噺の話

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落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

全日本フィギュア、フジテレビの放送に小言を申す!

昨夜のフィギュアスケート全日本選手権女子フリーのテレビ放送の視聴率は、良かったらしい。実は、私でさえ『坂の上の雲』最終回を録画しておいて見た位だ・・・・・・。それは、今まで知らなかった中学生などの若手選手を知ることも理由の一つだったし、確かに、村上、浅尾、鈴木他の上位陣の戦いにも興味はあった。

 浅田真央の「母に捧げる金メダル!」という決着は、放送したフジテレビにとっても、お涙ちょうだい“浪花節”大好きの日本人にとっても、ひじょうに心地よい“サゲ”だったのかもしれない。

 しかし、私はフジテレビの放送のあり方に小言を言いたい。

 浅田真央の得点結果の後、すでに次の今井遥の演技がスタートしているのにもかかわらず、テレビ画面は浅田のインタビューを映し続けていた。ここで、「えっ、今井が始まっているよ?!」と素朴な疑問を感じた人も多かったのではなかろうか。

 もちろん、放送そのものがリアルタイムではなく録画の再構成なのだろうし、今井の演技も後から放送はされた。しかし、それでいいのか?

 今井の演技を“擬似的”なリアルタイム感覚とは言え、浅田の演技の後で見たかった人だって多いはずだ。少なくとも私は見たかった。それは、特段彼女のファンということではなく、最後の三名の演技を、リアルタイムに近い臨場感を味わって見たかった、ということ。そして、今井を応援していた方々でテレビにかじりついていた人達なら、「さぁ、次だ!」、と力も入ったはず。しかし、「あれっ、なんで浅田のインタビューなの?」ということだろう。これこそ“肩すかし”である。
 そのインタビューだって、アナウンサーが何とか浅田を泣かせようとするのだが、そんなヤワな真央でもない。妙にギクシャクしたインタビューの背後には、今井の演技の音楽が聞こえていた。

 当たり前だが、オリンピックなどで日本選手中心の放送をするのと、日本国内での大会で特定の個人中心に放送するのとは、まったく違うものである。母親が亡くなったばかり、という特殊な状況にいる人気者を主役にしたい意図はミエミエだが、「全日本」と冠されたスポーツイベントの放送において、昨夜のように放送することは、許されてはならないのではないか。

 私はフィギュアスケートのことは良く分からないが、一応、体育会系サークルでスポーツをしてきた人間である。「一日休むと、その遅れを取り戻すのに二日かかる」と教えられてきた。実際、あるレベルの技術や能力を維持するには、この格言は妥当だと思っている。そういう意味では、理由はともかく、練習不足の浅田に他の選手が勝てなかった、低調な大会と私は見た。そして、フジテレビの演出の露骨な“不公平”さに、興醒めしていた。
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Commented by 創塁パパ at 2011-12-27 10:31 x
日本のスポーツの報道の仕方も「ミーハー」を抜けません。その点で言えば
NHKは一番ましですがね(苦笑)

Commented by 小言幸兵衛 at 2011-12-27 11:44 x
プロ野球放送を含め、無駄な解説や露骨な演出が、純粋にスポーツを見たい視聴者にとっては邪魔でしかないように思います。
そう言えば野球解説者も民放よりNHK(BSのMLBの解説陣)のほうが、ずいぶんマシですね。
本当は、野球や相撲なども、アナウンサーも解説もなくて、場内の生の音声のみで放送して欲しいと思いますが、そうなると彼らの仕事がなくなるね^^

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by kogotokoubei | 2011-12-26 11:47 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)

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