噺の話

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『千両みかん』


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 まさに夏の噺。1772(明和9)年の『鹿子餅』にある「蜜柑」を原話とし、作者は上方の笑福亭一門の祖先である松富久亭松竹(しょうふくてい しょちく)と言われる。生没年不明だが、門下の初代笑福亭松鶴が安政年間(1854-1860)には登場しているから、それ以前の人ということになる。
 この人、他にも『初天神』『立ちきれ線香』『猫の忠信』などの作者とも伝えられており、ただ者ではない。それなのに生没年がはっきりしないミステリアスな落語家といえるだろう。この人物をテーマに小説が書けそうな噺家だ。いずれにしても、この噺、本来は上方のネタです。江戸落語として演じられるようになったのは戦後(太平洋戦争だよ)のことらしい。よって、かつては古今亭志ん生と息子の金原亭馬生、林家正蔵(彦六)、最近では柳家さん喬、立川志の輔など東の代表的な演者がいるが、タイトル画像としては桂枝雀を使わせてもらった。枝雀の師匠である米朝のこの噺も捨て難いが、ハチャメチャぶりはやっぱり枝雀。

 船場の大店の若旦那が気の病になり、原因は夏真っ盛りにみかんが食べたい、というのが落語らしくていい。噺の発端で若旦那が気の病で原因を探るという部分、枝雀は番頭の主人への報告としてこの部分はあっさりと触れ、その後の番頭のみかん捜索プロセスに焦点を当てている。若旦那の病の原因を探る発端部分は、聞き役の違いはあるが、『崇徳院』も、そして柳家喬太郎が最近演じる『擬宝珠(ぎぼし)』も同じ。だから喬太郎は、「え~つ、原因は若い女性でもなく、みかんでもないっ・・・・・・」などのくすぐりをしていて可笑しい。『擬宝珠』は、喬太郎以外で誰か演っているかな・・・・・・。
 さて、みかんの噺に戻しましょ。軽率にみかんを探すことを若旦那に約束してしまった番頭。主人に、もし見つからなくて息子が死んだら下手人としてお上に差し出す、と言われ命をかけたみかん探索行脚が始まる。枝雀の演じる慌てふためく番頭の姿、番頭と八百屋や鳥屋とのやりとりがすこぶる楽しい。
 ようやくみかんを捜し出した青果問屋は、江戸落語では神田多町だが、上方落語は天満。野菜を「青物(あおもん)」、くだものは「赤物(あかもん)」と言うらしい。  腐ったみかんの中から一個だけまともなものが見つかる。志の輔版では、問屋の主が一個を見つけるプロセスが一つの見せ場といえるだろう。さて、一個千両のみかん、番頭は恐る恐る金額を主人に伝えるのだが、親馬鹿な大店の主人は「安い」と言って即座に千両箱を運ばせる。(余談ながら、千両箱って一両小判が千枚じゃなくて十両大判が百枚らしい。)

 房の数が十袋のみかん。若旦那は七つ食べ、残る三つを両親に一袋づつ、そして番頭にお礼に一袋あげる、と言う。
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来年暖簾分けでお店から出してもらえるお金なんて、
せいぜいが五十両・・・・・・。
このみかん、三袋で三百両・・・・・・。
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 この自問、価値観の落語的な飛躍が、この噺の優れたサゲにつながっていく。
さすがに、このサゲを変えた噺家はいない。

 落語らしい「ありえない」ナンセンスなストーリーと、秀逸なサゲのある噺。
 しかし、矢野誠一さんは著書『落語歳時記』(文春文庫)の中で、先代の金原亭馬生が、あるテレビ番組で翌週放送される本人演じるこの噺について、「あんまり面白い話じゃないン」と語り、聞いていた番組プロデューサーが思わず椅子からころがり落ちた、というエピソードを紹介している。馬生としては、笑いのふんだんにある派手な噺ではなく、演る側にも苦労が多い、地味な噺、という意味だったのだろう、と矢野さんは補足しているが、そういう意味では、ドッカンドッカン観客が受ける噺に練り上げている枝雀や志の輔の力量の高さを、あらためて感じる。
 
 今や東西問わず、夏の滑稽噺の代表作の一つとなりつつある噺、寄席や落語会でめぐり会って、後半からエンディングにかけて汗をかきながら生つばを飲んで聞けるようなら、その演者はたいしたもの、ということだろう。

桂枝雀_千両みかん
桂米朝_千両みかん
古今亭志ん生_千両みかん
金原亭馬生_千両みかん
柳家さん喬_千両みかん
立川志の輔_千両みかん
矢野誠一_落語歳時記
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by kogotokoubei | 2008-07-17 13:28 | 落語のネタ | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛