噺の話

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「M-1グランプリ」終了に思う。吉本が“恩返し”すべきなのは・・・・・・。

M-1が今年の第10会大会を最後に終了するらしい。 スポニチに載っている島田紳助のコメント。 スポニチの記事

大会委員長であり、発起人とも言える島田紳助(54)は「漫才に対する感謝・恩返しの気持ちと、後輩達が漫才で夢の世界に行ってくれたらと、10年前の吉本興業の谷君とM−1を作りました。私の中でほんの少し漫才に恩返しできた気持ちです。最後のM−1で、また一組スターが生まれる事を心より願っています」とコメントを発表した。



 サンケイスポーツには微妙に内容の違う下記のコメントが紹介されている。 サンケイスポーツの記事

イベントを企画した大会委員長の紳助は「たくさんの後輩が育ち、漫才を目指す若者が増え、レベルも上がった。漫才へ恩返しできた気持ち。最後のM−1で、また1組スターが生まれることを心から願ってます」とコメントし、国民的イベントに成長したことに満足している様子。



 12月12日に行われた準決勝の会場で、今年で終了の件が発表されたらしい。主催者のコメントは次の通り。

主催するよしもとクリエイティブ・エージェンシーは「この大会から、若い才能を発掘し、多くのスターを生み出した。目的を達成できた」と説明。放送を担当する朝日放送も「全国に漫才を広めて国民的イベントとして成長した。ステップアップするいい時期として発展的に解消する。今後は新たなイベントに取り組んでいきたい。前向きなピリオドです」と語った。

 

 他のメディアにも、“発展的終了”というような紹介がされている。確かに、視聴率的には悪くないし、今年も予選参加組数が4,000を越えているようだから、この番組のファンや視聴率低迷にあえぐ他の番組の制作者などから見れば、「なぜ、やめるの?」ということなのかもしれない。

 私は、あえて言えば、ホッとしている。
 以前に、いわゆる“ショートコント”や“一発ギャグ”ばかりをたれ流すテレビのお笑い番組が相次いで終了することについて書いたが、ああいった番組が数多く生れたことにM-1の影響は小さくなかったはず。
2010年9月15日のブログ
 M-1での持ち時間は、予選一回戦が2分、二回戦・三回戦が3分、準決勝と決勝でさえ4分である。寄席だって短くても10分以上の出番はある。予選の2分で生き残りをかけるため、出場者はたった2分間でインパクトを与えることができる“一発芸”に賭けるようになるのはやむを得ない。そして、そういった“芸”を持つ多くの若手お笑い芸人を、一山いくら、とばかりに出演させる、制作費も中身もお手軽なお笑い番組が同時多発的に始まった。それらの番組は、どのチャンネルを回しても、同じような顔ぶれ同じような内容に終始するから、出演者もその“芸”とやらも飽きられるのは時間の問題だった。 そういった番組発生の源はM-1にあったと、私は見ている。

 さて、そのM-1、これまでの優勝者と事務所、そして予選参加組数は次のようになっている。
□第1回(2001年) 中川家 吉本興業(大阪) 1,603組
□第2回(2002年) ますだおかだ 松竹芸能 1,756組
□第3回(2003年) フットボールアワー 吉本興業(大阪) 1,906組
□第4回(2004年) アンタッチャブル プロダクション人力舎 2,617組
□第5回(2005年) ブラックマヨネーズ 吉本興業(大阪) 3,378組
□第6回(2006年) チュートリアル 吉本興業(大阪) 3,922組
□第7回(2007年) サンドウィッチマン フラットファイヴ 4,239組
□第8回(2008年) NON STYLE よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京 4,489組
□第9回(2009年) パンクブーブー よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京 4,629組

 過去九回中、吉本の所属が六回と三分の二を占める。出場者そのものに吉本所属の人が多いのだろうし、あくまで結果なのかもしれないが、ちょっとねぇ・・・・・・。
 参加組数が年々増えているということは、それだけ参加するためのハードルが低いということであり、“一発芸”で“一発”当ててやろうとコンピを組む若者が増えている、ということでもあるのだろう。もちろん、生まれる数も多いが、消えていく数も相当に多いはず。

 もし、10分持たせる芸でなければ勝ち残れないルールなら、こんなには参加しないと思う。それは、過去の優勝者のうち、どれだけ寄席で10分持つか、と想像するだけで分かることだ。寄席では、時間がかかる舞台設営を伴うコントなどは望めないし、客も期待していない。それこそ、「しゃべり」だけで10分間会場を沸かせるのは、大変なことである。
 こんなこと言うと、こういう指摘もあるだろう。「昔はしゃべくり漫才が中心だったけど、テレビの時代なんだからしゃべくりだけでなく、ショートコントだっていいじゃないか!」など。
 しかし、島田紳助がこの番組を発案した時、彼が恩返ししたかったのは、彼を育てた上方ならではの“しゃべくり”漫才の世界じゃなかったのか、ということ。
 紳助という芸人については必ずしもポジティンブな見方をしていないが、彼の“恩返し”という気持は評価できなくもない。最初は、若手漫才芸人が陽の目を見る場をつくろうという、純粋な思いもあったのだろう。

 では、芸人としてそれ相応の地位にまでたどり着いた島田紳助という個人ではなく、企業として成長した吉本が“恩返し”すべきなのは何か、とあえて問おう。それは明らかに“上方落語”ではないだろうか。初代と二代目の春団治、三代目の三遊亭円馬、東京での柳家金語楼などなど、吉本は、かつて落語、とりわけ上方落語の隆盛に貢献してきた歴史がある。しかし、その後は漫才に強く傾斜した結果、噺家が活躍する場が減り、そうじゃなくても元気をなくしてきた上方落語が風前の灯の状態になることを後押ししたとも言える。ある意味、上方落語を踏み台にした結果の吉本の今の繁栄なのだ。M-1が終了し、同じ漫才で新たなイベントを考えるのはビジネスとして構わないが、せっかくの機会である。漫才のことを考えるだけでなく、その歴史の重要な場面で踏み台にしてきた上方落語への恩返しを考えても、決してバチは当たらないだろう。

 そういえば、今年4月には、吉本、松竹芸能、米朝事務所が合同で「上方落語まつりinミナミ」を開催した。2010年4月28日のブログ
 この企画は吉本の上方落語への恩返しの気持の第一歩と考えられないこともない。これだけに限らず、ぜひ吉本がバックアップして上方落語が末長く活気づくような企画を考えてもらいたいものだ。たとえば、繁昌亭が主催する賞だけでなく、「よしもと上方落語新人賞」というような若手の登竜門的な賞の主催などはどうだろうか。もちろん、所属事務所を問わず、たっぷりな持ち時間で、若手落語家が憧れるようなイベントになれば、漫才だけではない吉本、としてその存在感も増すだろう。もはや、創業者吉本家でも、その後継だった林家の会社でもないのだから、過去のしがらみはないだろう。落語がまだ元気な今のうちだからこそ、その灯を消さず、いやもっと輝かせるような企画を、ぜひご一考願いたい。
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Commented by 創塁パパ at 2010-12-14 12:49 x
おつかれさまです。先日ワッハホールでのさん喬・松喬二人会に行きました。詳細はブログに書きますが、ワッハホールが吉本の管理になるので、この落語会は来年から別の場所になるとのこと。
要は、「落語会」ができる保証がないということ。どうも吉本は金儲けのことしか考えていないようで
いやですね。「上方落語」を大事にして頂かないとね。

Commented by 小言幸兵衛 at 2010-12-14 12:59 x
お立寄りありがとうございます。
さん喬・松喬、そして喬太郎・三喬の親同士、子同士の会ですよね。
こんないい企画を継承しないのなら、何らかの形で吉本を懲らしめないといけませんね(笑)

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by kogotokoubei | 2010-12-13 11:08 | 幸兵衛の独り言 | Comments(2)

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