噺の話

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NHK BS2 -蔵出し劇場- 小三治『天災』 志ん朝『たがや』

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昨日のNHK BS2での放送。東京落語会のライブラリから、うれしい映像の登場。昭和53(1978)年10月13日の「夜の指定席」で放映されたらしいが、落語会の開催はこの年の8月18日。
当日の演目は、
2代目 柳家さん助         『湯屋番』
2代目 桂文朝          『三方一両損』
4代目 三遊亭小圓遊        『崇徳院』
10代目 桂文治(当時は伸治)  『三国誌』
そして
10代目 柳家小三治        『天災』
3代目 古今亭志ん朝       『たがや』
*『ご存じ古今東西噺家紳士録』(エーピーピーカンパニー)より

当時小三治師匠が誕生日が12月だから満で38歳、志ん朝師匠40歳である。ともかく若い、そして二人とも達者である。仲入り後の二人の噺をノーカットで放映していると思われる。

『天災』は、時間の都合なのか、今では考えられないがマクラなし。「おらぁ江戸っ子だからねぇ、職人だから・・・・・・」の台詞が小三治師匠ならではのリズムをつくっていて心地よい。途中で煙草屋に立ち寄らずまっすぐに紅羅坊先生宅へ行くなど、刈り込み方も適切で、まったくあきさせない。30代の貴重な映像である。

『たがや』は歌舞伎の大向こうからの掛け声をマクラにして本編に入っている。よく言われる「唄う」ような流暢さでうならせる。不惑を迎えたばかりの志ん朝師匠は、直前に起こった大騒動の疲れも見せず、「芸のみに生きる」という気持ちの切り替えができていたのかもしれない。たが屋の立ち回り場面も含め、実に爽快な芸を見せてくれる。

昭和53年の大騒動というのは、あの落語協会分裂騒ぎのことである。
落語界にとって重要なエポックなので少し説明すると、こんないきさつである。
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5月9日の落語協会理事会で、同協会前会長であった6代目三遊亭圓生が大量
真打昇進に異を唱え、同制度を推し進めていた常任理事5代目春風亭柳朝、
4代目三遊亭金馬、3代目三遊亭圓歌を更迭し代わりに自分と同調する圓楽、
談志、志ん朝を常任理事にして同制度を白紙撤回する議案を出す。だが、賛成
は圓生と志ん朝だけ、圓楽と談志は棄権し、その他全幹部は反対したため大差
で否決されてしまった。圓生は一門を率いて新協会設立にに動き始め、5月24日
に赤坂プリンスホテルで新たな落語三遊協会の設立記者会見を行った。しかし
翌5月25日の席亭会議で、それまで新協会設立に理解を見せていた席亭達も、
新宿末広亭の北村席主の意見に従い、三遊協会には寄席を使わせない事を
決定。志ん朝、圓蔵、圓蔵門下の圓鏡は5月31日にそれぞれ落語協会からの
脱退を撤回。しかし、圓生一門は翌6月1日正式に落語協会を脱退。6月14日、
上野本牧亭で三遊協会を旗揚げした。
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ご存知のように、この翌年圓生は亡くなり、三遊協会は円楽党となった。
この騒動に関しては、三遊亭円丈、金原亭伯楽の両師匠によってリアルに騒動の内幕を明かした本があるので、別の機会にでも紹介したい。
この騒動のすぐ後、6月24日に三百人劇場で「志ん朝の会」が開催された。CDにも残る当日の『三軒長屋』のマクラでは、天候不順のことに続き「とにかく今年は大変な年で~お客様だけが頼りです。」と語って、場内からの笑いと拍手を誘っている。
このCDは、数ある志ん朝ライブラリの中でも、その出来栄えと歴史的な意味を含めトップ10に入ると思っている。

『よってたかって古今亭志ん朝』(文春文庫)の記録による昭和53年の志ん朝師匠の主要落語会での演目は次の通り。
1月13日 東京落語会  『ぞろぞろ』
3月29日 東横落語会  『碁泥』
3月31日 落語研究会  『幾代餅』
4月6日  志ん朝の会  『柳田格之進』『愛宕山』
5月29日 東横落語会  『船徳』
6月24日 志ん朝の会  『三軒長屋』『子別れ(下)』
6月29日 落語研究会  『酢豆腐』
7月31日 東横落語会  『宗の滝』
8月15日 落語研究会  『紙入れ』
8月16日 紀伊國屋寄席 『鰻の幇間』
8月18日 東京落語会  『たがや』*8月20日放映されたのはコレです。
8月30日 東横落語会  『唐茄子屋政談』
9月29日 東横落語会  『蒟蒻問答』
11月17日 東京落語会  『三枚起請』
11月19日 東横落語会  『猫の皿』
12月5日 志ん朝の会  『居残り佐平次』『芝浜』
12月26日 落語研究会  『居残り佐平次』

放送された『たがや』を演じた8月のスケジュールの過密なことに驚かされる。
京酢偕充さんプロデュースによりソニー・ミュージックから発売されているCDは、昭和51年から昭和57年にわたって三百人劇場で開催された「志ん朝の会」と、昭和56年の「志ん朝七夜」が音源の中心となっているが、この年の3回計6作品のうち5つはCD化されている。『芝浜』だけは、翌年11月の大阪での独演会の内容が七夜での『百川』とのカップリングで発売されている。この時期の志ん朝師匠の充実度は際立っている。

NHKの東京落語会に志ん朝師匠は昭和34年10月(なんと師匠21歳!ネタは『元犬』)から亡くなった平成13年の2月まで計71回出演している。
NHkさんには、もっと放送する機会を増やしていただきたいと願う落語ファンは少なくないはずだ。
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by kogotokoubei | 2008-08-21 12:21 | テレビの落語 | Comments(0)

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by 小言幸兵衛