噺の話

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「恵方巻き」キャンペーンには乗らない!

ここ数日、街のスーパーやコンビニで「恵方巻き」のポスターが目に付いて、私はなんとも不思議な思いが募る。節分の今日は、販売促進の賑やかさ、というかやかましさがピークになっている。
 今日は旧暦の元旦でもある。もっと別な祝い方があるだろう。

 「恵方巻き」の能書きは、“節分に恵方(歳徳神-としがみさま-がいる方角)を拝みながら、太巻きを丸かじりすると縁起がよい”ということらしい。ご丁寧に、ポスターには、干支によって変わる今年の恵方は「南南東」と教えてくれている。

 この「恵方巻き」イベントは、スーパー、コンビニや、チェーンの寿司ファストフード、そして海苔やら酢といった食材の団体が手を組んだ、商売っ気が見え見えのキャンペーンとしか思えない。
 こんなことを言うと、「バレンタインデーのチョコだって、土用の丑の日の鰻だって、そもそも商売がらみのキャンペーンから始まったではないか!」という声が聞こえるが、ちょっと待って欲しい。

 私が、「恵方巻き」キャンペーンに異を唱えるのは理由がある。
(1)風習としての根拠が希薄でほとんど販促イベント
   江戸や明治の大阪や和歌山、滋賀などで、あるいは一説では栃木県で、節分に
  「恵方巻き」を食べるという風習があったようだが、その由来にも諸説あって、
  非常に根拠が希薄。はっきりしているのは、1930年代以降に、大阪鮓商組合が
  「節分の丸かぶり寿司」というチラシによるPRをしたこと。
  そして2000年代になって、スーパーやコンビニ、寿司のファストフードの全国
  チェーンが、全国各地で、 「恵方巻き」を売り出した、ということ。
   流行したのは、根強い風習が復活したのではなく、あくまで大阪商人に端を発
  し、大手スーパー、コンビニ、寿司ファストフードなどのキャンペーンの結果。
  ちなみに、私は学生時代に関西にいたが、「恵方巻き」なんて聞いたこともない。
  大阪出身の友人などに聞いても、子供時代にそんな習慣があったと言う人は皆無。
  あくまで、私の交遊範囲内ではあるが、関西でこの風習があったとして、非常に
  ニッチなものだったはず。
  
(2)ご利益があるのは売る側だけ
   たとえば、“バレンタインデー”には、チョコレート屋を儲けさせるだけ、とか、
  ホワイトデーというわけの分からないオマケができた弊害もあるが、ご利益もある。
  なかなか普段自分の思いを打ち明けられない乙女 (今日では、そういう女性は
  少数派になってはきたが)にとって、この イベントに便乗して、普段は言えない
  思いを伝える、というご利益だ。
   また、“土用の鰻”は、少なくとも古人の知恵を踏まえており、暑い盛りに滋養
  を つけることができるだろうから、まんざら悪い風習でもない。だから、平賀源内
  が発案したというキャンペーンが定着するために大いに貢献はしているが、ご利益
  もあるのだ。しかし、丑の日に 限って食べることはないなぁ。
   ちなみに、私は、夏・冬の土用に、本来「土用蜆」と言われていた蜆を、なぜ
  もっと産地がPRしないか、不思議でならない。
   さて、この「恵方巻き」だ。「信じる者は救われる」という言葉が出たら、
  何も言うことができないのだが、節分に食べてとりわけ栄養がつく、という
  ことでもないし、ご利益があるのは販売サイドだけだろう。


 「節分」とは、本来は季節の変わり目の前日のことであり、二十四節気の四立(立春、立夏、立秋、立冬)の前日は、すべて節分。しかし、江戸時代以降、立春の前日のみを指すようになったようだ。そして、季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられていて、邪気を追い払うための悪霊ばらいの行事が行われる。邪気を追い払う、いわば“厄払い”の行事としての代表が「豆まき」。もちろん、落語にもある「厄払い」も同様の理由である。

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(豊原國周)

 大晦日≒節分、ということで、季節と年の変わり目に厄を払う、という風習だ。蛇足ながら、落語では太巻きを節分に食べてるというネタはない。ちなみに、旧暦の元旦が立春となるのは、太陰太陽暦の仕組みによって、ほぼ30年に一度。このへんはややこしいので、皆さん知りたければご自分でお調べのほどを。

 さて、節分の本来の意味から考えて、「開運巻き」などというネーミングや、「縁起がいい」から食べましょうなんて理屈は、節分行事としては大嘘なのだ。あくまで、節分なら、「厄払い」でなければおかしい。
 「歳神様」とか「恵方」だとかいう言葉が曲者で、“古くからの風習で、ご利益があるかもしれない”とか“恵方巻きを食べないと、何か悪いことがあるかもしれない”という印象を与えているかもしれないが、まったくの作られた擬似風習である。
 しかし、ここまでキャンペーンが広がると、農耕民族である日本人特有の、「他人と同じだと安心」という心情が発揮されるだろうなぁ。“ご近所も食べている”、とか、“学校で話題になる”、ということになると、このキャンペーンは成功つながる。そのうち、子供達が遊び半分で競い合って食べて、恵方巻きを喉に詰まらせる、なんてニュースを目にしそうだなぁ。あぁ、嫌だ!

 「恵方」で思い出す噺は、『恵方詣り』。“恵方詣り”とは、元旦に恵方の方角にある寺社に参拝してその年の幸福を祈願すること。このネタとしての『恵方詣り』は、『山号寺号(さんごうじごう)』の別の名である。
 恵方詣りに行こうとする若旦那と幇間一八による会話が中心の噺だが、内容としては恵方詣りこだわる必然性がなく、 私が持っている春風亭柳枝(もちろん八代目)の音源では、若旦那は単に「観音様へお参りに」と言っている。こうすれば、このネタを正月に限定せずにかけることができる。
 次のようなやりとりが幕開け。
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「おう、一八じゃねぇか」
「おや若旦那、どちらへ」
「うん、観音様にお参りだ」
「へえ、浅草寺でげすか」
「わからねえ男だな。観音様だってえのに」
「だから浅草寺でげしょう。成田山は新勝寺、東叡山寛永寺、金龍山浅草寺、
 一縁山妙法寺、どこでも山号に寺号がつきます」
「そうかい、きっとどこにでもあるな?」
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ということで、二人がいる場所(春風亭柳枝の音源では、黒門町近辺)の光景で、山号寺号を言えたら小遣いをやる、と若旦那が言うものだがら、一八が地口で山号寺号をひねり出す。

「お内儀さん、拭き掃除」 とか、
「乳母(おんば)さん、子が大事」 やら
「看護婦さん、赤十字」
「自動車屋さん、ガレージ」 などなど。

 ともかく私は、夏の土用の丑の日には鰻を食べない。ほとんどの店で、まずくて衛生面でも安心できない中国の養殖鰻を食べさせられる日だからね。そして、昨今の「恵方巻き」包囲網に嫌気がさしているので、節分には太巻きは食べないことにしている。クリスマスケーキよりも始末におけないことには、次の日には賞味期限切れで、叩き売りにもされないね。売れ残りは、どうなるんだろう・・・・・・と余計な心配までする。

 のり巻きや太巻きの子供の頃の思い出は、運動会や、家族で行った花見や旅行などの折り詰めでの、あの存在感。だから、家族の誕生日のお祝いなどプライベートな“ハレの日”に食べればよいわけで、「この日に食べなさい」などと言ってもらっても、知るか、と思う。もっと、販促策があるはずだ。
 しかし、食べたい人は、どうぞお食べください。ご自分の好きなほうに、“ええほうに”解釈すればいいと思う次第。山号寺号でサゲるなら、「コンビニさん、売上大事」といったところか。(お粗末)
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by kogotokoubei | 2011-02-03 13:34 | 幸兵衛の独り言 | Comments(0)

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