噺の話

kogotokoub.exblog.jp

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。

500回記念 落語研究会 BS-TBS 5月28日

3月1日に行われた、TBSが主催となった第五次落語研究会の通算500回を記念した会の三席を放送。地上波では、さん喬の『明烏』のみだった。
昨日深夜3時からの放送なので、厳密には今日5月29日の放送ということになる。

第五次落語研究会の第一回で演じられたネタに、少しこだわった趣向。
そのネタと噺家さんは次の通り。
-------------------------------
柳家さん喬 『明烏』
入船亭扇橋 『長屋の花見』
柳家権太楼 『小言幸兵衛』
-------------------------------

その第一回目が開催されたのは、昭和43(1968)年3月14日、会場は同じ国立劇場小劇場。
その時の演者とネタは次の通り。
-------------------------------
柳家小さん 『猫久』
三遊亭円楽 『花見の仇討』
三遊亭円遊 『小言幸兵衛』
林家正蔵  『三人旅』
(中入り)
柳家さん八 『千早ふる』
桂文楽   『明烏』
三遊亭円生 『妾馬』
-------------------------------

しばらく途絶えていたこの落語会を復活させた、当時のTBSの意気込みを感じる豪華な顔ぶれ。
演者とネタも文句のつけどころがない。第四次が昭和33(1958)年に終了していたので10年ぶりの再開となるが、復興に当たっては当時TBSの川戸貞吉さんの力が大きかったらしい。この方の名前は、もっと語られていいと思う。

せっかくだから少し落語研究会の歴史を振り返ってみる。
第一次は明治38(1905)年から始まった。速記者の今村次郎、歌舞伎演出家で作家の岡鬼太郎が顧問。
今なら「レギュラー出演者」に相当するだろう、「発起人」の顔ぶれが凄い。
------------------------------------
初代三遊亭円左
4代目橘家円喬
3代目柳家小さん
4代目橘家円蔵
初代三遊亭円右*幻の2代目円朝
2代目三遊亭小円朝
------------------------------------

時代の変遷を強く感じるではないか。三代目小さん以外は三遊派。第五次500回記念の会が全員柳派というのも、歴史が生み出す皮肉のようなものを感じる。
(放送された三人の他に柳家三之助、柳家三三が出演)
まさか百年後に、こんなに三遊派が衰退し挙句の果て円生襲名問題で世間を騒がせるとは、当時の三遊派の名人たちには思いもつかなかっただろう。
円左や円喬、円右たちにとっては同じ円朝門下の初代円遊、別名鼻の円遊のステテコ踊り人気を憂い、本寸法の古典落語復権を目指した第一次の会、いずれにしても三遊派の時代。

これまで五次の研究会の時代があるのだが、第四次までの期間は次のようになっている。
◇第一次 明治38(1905)年~大正12(1923)年:18年
◇第二次 昭和3(1928)年~昭和19(1944)年:16年
◇第三次 昭和21(1946)年2月~8月
◇第四次 昭和23(1948)年~昭和33(1958)年:10年
*第三次は落語会の開催を目指したものではないらしい。

第五次は今年で43年目になるから、圧倒的な歴代最長記録を更新し続けているわけだ。
第四次は、今村次郎の子息で『試し酒』などの落語作家としても著名な今村信雄が主事として世話人を務めていた。

さて、放送の噺に戻る。
何をおいても扇橋のマクラが頗る楽しかった。第四次落語研究会の思い出の中で披露した八代目三笑亭可楽の真似には笑えた。また二つ目時代に円生の家に稽古に行った時に、下戸の当時のさん八が円生夫人からリキュールをごちそうになり酔っ払ったシクジリ話も、円生夫人の仕草の真似などが、この人ならではの味で結構だった。
本編ではこの噺の元である上方の『貧乏花見』を東京に移し変え落語研究会で最初に披露した三代目蝶花楼馬楽が、噺の演出として取り入れた自作の川柳、「長屋中 歯をくしばる 花見かな」を、親友小三治の本名を使って長屋の住人「郡山さん」の作としてサゲたが、なかなかの趣向。

さん喬の噺は、もちろん期待通りだが、一点だけ疑問がある。さん喬は時次郎が一夜を過ごす相手の花魁を「むらさき」としていたが、これはあまりいただけない。さん喬の演出か柳家の型なのかはわからないが、ともかく「浦里」でお願いしたい。なぜなら、このネタは新内『明烏夢泡雪』、人情噺『明烏後正夢』を元にした噺で、登場人物の時次郎、花魁の浦里も土台となった作品の名を活かしている。噺のルーツとのつながりを維持してもらいたい。

さて、次は権太楼。マクラで「昔は銭湯などにも小言を言う怖いおじさんがいた。」、それで勉強になった、という話、私もよく書いていることで、まったく同感。この後、師匠小さんの思い出話などにつながったようだが、残念ながら大幅にカット。カット後の映像で本人が「500会記念で、いいんでしょうか」「カットしてもらいましょう」と言っていたので、本人も編集を希望したほどの暴露ネタだったようだ。こういう場合は、やはり生でなければ、と思うねぇ。本編は、しっかりと権太楼ワールドで結構でした。しっかり「郡山」さんの名が登場するところも洒落ている。


一時オークションにチケットが流れたことから、チケット販売は現地のみとなったことや、口演時間なども考えると、なかなかサラリーマンに行きにくい会だが、こういう放送を見ると、やはりその伝統の良さを感じる。
ぜひさらなる歴史を積み重ねてもらい、将来「500会記念に出演した噺家で生き残っているのは三三兄いと私だけでして・・・・・・」と三之助に語ってもらいましょう。その時、彼が小三治を名乗っているかどうかは、もちろん定かでない。
[PR]
Commented by 創塁パパ at 2010-05-29 21:32 x
おつかれさまです。
確かに、三遊派の衰退、何か時代を感じますね。
理想像を考えれば、柳派が突出しているのは少し
寂しいですよね。私的には、古今亭も大好きなのですが。
扇橋師匠か、いいですね。最近聴いてませんが「たこの歌」ですか?最高ですよね。入船亭もいい噺家さん多いですよね。
後、三三・三之助。この二人は絶対、落語界を背負う逸材です。了見の良さ、ある意味、感動的です。

Commented by 佐平次 at 2010-05-30 09:59 x
権太楼がカットされたところで何を言ったかなあ。
この日、500回記念の扇子だったかが配られたのですが会場で落としてしまったのが残念、なんでも忘れたり落としたり、いやはやです。

Commented by 小言幸兵衛 at 2010-05-30 18:03 x
お立ち寄りありがとうございます。
扇橋師匠、昨日5月29日で満79歳ですね。ぜひもっと長生きしていただき、かつての名人たちのエピソードなどを若手に伝えていただきたいと思います。高座だって『弥次郎』なんかは、もちろんちょっと口ごもる時もあるけどなかなか結構ですよね。

Commented by 小言幸兵衛 at 2010-05-30 18:08 x
結構、佐平次さんの記憶を頼りにしていたんですが(笑)。
推測するに、小さん師匠関連なら、子息への六代目襲名の件だったんでしょうか?
よく「小三治師匠が襲名すべきだった」的な話は寄席や落語会では言っていましたけどね。
まぁ、忘れるのも心の健康のためにはいいかもしれません。
イヤなことも忘れられますから!

Commented by 佐平次 at 2010-05-31 09:38 x
思い出しましたよ。たぶん奥様に寿司をお土産にもらって、そのお礼を奥様が言わなかったのを叱られた話ではないかな。
http://pinhukuro.exblog.jp/12239596/に書いてます。
それは放送したとすれば違うなあ。今度はほんとうに覚えてない。

Commented by 小言幸兵衛 at 2010-05-31 10:51 x
度々のお立ち寄り、ならびにご回答ありがとうございます。
なるほど、佐平次さんが書かれているこの部分は放送されていませんから、これかもしれませんね。
私はてっきり襲名がらみかと勘違いしていました。
となると、権太楼師匠の思いは師匠小さんへの配慮というより、ご自分の奥さんのシクジリを世間に公開したくなかった、ということなのでしょうか。後が怖いから・・・・・・。
邪推ですが、そうだとすると、その心境は十分共感できます!

Commented by 佐平次 at 2010-06-01 10:33 x
今の若い人たちはむしろ奥さんの味方じゃないでしょうか。
小さんが何故そんなことで怒ったのかと思うかもしれない。
もっともそれを考えてカットしたんじゃなくて単に時間の都合でしょうが。

Commented by 小言幸兵衛 at 2010-06-01 12:33 x
いつもお立ち寄りありがとうございます。
なるほど、確かに今の若い夫婦なら「友達」みたいな感覚でしょうねぇ。
もちろん我が家は違いますが。
「了見」にはこだわった小さん。この言葉も死語になりつつありますねぇ。
だからこそ、落語という芸での歴史の継承が、なおさら大事になってきたような気がします。

名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by kogotokoubei | 2010-05-29 11:12 | テレビの落語 | Comments(8)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛