日の行動を書く中で、次のような記述がある。

「かもめ」は午後九時二十分の大阪到着で、山本は同行の女性と副官と三人で、その晩新大阪ホテルに泊まった。


 この女性こそ、梅龍なのである。

 別に、五十六の愛人のことを強調しろ、とは言わない。しかし、2時間半の中に、まったくそのことをにおわす場面やナレーションすらないことに、私は納得できない。

 ご長男が製作に協力することで、家族仲睦まじい食事風景などが描けたとは思うが、あまりにも“良き父”“良き夫”を描こうとする無理を感じる。それ相応の男が妾を持つことに寛大な時代であったし、国の行く末を左右する重責を担う政治家や軍人が、その緊張を緩和する場として夜の花街は重要だったのだと思う。
 五十六の苦悩や葛藤の深さを描くには、あの最中に新橋で芸者と興ずる姿なども不可欠なはず。なぜ、昭和29年の「週刊朝日」で公けになって以来は衆知となった河合千代子との関係を隠すのか、私には分からない。

 加えて、冒頭シーンで、少年期に祖父が戊辰戦争に参戦したことが描かれているが、五十六は山本家の養子になる前は高野五十六であった。その山本家が、戊辰戦争で河井の盟友として戦った山本帯刀の家であることなどは、一切触れられていない。山本家は維新後に廃絶となり、明治16年にようやく家名再興を許された。その山本家を牧野子爵の推薦もあり、大正5年に再興するために養子となったのが五十六である。時に三十二歳。そういった、“賊軍”長岡(牧野藩)が維新後に味わった悲哀をバックボーンに抱えていた五十六の描き方が、やはり不十分である。

(2)海軍の「艦隊派」と「条約派」の葛藤の描き方が、不十分 
 あの戦争は、陸軍の暴走に海軍が引きずられた面もあるが、日露戦争での成功体験にしがみついた「大鑑巨砲主義」にしがみつく海軍内の「艦隊派」の存在も大きい。「艦隊派」に対抗するのが米内光政・山本五十六・井上成美の三人を代表とする「条約派」。アメリカにまともに戦って勝てるわけがない、軍縮比率は米英に比べ国力を考慮すれば日本が6割でも条約に同意すべき、という条約派の、陸軍や艦隊派からの圧力を受けた状況での葛藤の描き方が、あまりにも不十分。陸軍や艦隊派がマスコミを巻き込んで「日独伊三国同盟」賛成の世論を高めていた世情についても、もう少し描き方があったはず。

 少しだけ救われるシーンとして、大正10年、11年のワシントン軍縮会議に参加した加藤友三郎の有名な次の言葉は、一応、五十六から新聞記者宗像(香川)に語られていた。
「国防ハ軍人ノ専有物ニ非ず戦争モ亦軍人ノミニテ為し得ベキモノニ在ラズ国家総動員シテ之ニ当ルニ非ザレバ目的ヲ達シ難シ(中略)国防ハ国力ニ相応スル武力ヲ整フルト同時に国力ヲ涵養シ一方外交手段ニ依リ戦争ヲ避クルコトガ目下ノ時勢ニ於テ国防ノ本義ナリト信ズ」
 しかし、その加藤を精神的な柱とする条約派のことについては、もう少し歴史的背景を説明しないと、当時の海軍の空気や、五十六の立ち位置が分かりにくい。とにかく、この映画は言葉が足らない。
 キャッチフレーズである「誰よりも、開戦に反対した男がいた。」という五十六を描くなら、アメリカ駐在時代や、昭和9年のロンドン予備交渉なども、何らかの方法で補足しないと立体化しないだろうと思う。五十六の盟友であった堀悌吉が艦隊派のたくらみで予備役入りさせられたことなども、その背景を含め描いて欲しかった。

(3)映画としての演出の稚拙さ 
 まず、CGによる戦闘シーンが今一つ迫力不足。もう少しCGに予算をかけて欲しかったなぁ。1970年の『トラ・トラ・トラ!』のほうが迫力があったのではないか、と思わせる。それこそ、あの『パールハーバー』から部分的に映像を借りてきたほうが良かったのではなかろうか。(もちろん、これは冗談^^)

 また、当時の世情を表す演出が、なんとも不十分だ。例えば、瀬戸朝香が女将に扮する小料理屋に、常連のダンサーの芳江(田中麗奈)や新聞記者の真藤(玉木)、他の男二人が集って語る会話が、ある意味で庶民感情を代弁する役割になっているが、あまりにも描き方が単純すぎるし、役者も活きていない。


 他にも小言はいくつもあるが、細かいことはこの位にしておこう。

 映画のサブタイトルに「太平洋戦争70年目の真実」とあるが、どの「真実」を伝えたかったのだろうか。
 
 観終わって印象に残っているのは、ミッドウェイで赤城などの空母が次々に沈没する報告を受けても将棋を指している五十六の姿と、南雲忠一(中原丈雄)と永野修身(伊武雅刀)を象徴的に悪者にしようとしていたと思われる演出。「違うんだよなぁ、浅いんだな、もっと描き方があっただろうに・・・・・・。これなら寄席に行くんだった。」と思いながら帰途についた。でも観なければ、良いも悪いも分からないのだ。

 欠点ばかりでもない。配役は小料理の女将とダンサー役の女優以外は、それほど悪くない。役所も適任だと思うし、黒島先任参謀役の椎名桔平も好演と言える。登場時間は少ないが五十六の姉役の宮本信子は、長岡弁も含めなかなかの名演。
 しかし、映画全体として、非常に物足りない。また、五十六を知らない人にとって、あの映像にある情報だけで訴えようとするのは、あまりにも不親切。脚本の問題でもあろうが、例えばナレーター役でもある新聞記者の真藤(玉木)は半藤一利を反映した人物だと思うが、もっとナレーションで語るべき情報があっったはずだ。原作が興味深く読めるのは、そういった歴史の胎動が伝わるからなのであって、いくら映画という手法の違いがあっても、原作の持ち味を生かして欲しいものだ。だから、監修・原作の半藤一利が、この内容で、本当に良しとしたのかは疑問に残る。同じ半藤一利原作の『日本のいちばん長い日』は、テーマの劇的さの違いなどはもちろんあるのだが、日本の戦争映画の傑作の一つだと思う。しかし、この二つの映画を観終った後の印象は、あまりにも違うものだった。

 これで、また日本映画を見に行く回数は減り、落語に行くことになるなぁ。
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Commented by トシ坊 at 2012-02-13 01:18 x
落語関係の記事、楽しく拝読させていただいております。今回、この映画の感想を読んで自分と同じことを感じた方がいて嬉しい限りです。
付け加えさせていただくと、冒頭の陸軍部隊が海軍省に銃口を向けた場面も、5.15か2.26の場面ならともかく、ありえないものと思いました。また、以前テレビ東京で古谷一行が山本五十六を演じた12時間ドラマでは、梅龍さんはかなり出ていました。このドラマとも年末の坂の上の雲とも比べても薄っぺらいものでした。
さらに、側近として使え、ご健在の近江兵治郎元従兵長にも事前に取材した様子もなく(テレビ番組で映画の出来を聞かれてはいましたが。)、従兵が登場する場面もありませんでした。
また、連合艦隊での食事がありましたけど、昼食ならイワシの塩焼きはおかしいですよね。軍楽隊の演奏付きフルコースだったはずです。(昼だと確信がとれず、夜だったら有り得るようですが・・・。)
長々、失礼いたしました。

Commented by 小言幸兵衛 at 2012-02-13 09:15 x
コメントありがとうございます。
また、あの映画に関して私のように思っているのは、ごく少数派かと察しますが、数少ない戦友(?)を得た思いで、うれしい限りです。
イワシは、山本が好きで部下にも奨めたようなので、食事で振舞われることはあり得たかもしれませんが、あのような口論の仲裁的な話題として登場させるのは、まったく不自然でした。
時代考証的な問題は他にもあるでしょうが、大きな問題は、人間五十六の“影”、あるいは公私の“私”の部分を隠しすぎたことだと思います。米内が五十六のことを称して、「茶目、ですな」と語っていたらしいですが、そういった部分も描いて欲しかった。そんな気がします。

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by kogotokoubei | 2012-02-05 17:45 | 映画など | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛